映画『ハンソロ』考察:スターウォーズ史上最も魅力的なソロとキーラのメロドラマ

はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回もですね映画『ハンソロ』の話題についてお話してみようと思います。

この記事ではその中でもソロとキーラのメロドラマに主眼を置いて考察を書いてみようと思います。

良かったら最後までお付き合いください。

スターウォーズとメロドラマ

映画『スターウォーズ:帝国の逆襲』より引用

「スターウォーズ」シリーズと言えば、その1つの見どころとしてやはりメロドラマがあるんですよね。オリジナルトリロジーで言えば、ソロとレイアの、プリクエルトリロジーで言えば、アナキンとパドメの恋愛模様が作品の重要な位置にあります。

ソロとレイアのドラマが盛り上がるのは、やはり『スターウォーズ:帝国の逆襲』で、表面的には拒みながらも、少しずつソロに惹かれていくレイアの心情を上手く表現していると言えるでしょう。ただあくまでもこの2人の恋愛描写は作品の主軸ではありませんでしたし、作品の中でサブ的な要素として機能し、展開の幅を広げる役割を果たしました。

参考:『スターウォーズ:帝国の逆襲』が1つの映画としても素晴らしい理由

一方でプリクエルトリロジーのパドメとアナキンの関係性はよりセクシュアルな一面を覗かせています。ソロとレイアの間には見られなかったような、濡れ場を想起させるシーンがあり、さらにはこの2人の関係が物語の主軸として機能しているんですね。これがエピソード1~3がメロドラマ化してしまっているとしばしば批判を受ける一因です。

では、エピソード7以降の「スターウォーズ」ではどうなっているのかと言うと、プリクエルトリロジーが受けた批判の反省からかそういったメロドラマ要素を完全に排除してしまっているんですよね。レイとフィンがそういう関係性を構築する展開なのだろうかとも思いましたが、そうでもなく、『スターウォーズ:最後のジェダイ』では急に出てきたローズというキャラクターが半ば強引な形でフィンとの男女の関係の発展を匂わせました。これは申し訳ないが、求めているものではありませんでした。

そんなディズニースターウォーズに私がイマイチハマらない理由を考えていたんですが、今回映画『ハンソロ』を見てハッと気がつきました。「スターウォーズ」というスペースオペラにはメロドラマが必要なんですよ。壮大な冒険活劇には、魅力的な恋愛描写が欠かせません。

だからこそ映画『ハンソロ』で描かれたソロとキーラの物語にスターウォーズらしい懐かしさを感じました。これこそがスターウォーズ印じゃないか!!と思ったわけですよ。今回はそんな2人の関係性について言及していきます。

夢があれば生きていけると信じた青年期

(C)2018 Lucasfilm Ltd. All Rights reserved

映画『ハンソロ』の冒頭で描かれたソロとキーラの故郷での日々はまさにいつか実現できる壮大な夢の青写真を妄信的に追い求める、若さがありつつも、情熱的な恋愛関係です。

いつかパイロットになることを信じてやまないハンとその夢の実現を信じてやまないキーラ。ハンソロがいつかパイロットになり、自分の船を持ち、その隣には自分が座るというビジョンがいつか現実のものになることは必然なんだと信じられたコレリアで暮らす、まだ壮大な宇宙の何もかもを知らなかった当時の2人。

夢があれば、どんな困難も乗り越えられる。どんな敵が襲ってきても自分がキーラを守ってやるんだと意気込むハンとその言葉を信じられたキーラ。そんな2人の夢追い人の恋愛模様が何とも魅力的でした。

しかし、そんな2人に悲劇的な別れが訪れました。夢を追いかけて、一緒にコレリアから飛び出して広大な宇宙へと旅立とうとしていた時、キーラは連れ戻されてしまい、ハンだけがコレリアを去ることになりました。それでもいつか自分はパイロットになり、キーラを迎えに行くんだと信じるハン。いつかハンの操縦する宇宙船の隣に座ることを夢見て思わず「笑顔」になるキーラ。

過酷な運命に直面してもなお2人はその情熱的な夢を追い求めることが出来たわけです。

夢を追い続けるソロと夢と現実の狭間で苦しむキーラ

(C)2018 Lucasfilm Ltd. All Rights reserved

そんな2人はクリムゾンドーンのパーティーで偶然の再会を果たします。この時、2人の置かれている状況は、以前とは大きく変化してしまっていました。

変わらずパイロットになるという夢を追いかけ続け、いつかキーラと一緒になれる日を夢見ているソロ。クリムゾンドーンの中で重要なポストを任され、その運命からはもはや逃れることが出来なくなってしまったキーラ。

しかしそんな突然の再会が消えかけていた2人の夢に火を灯します。キーラは自分がソロと一緒になることはもう叶わないと知っていたのでしょう。それでもいつか彼の舟で、隣に座ることを純粋に夢見ていた頃の思いが捨てきれないんです。

