【ネタバレあり】『ボーダーライン ソルジャーズデイ』感想・解説:男たちが守り抜いた最後のボーダー

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はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『ボーダーライン ソルジャーズデイ』についてお話していこうと思います。

本記事は一部作品のネタバレになるような内容を含む感想と解説記事になります。作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

良かったら最後までお付き合いください。

『ボーダーライン ソルジャーズデイ』

あらすじ

アメリカで突如として自爆テロ事件が発生し、それに際して15人の尊い命が失われた。

政府は、犯人がメキシコ経由で不法入国したのではないかとの嫌疑をかけ、捜査官のマットに捜査を命じる。

マットは捜査に当たり、暗殺者アレハンドロに協力を依頼する。

2人は極秘裏に暗躍し、麻薬王の娘を誘拐、メキシコ麻薬カルテル間に内戦状態を誘発しようとするが・・・。

作品情報

ナガ
まずは前作について!

実は今回の『ボーダーライン ソルジャーズデイ』はドゥニ・ヴィルヌーブ監督作品である『ボーダーライン』の続編的位置づけとなっています。

ナガ
これはもうとんでもない映画だったよね・・・。

映画というよりも、むしろアートと呼ぶにふさわしい映像だったと思います。

とにかく映像に趣向が凝らされていて、画作りから色彩感覚まで抜群のセンスに裏打ちされているので、映像を見ているだけでもとんでもない映画であることが伝わってきます。

暗視ゴーグル視点の映像で、トンネルに侵入していくまでの一連の映像シークエンスは映画史に刻まれる名シーンだっったと思います。

それだけでなく緊迫感を煽る演出が徹底されていて、見えないところから襲撃されるシーンにおいても視覚からのサウンドで表現したり、車のミラーに襲撃者を映りこませたりと徹底的なこだわりが感じられます。

ナガ
ではここから『ボーダーライン ソルジャーズデイ』についての話題です!

監督を務めたのは、ステファノ・ソッリマですね。

この監督は暴動やウルトラの活動、デモなんかを取り締まるために設立された警察組織に焦点を当てた「ACAB」という作品で非常に高い評価を得ています。

脚本には前作から引き続きテイラー・シェリダンが参加しています。

ナガ
この方の脚本にはハズレがないよね!

『最後の追跡』『ウインドリバー』の脚本を担当したことでも知られるテイラーですが、アカデミー賞でも高く評価されており、内容も安定感抜群です。

参考:【ネタバレあり】『ウインドリバー』解説・考察:足跡を辿り、命の尊厳を取り戻す物語

監督がドゥニヴィルヌーヴから変更になったのは、少し悲しいですが、テイラーが脚本に残ってくれたので、続編たる『ボーダーライン ソルジャーズデイ』も安心して鑑賞できました。

また前作の劇伴音楽を音楽を担当していたヨハン・ヨハンソンが今年の初めに他界してしまったこともあり、続編である『ボーダーライン ソルジャーズデイ』では、彼に師事していたダリウス・ウォルスキーが参加しています。

ナガ
続いてキャストについて!

まず前作のメインキャラクターだったエミリーブラントが降板し、本作には出演していません。

一方で、アレハンドロ役のベニチオ・デル・トロとマット・グレイヴァー役のジョシュ・ブローリンは続投しており、本作でも印象的な役として存在感を発揮しています。

本作に初登場の、麻薬王の娘イザベル・レイエス役を『トランスフォーマー 最後の騎士王』でも話題になったイザベラ・モナーが演じています。

より詳しい作品情報を知りたい方は公式サイトへどうぞ!

参考:『ボーダーラインソルジャーズデイ』公式サイト

ぜひぜひ圧巻のクライムサスペンスを劇場でご覧ください!

