【ネタバレあり】『スターウォーズ5/帝国の逆襲』解説・考察:続編ありきながら1本の映画としても素晴らしい理由

はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『スターウォーズ5/帝国の逆襲』についての解説や考察を書いてみようと思います。

最近公開され世界中で大ヒットとなっている『アベンジャーズ:インフィニティウォー』を見まして、個人的に凄く考えさせられたのが、前作ありき続編ありきの映画はいかがなものかという点についてです。

MCU作品に個人的に感じていた大きな魅力としてユニバースの作品群の中の1作品としても見応えがあり、その一方で1つの映画としてもきちんと形になっていて楽しめるというものがありました。しかし、『アベンジャーズ:インフィニティウォー』という作品は極めて歪な作りで基本的に他のユニバース作品ありきさらには続編ありきになっていて、たしかにMCUの集大成とは素晴らしい仕上がりなんですが、1つの映画としての完成度は恐ろしいほどに乏しいんです。

この作品を見た時に思い出したのが、映画史に残る名作として名高い『スターウォーズ5帝国の逆襲』でした。この作品も基本的には映画『スターウォーズ(4)』の続編映画で、さらには次作ありきで作られています。そのためこの作品に対しても1つの映画として完成させていない姿勢に疑問を感じるというレビューがつけられているのをしばしば目にします。

しかし改めてこの『スターウォーズ5帝国の逆襲』を見てみると、確かに続編ありきで作られている部分はありますが、それでいて1つの映画として驚くほどに完成度が高いのだということが分かってきました。

本記事ではそんな『スターウォーズ5帝国の逆襲』が1つの映画作品として如何に素晴らしいかということについて改めて考えてみたいと思います。

良かったら最後までお付き合いください。

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『スターウォーズ5/帝国の逆襲』が続編ありきながら1本の映画としても素晴らしい4つの理由

『スターウォーズ5帝国の逆襲』というとスターウォーズファンの間だけに留まらず、映画ファン全体でも高い評価を獲得し、語り継がれている名作です。ただそんな作品にもあまりにも続編ありきすぎるのではないかというストーリー構成に疑問を呈する声は今でも多く存在しています。

しかし私は改めて本作を見直してみて、『スターウォーズ5帝国の逆襲』という作品は1つの映画としても驚くほどに完成度が高いということを再確認しました。今回はそんな私が感じた本作の素晴らしさを5つのポイントから綴りました。

冒頭15分で物語の構造が把握できる。

これはもう映画の基本中の基本なんですが、徹底している作品って意外と少ないんです。映画というメディアにおいて原則としてメインキャラクターたちの紹介や物語内における人物(ないし勢力)の関係性、物語の構図を冒頭からできるだけ早いうちに明らかにすることが観客を映画の世界観に引き込むうえで重要だと言われています。

これに関して『スターウォーズ5帝国の逆襲』という作品は極めて高いレベルでかつ短時間でそのタスクをこなしているんです。

 

まず、スターウォーズシリーズ恒例のファーストカットなんですが、『スターウォーズ5帝国の逆襲』においては宇宙にスターデストロイヤーが現れ、偵察船を惑星ホスへと派遣します。

これに関してはOPロールで説明されていることなのですが、それにしても本作における善と悪の対比のさせ方は非常に巧いです。まず宇宙に巨大な宇宙船が出現し、とある惑星に偵察船を送ります。その惑星には抵抗勢力たちが雪に閉ざされた地で小さな基地に立て籠もっています。

この視覚的な対比が巨大な悪とそれに立ち向かう小さな正義という物語全体の構図を自明のものとしています。冒頭からほとんど時間が経過していない上に、まだ登場人物がほとんど登場していない段階で視覚的な情報のみで物語構造を説明してしまうという大胆な技を見事に成功させているのです。

そしてその後雪原の中でルークは巨大な雪男(ワンパ)にさらわれていきます。一方の反乱軍の基地では同じくメインキャラクターのハンソロとレイアの会話が繰り広げられていて、それを聞くだけで2人の関係性が明らかになります。

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映画『スターウォーズ5帝国の逆襲』より引用

加えて、ルークがワンパを倒すために自身のフォースの力とライトセーバーを披露します。その後彼が雪原で倒れていたところに、オビ=ワン(前作を見ていないと分からないが、何となくルークの師匠的立ち位置のキャラクターであることは分かる)のヴィジョン(霊体)が現れて、彼に惑星ダゴバに向かいジェダイマスターのヨーダから修業を受けるように指示されます。このことから本作の主人公がルークであり、彼がまだ未熟な戦士であることも同時に明確になります。