そんな2人ミレニアムファルコン内のクローゼットでのキスシーンが無性に泣けますよね。このシーンって『スターウォーズ 帝国の逆襲』のオマージュなんです。

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ハンソロとレイアが人目を忍んでキスをするんですが、この時はC3POが邪魔に入ります。『ハンソロ』ではハンとキーラのキスにベケットが割って入りましたね。

そんなレイアを想起してしまうシーンだからこそ、一層魅力的で、一層切ないシーンなんですよね。

キーラは自分がハンと一緒にはなれないことを薄々感じとっているように思えます。それでも、戻れるなら戻りたいという本心が見え隠れしています。

だからこそ彼女は自身の右腕に刻まれたクリムゾンドーンの焼き印を隠し、そして自分がクリムゾンドーンでどんなことをしてきたのかという過去をソロにひた隠しにします。それを話してしまえば、もうあの頃の2人に戻れなくなってしまうからです。

何の根拠もなく信じられたあの青写真を今も何の根拠もなく信じているハンと、もうその青写真が現実のものになることはないと知りながらもその甘美で懐かしい夢に浸っていたいと願うキーラのギャップにすごく切ない思いがしました。

そしてその2人の別れを決定的にしたシーンがあのミレニアムファルコンの操縦席のシーンです。このシーンでキーラはソロの隣に座って操縦することとなります。コレリアでまだ何も知らなかった頃の彼女が夢見てきたことであり、クリムゾンドーンに所属してからも、それを思い浮かべるだけで笑顔になれたと語ってきたことでした。

でも彼女は気がついてしまうんです。自分はここにはいられない存在なのだと。そういうコンテクストを踏まえて見ると、キーラがチューイにハンの隣の席を譲るシーンは思わず涙が止まらなくなります。あのシーンはキーラがようやく自分の中で夢と現実に折り合いをつけた瞬間だったからです。彼女が選んだのは、紛れもなく後者でした。

映画『ハンソロ』はスペース『ララランド』か?

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映画『ハンソロ』終盤に待っているあまりにも切なすぎる展開には、思わず涙が溢れてきます。ソロとキーラは共に手を取り合い、共闘し、ドライデンヴォスを打倒します。しかし、彼女が身につけていたネックレスからも分かる通りで、キーラの本当のボスはもっと強大な存在でした。

そのためキーラはヴォスを倒したところで、自由の身になれるはずもなく、その支配からもはや逃れることはできない身でした。キーラはソロに別れを告げます。

あの頃のただ夢だけを信じられたコレリアでのささやかでも幸せな日々。どんな困難に直面しようとその夢が自分を支えてくれたこと。そんな夢だけを追い求められた若者が、いつしか現実に直面し、選択を迫られるのです。ソロとキーラの関係性は『ララランド』のセブとミアの関係性を思い出させます。

最愛の相手との運命を隔て、ただ空を見上げるハンソロと、下の方に目線を向けるキーラ。2人の運命がもはや交わることはないであろうことを予感させる切ないシーンです。

ここで『ララランド』のように2人の青写真がミュージカルシーンで挿入されるということはありません。ただ2人は夢と現実に折り合いをつけて、そして別れを選びました。

この2人の関係に秘められているのは、まさに『スターウォーズ:帝国の逆襲』の名シーンとも言えるあの「I love you.」「I know.」の精神です。お互いがお互いを愛していて、お互いがそれを知っている。それでも2人は一緒にいられないんです。

愛や夢だけでは、「生きていけない」と知り、「生きる」ために別々の道を選ぶ。「スターウォーズ」という多くの人の夢を映し出した映画シリーズの中で語られる、極めてリアリスティックなメロドラマの帰結は極めて革新的なものだったと思います。

おわりに

正直に言いますと、映画を見る前はキーラというヒロインに懐疑的だったんですよ。というのもハンソロは後にレイアと恋愛関係になるわけですから、彼女がソロと結ばれないという結末は最初から決まっているわけです。

ゴールが決まっている関係性ほど面白くないものはないだろうとどうしても思わずにはいられませんでした。ただこれまでの「スターウォーズ」では考えられないような、リアリスティックでかつソロとキーラのイニシエーションとして機能するメロドラマの在り方に思わず頷かされました。

そしてやっぱり「スターウォーズ」にはこういうメロドラマが欠かせないなと改めて思わされました。ディズニースターウォーズに欠けていたピースはこれですよ。

懸念事項としてはあまりにもキーラの方がレイアより美人すぎて、レイアの旗色が悪いということですかね。ソロとキーラの恋愛物語が魅力的すぎて、ソロとレイアのメロドラマがちゃちなものに見えてしまう感じもします。

キーラというキャラクターがすごく制約に縛られた設定にならざるを得ない中で、これだけの魅力的な人物に仕上げられた点は、映画『ハンソロ』の1つのハイライトでしょうね。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

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