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『ボーダーライン ソルジャーズデイ』感想

脚本は文句なしの出来栄え

脚本を担当したのは、前作に引き続きテイラー・シェリダンでしたが、やはり隙のない脚本を書いてきますよね。

本作はエミリーブラントも不在ですし、前作の正統続編というよりもスピンオフ的位置づけであると考えた方が良いじゃないでしょうか。

個人的に分かりにくかった前作との繋がりポイントとしては、イザベルの父親がアレハンドロの妻子殺害の首謀者であるというところなんですが、要は前作のラストで殺されたファウストが実行犯で、イザベルの父が指示者という構図なんですかね?

この辺りの繋がりがイマイチ腑に落ちない部分がありました。

また、前作はメキシコの麻薬戦争にしっかりとフォーカスした内容になっていましたが、今作は原題のタイトルのもある通り「Sicario」つまり殺し屋がメインになっています。

そのため麻薬戦争的な文脈は前作ほどはありませんし、あくまでも娘を失った殺し屋アレハンドロの物語という側面が強いと思われました。

また、前作『ボーダーライン』の脚本が高く評価された理由としてはやはり「五幕構成」だったという点が挙げられます。

例えば、有名なタランティーノ監督の映画『パルプフィクション』なんかは「三幕構成」の代名詞的映画です。その三幕を時系列を前後させながら繋ぎ合わせることで、アカデミー賞レースでも高く評価される映画の脚本のお手本のような仕上がりになっています。

一方で、複雑ではありますが1つ1つ紐解いてみるとデヴィットリンチ監督の『マルホランドドライブ』なんかは「四幕構成」であると言われています。

『マルホランドドライブ』は、精神病患者の視点で描かれたようなトリップ感のある映像と構成で惑わされがちですが、その本質は「四幕構成」でかつ結末に始まり結末に終わるループ型の構成であると解釈するのが一般的です。

ナガ
じゃあ五幕構成って何なの?

前作の『ボーダーライン』は簡単に分けるとこういう構造になっていると思います。

  1. 導入・解説
  2. ケイトらによるディアスの捜査
  3. 高速道路での銃撃戦(1つ目のクライマックス)
  4. 国境の地下トンネルへの捜査・真実の発露
  5. アレハンドロと麻薬王アランコンの邂逅(2つ目のクライマックス)

脚本の「三幕構成」においては、次のような配分になるのが一般的です。

  1. 設定や背景、物語のきっかけを描く
  2. 葛藤やテーマが提示され、登場人物の言動がストーリーを進展させる
  3. クライマックス

つまりテイラーの脚本というのは、通常「三幕構成」では1度だけ登場する第2幕と第3幕を2回形を変えて繰り返すことで、映画のテンポ感と緊張感を高め、二転三転するドラマに観客を引き込んだわけです。

そして『ボーダーライン ソルジャーズデイ』もまた「五幕構成」に近い脚本構成になっているのではないかと思います。

  1. 導入・解説:今作における作戦やその目的の提示
  2. 展開:アレハンドロやマットらによる作戦の遂行
  3. クライマックス:メキシコ警察との銃撃戦
  4. 展開:冒頭の作戦が潰え、アレハンドロとマットは互いに違う任務に就く
  5. クライマックス:2人は物語の果てにそれぞれの結末を迎える

こう考えてみると確かに『ボーダーラインソルジャーズデイ』は「五幕構成」で作られていると思うんです。

それもメインキャラクターの任務とその目的、行動方針が変化していることで明確にクライマックスが2つ用意されています。

この構成にすることで、やはり観客は物語の流動性にのめり込んでいきますし、クライマックスが2度用意されていることで、物語の推進力を高い水準で維持することができます。

前作から脚本がスポットを当てた部分というのは変化していますし、作品のテーマも前作とは大きく異なっていました。しかし、こういった構成上の巧さなどは前作からそのまま継承されており、そういった面で前作に比肩する脚本だったと私は感じました。

それでも映画として前作との比較はできない

脚本面では前作と比肩するとお話してきましたが、映画の総評としては、やはりドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が手掛けた前作とは比較できないというのが私の意見です。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の前作の一体何がどう凄かったのかと言いますと、それは映像の節々に宿る「品」なんだと思いました。