その後敵の宇宙船にシーンが映りダースベイダ―(悪者)の姿が確認できます。つまりルークという主人公がこの後修業を積んで、ベイダ―に立ち向かうのだということがストーリーの軸の1つであることが明確になります。このシーンでもってOPロールを除くと、ぴったり本編開始から15分なんですよ。

つまり本作『スターウォーズ5帝国の逆襲』は冒頭から僅か15分で観客が物語の世界観に入り込むために必要な説明をほとんど完璧にこなしているんです。さらに凄いのはそれを登場人物によるセリフやナレーションに頼るわけでもなく、ほとんど視覚的に得られる情報だけでやってのけるのがとんでもない技術です。

加えて言うなれば、『スターウォーズ5帝国の逆襲』は全作ありきの作品なのですが、本作の冒頭15分で提示される情報は前作を見なくても十分読み取れるという点がまた素晴らしいんです。あくまでも1つの作品として世界観が作り上げられていて、それが映画を見る全ての人を取り込むための15分になっています。

戦闘シーンのバリエーションの豊富さ

本作における映像的な魅力として多様なバトルシーンは間違いなく挙がるものだと思います。アクション映画やヒーロー映画でドラマパートに重きを置きすぎるあまり、アクションやバトルシーンの視覚的な快感が軽視されている作品がしばしば見かけられますが、『スターウォーズ5帝国の逆襲』に関して言うのであれば、同じようなバトルシーンを2度見ることは無いというくらいにバリエーションに富んでいます。

例えば冒頭の惑星ホスにおける戦闘シーンです。AT-ATを破壊するシーンだけを鑑みても、ワイヤーで足を絡ませて転倒させたり、ルークが機体に乗り込んで爆弾で爆破するという手法が短いシーンでありながら描かれています。

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映画『スターウォーズ5帝国の逆襲』より引用

他にも白兵戦ないし塹壕戦を彷彿とさせるような一進一退の歩兵の攻防、パイロットたちによる空中コンバットが同時展開しており、視覚的に飽きることはまずありません。

その後のバトルシーンも実にバリエーションに富んでいます。ホスから脱出する際のファルコンチェイスもこれまでのシーンとは一線を画する宇宙における戦闘シーンですし、ミレニアムファルコンが逃げ込んだ先では謎の巨大生物からのエスケープシーンが描かれます。

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映画『スターウォーズ5帝国の逆襲』より引用

それだけでなく終盤にはフォースとライトセーバーを用いたダースベイダーとルークの直接対決が描かれます。

『スターウォーズ5帝国の逆襲』を通して見ると本当に同じバトルシーンが全く持って存在していないんですよ。全ての戦闘シーンが違ったアプローチで撮られているので、毎回新鮮で斬新な映像を見ることが出来ます。

1つ1つのシーンの映像的な完成度の高さ

本作『スターウォーズ5帝国の逆襲』の凄みとして1つ1つのシーンがとんでもない完成度に仕上がっていることですよね。これが本作を1つの映画として高く評価できるポイントでもあります。

まず取り上げたいのが冒頭の中盤に登場するミレニアムファルコンを修理するレイアとハンソロの会話シーンです。このシーンって実はとんでもなくハイレベルな出来なんだと個人的には考えています。

基本的に本作の冒頭からレイアとハンソロの立ち位置って観客から見て左側にレイア、右側にハンソロになっているんです。そして彼らは反乱軍として共に戦う仲間です。ハンソロはレイアに好意を寄せていて、レイアもそれを憎からず思っていますが、素直になれないという様子は冒頭の一連のシーンを見ていれば前作を見ておらずとも自明です。

そしてこのシーンでも2人の立ち位置はレイアが向かって左側、ハンソロが向かって右側になっているんですが、徐々にその距離を詰めていって2人はキスをするんです。このシーンのキャラクターの動線に注目して見ると、レイアは移動しておらず、ハンソロがレイアの方に歩み寄るという構図になっています。