まず、どのカットを取っても1枚の絵画のように美しい点ですよ。

青と赤のカラーコーディネート。シルエットで映し出される兵士たち。

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サーマル暗視スコープで映し出される緊迫の場面

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こういったシーンは息を飲むほどに美しく作られていて、それでいて侵入というシチュエーションが本来有している緊迫感を失っていません。

そしてもう1点指摘しておきたいのが、ロジャーディーキンスが撮影監督として参加していたこともありますが、カメラワークに一切の隙と無駄がありません。

高速道路の銃撃戦シーンでは、観客の視線を誘導するように映像を撮影されていて、「どこか狙われるか分からない」という緊迫のシチュエーションを見ている我々も体感できてしまいます。

視覚からの攻撃、車のサイドミラーに映りこむ敵など映像のダイレクションが流れるようにスムーズで、そういった美しさが銃撃戦に「品」を与え、他の映画とは一線を画する何かを感じさせてくれました。

そういった前作の良さがありながら、監督や撮影監督を初めとするスタッフ陣が交代してしまったことにより、『ボーダーラインソルジャーズデイ』からは前作が有していたような、「その1年を代表する傑作級のオーラ」はどこにも感じられなくなってしまっていました。

確かに1本の映画として見た時に充分面白いですし、正直批判するような粗もあまり見当たりません。

ただ前作があの『ボーダーライン』だったということが不幸でして、映画として比較してしまうとどうしても埋まらない差が存在することも確かです。

皆さんは前作と今作を比較してみていかがだったでしょうか?

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『ボーダーラインソルジャーズデイ』解説(ネタバレ注意)

娘というボーダーを守り抜いた男たちの信念

今回の『ボーダーラインソルジャーズデイ』は前作以上に「ボーダーライン」を曖昧にしていく物語となっています。

この映画が志向したのは、間違いなくアメリカCIAと麻薬カルテルを隔てる善悪のボーダーの融解です。

アメリカCIAは、マットやアレハンドロたちは自分たちの国の大義のために、メキシコの連邦警察を次々に殺害していきました。

また、アレハンドロは自分の娘を麻薬カルテルによって誘拐された後、殺害されているわけですが、作中で彼は麻薬王の娘を誘拐するという全く同じ行為をはたらいています。

つまりマットやアレハンドロたちは大義のために戦い、行動する中で自分たちが本来麻薬カルテルとの間に引いておくべき「善悪のボーダーライン」をもはや喪失してしまったわけです。

そこにこそ『ボーダーライン ソルジャーズデイ』という映画の問題提起が存在しています。

ではこの物語は一体どういう形で幕切れを迎えるのかと言いますと、男たちは最後の最後で「娘を守る」という形でボーダーラインのボーダーラインを死守したのです。

本作において、麻薬王の娘イザベラは無垢な存在として描かれています。学校で麻薬王の娘ということで煙たがられ、自分のどうしようもない原因で学校に居場所を失っています。

そんな大人たちに振り回される彼女をマットとアレハンドロは誘拐し、自分たちの利害のために利用しようとします。挙句の果てには、用済みになり、始末してしまえという話にまで発展するわけです。

これではCIAと麻薬カルテルがやっていることは同じなんですよ!

だからこそアレハンドロはイザベラを守り抜き、国境を超えさせる決意をしました。それは自分の娘を殺した人間たちと同じ種類の人間になりたくなかったからですよ。

そしてこれまた熱いのが、アレハンドロはわざわざイザベラにGPSを仕込んでるんです。

ナガ
なぜ、マットが自分とイザベラを始末しようとしてるのに、位置を教えるような真似をしたんだろ?