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映画『スターウォーズ5帝国の逆襲』より引用

これによってこのシーンにおけるキスというのが2人の関係性の発展を示唆しつつも、現段階ではあくまでもハンソロからの一方通行であるということを明確にしているんです。さらにこの現場に空気の読めないC3POが突如入ってきて、きっちりとオチをつけて一笑い取っていく辺りもさすがと言わざるを得ません。

このシーンがあったからこそスターウォーズシリーズ屈指の名シーンとも言われるレイアのハンソロに対する告白シーン「I love you.」→「I know.」がより印象的になるんです。あくまでもハンソロからの一方通行でしか無かった思いに呼応する形でレイアから彼への愛情のベクトルが示されます。このシーンでも2人の立ち位置は向かって左がレイア、右にハンソロとなっています。

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映画『スターウォーズ5帝国の逆襲』より引用

登場人物の配置や動線を駆使しつつ、さらには1つのシーンをそれだけで完結させるのではなく、視覚的に他のシーンと連結させることで1つ1つのシーンの重要度を高めています。そこにユーモアまで交えてしまうわけですからとんでもないですよね。

もう1つ取り上げるとするなれば、ルークとダースベイダーのバトルシーンも視覚的なウィットに富んでいると言わざるを得ません。

まず注目したいのがライトセーバーです。ルークとベイダ―は互いに青と赤のライトセーバーを取り出して対峙するんですが、目視で分かる通り明らかにベイダ―の赤いライトセーバーの方が光が太く、威圧的なんです。対照的にルークの青いライトセーバーの光はか細く、弱々しさを感じさせます。それに加えて冷静に構えるベイダーと額に汗をにじませ余裕の無さを伺わせるルークにもコントラストが確認できます。これらの視覚的情報がベイダ―の力の強さを誇示しています。

さらに2人が戦い始めると間もなく、最初の戦いの舞台はスモークに包まれます。これはダゴバの惑星に存在していた霧と対応するもので、おそらくはルークの心の中の迷いや雑念を表象するものだと思います。自分の力への迷いと疑念、雑念を心の中に内包している未熟な英雄として戦うルーク像が視覚的に明白になっています。

その後2人は通路のような場所で戦闘をすることになります。ルークは徐々に追い詰められていきます。そしてベイダ―がガラスを割ったところでルークは外へと吹き飛ばされ、ベイダ―は吹き飛ばされません。ここでもベイダ―と対比的にルークという少年の弱さが印象づけられます。

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映画『スターウォーズ5帝国の逆襲』より引用

そしてあの「I am your father.」の名シーンですよね。ここでルークは片腕と共にライトセーバーを落とされ、追い詰められて2つの選択肢を提示されます。ベイダ―の誘いに応じてダークサイドに堕ちるか、それともどうなるかは未知数ですが下に飛び降りて九死に一生を得ることを願うか、です。このシーンで注目しておきたいのがライトセーバーの動線で、ジェダイを象徴する青いライトセーバーは下に落ちていきました。一方でベイダ―のダークサイドを象徴する赤いライトセーバーは目の前にあります。

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映画『スターウォーズ5帝国の逆襲』より引用

つまりルークに提示された2つの選択肢の意味がライトセーバーのカラーと動線によって明示されているんです。下に落ちればジェダイとして戦い抜くことを、目の前のベイダーに歩み寄ればダークサイドに堕ちることをはっきりと示しています。

ルークとダースベイダーの戦闘シーンはただのチャンバラなどでは決してなくて状況やキャラクターの配置、戦闘環境を逐次変化させることで登場人物の心情や立場、そして未来をも含意させたとんでもないハイレベルな映像なんですよね。

今回は『スターウォーズ5帝国の逆襲』における代表例としてこの2つのシーンをピックアップしましたが、他にも一見普通のシーンなのにきちんと映像でストーリーテーリングをしようとしているシーンが散見されます。その事実により、そもそもこの作品が1つの映像作品としてあまりにも完成度が高すぎることは自明のこととなります。

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④1つの物語としてきちんと帰結している。

本作を続編ありきの映画だとか1つの映画として完結していないという声が挙がるのはもちろん仕方のないことです。しかし私自身はこの『スターウォーズ5帝国の逆襲』という作品は1つの物語としてきちんと完結しているように思いました。

この作品が何を描こうとして、何をゴールに据えたのかというポイントをどこに絞るかで見え方が変わってくる作品だとは思います。帝国が勝利を収める映画だということでそちら側にフォーカスを当てる視点も確かにあります。