これっておそらくアレハンドロがマットを「信じた」がゆえの行動なんだと思うんです。

彼ならば、最後の善悪のボーダーを踏み越えずに留まってくれるはずだという「信頼」が、自分にもしものことがあった時、マットがイザベラを救っるはずという確信に繋がり、あのような行動を取らせたのでしょう。

テイラー・シェリダンが描く子供の肖像

テイラーシェリダンは『最後の追跡』『ウインドリバー』そして『ボーダーラインソルジャーズデイ』と3作連続で親子の物語を描いています。

そしてそのどれもが同じ境遇を背負っていることに皆さんはお気づきでしょうか?

テイラーが描く親子の物語というのはすごく悲しいんです。

なぜなら親が背負ってきた宿命を、その親の下に生まれたという理由だけで、純粋無垢な子供が背負わざるを得ないという構造を描き出しているからです。

皆さんは「アメリカンドリーム」という言葉に代表される、アメリカ社会の経済状況の流動性を何となく聞いたことがあるかもしれません。

しかし、これに関してトマ・ピケティは著書の『21世紀の資本』の中でバッサリと否定しています。

彼は過去数十年にわたる膨大なアメリカ経済のビッグデータを収集し、興味深い発見をしました。

それは、アメリカの貧困層と富裕層の序列はフレキシブルであるというアメリカンドリーム的な構造は、存在していなかったというものです。

つまりトマ・ピケティによるとアメリカ社会というのは、機会均等で誰にでも裕福になれる社会などではなく、極めて固定的で貧困層は貧困層のままで、富裕層はひたすらに富裕になっていくという経済格差の拡大こそが実態であるとしてきしたわけです。

近年ドナルド・トランプの当選の際に話題になったヒルビリーと呼ばれる白人労働者階級の人たちもまた、そんなアメリカ経済を象徴する存在です。

貧困層の家庭に生まれたならば、そこから抜け出すことは難しい。それを変えることはできないかもしれない。

そんなアメリカ社会(アメリカだけには留まらない話ですが)における生まれた場所によって人生の展望がある程度決定づけられてしまうという子供たちの非情な境遇をテイラーは自分の脚本に反映させています。

『最後の追跡』におけるトビーと息子の関係は極めて印象的です。

トビーが背負っている苦しみは、いずれ彼の息子にも受け継がれてしまいます。トビー自身は自分の苦しみを息子に背負わせるまいと尽力しますが、その宿命は変わらないように思えます。

『ウインドリバー』における父と息子の物語もまた痛烈です。

ウインドリバーというネイティブアメリカンの閉鎖的な村社会に生まれてしまったことが、何の罪もない娘に過酷な運命を背負わせました。

『ボーダーライン ソルジャーズデイ』におけるイザベラだってそうです。彼女自身は何の罪も犯していない普通の少女なのにも関わらず、親が原因で学校では生徒、先生から敬遠され、居場所を見出せず、挙句の果てには麻薬戦争の火種として利用される始末です。

何の罪もない子供たちが両親や生まれた境遇が原因で自分の人生に制約をかけられ、悲劇的な宿命を背負わざるを得ない状況というものをテイラーは常に自分の作品の主軸に据えています。

そして本作のラストにて、アレハンドロが密入国者斡旋に誘われ、片足を突っ込んでしまっていた少年に「Sicario」として働くことについて持ち掛けます。

おそらくあの少年の家庭は貧乏だったんだと思いますし、学も資格もない状態で金を得るためには犯罪に手を出すしかなかったんでしょう。

そんな少年に手を差し伸べるアレハンドロというのは、テイラーが自身の作品の中で希求し続けた1つの希望なのかもしれません。

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おわりに

いかがだったでしょうか。

今回は映画『ボーダーライン ソルジャーズデイ』についてお話してきました。

ナガ
この記事を書きながら思ったのは、やっぱり前作が凄すぎるということ(笑)

感想のコーナーなんて6割ぐらい前作の感想を書いちゃってますからね(笑)

だからと言って今作に関して正直批判的に感じたポイントがあるわけではありません。

ナガ
本作は普通に良作だよね。

前作をご覧になった方で、スタッフの交代等が原因で尻込みしている方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひ見に行って欲しいです。

作品のクオリティは疑う余地もなく、高水準です。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

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