ただ私はこの作品が描こうとしたのは、「未熟で若い正義の決断の物語」だと思うんですね。

そう捉えると本作は実に多くの伏線を作品の中に散らばらせていて、それでいて過不足なく回収しているんです。

まずはレイアの方から見ていきましょうか。彼女は反乱軍として帝国軍と戦う上で中心的な人物です。ただ彼女自身はハンソロに対して素直になれなかったように、まだ未熟で迷いを抱えている部分があります。つまり彼女の中の正義はまだ確立されていません。それは自分の中のハンソロへの思いを表出させられないことと深く関連づけて描かれています。

しかし物語を通じてハンソロは冷凍されて、敵の手に堕ちてしまいます。その際にレイアは彼にようやく愛の言葉を告げます。そしてその愛の言葉はこうとも取れます。「愛している。だからこそ愛する人を救う。」と。

自分の愛する人を救うという利害が自分がこれから成すべき正義の利害と一致したことで彼女はようやく強い意志を持った正義として確立されます。

一方のルークを見ていきましょう。『スターウォーズ5帝国の逆襲』の中では彼の未熟な側面に頻繁にフォーカスが当たります。彼の我慢強さの欠乏や若さ、集中力の欠如、恐怖心などヨーダとの修行の際に彼は多くの弱点を露呈させています。さらに彼の修業が完了せず、途中で中断されているという展開も非常に重要です。これは修行の時点で彼が1人前の存在として確立されなかったことを示しています。

そして映画の後半で、やはり彼はベイダーと対峙した際に自分の弱さを晒してしまいます。そして先ほど説明したように彼はジェダイの道かダークサイドの道かという2つの選択肢を叩きつけられます。ただルークはここで正義の、ジェダイの道を選択するんです。悪を明確に拒絶することで、自分自身の正義の道をより一層強いものとしたわけです。

だからこそ本作はルークとレイアという2人の英雄の正義への決断の物語としてきちんと1作品で纏まっています。

もちろん続編の製作が決まっていましたから、ハンソロの処遇、ベイダ―やシディアスとの決着という側面で見ると、放置されている要素はあります。しかし、『スターウォーズ5帝国の逆襲』はあくまでも1つの作品として完成しています。

未熟な正義が自分の明確な意志でもって正義を選び取る、その選択と決断の物語こそがこの作品であり、その視点で見た時に本作に展開上の過不足は見られません。

本作の冒頭で小さな正義VS大きな悪という構図が明かされましたが、それは本作のラストでも何ら変化していません。しかし確かにその小さな正義は決断し、選択することで強くなりました。だからこそ本作はやはり帝国の勝利としての帰結というよりは、その小さな希望が僅かながらに光を強めたという帰結なんだと思います。

参考:【ネタバレ】『ワンダー君は太陽』は「スターウォーズ」に通ずる物語?

おわりに

多くの映画ファンの方がご覧になっているであろう名作を今更ながらに解説・考察してみましたが、やはりこの作品が今でも語り継がれる名作となったのは、スターウォーズシリーズの第2作として素晴らしかったからだけではないと思います。

それはこの映画が1つの映画としてきちんと完結しており、それでいて類を見ないほどに完成度の高い作品だったからに他なりません。確かにシリーズ化するという意向もあり、続編に持ち越されている要素もあります。しかしそれらを鑑みても、やはり本作が「続編ありき」に終始した作品だとはとても思えませんでした。

シリーズ(ないしユニバース)映画の製作と言うのは確かに難しい作業です。それでも私はあくまでも1つの映画としての完成度、1つの映画としての完結が放棄されることはあってはならないと考えています。

前作を見ていないと楽しめない、続編を含めないと評価できないという作品が必ずしも悪いとは言いません。しかしそれよりも前作を見ていなくとも楽しめる、続編を見ると重要度が増す1つの映画を作り上げることの方が私はよっぽど素晴らしいアプローチなのではないかと思います。

『スターウォーズ5帝国の逆襲』は1つの映画作品として完成度が高く、きちんと完結しています。それに加えて、エピソード6、1,2,3と続編が作られるごとにその作品の意義や重要度が変化し、増幅していきました。

 


だからこそ私は続編映画の、シリーズ映画の1作としてのマスターピースをこの映画に見てしまうんでしょうね。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。




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