【ネタバレあり】実写『いぬやしき』感想・解説:味噌汁とスポーツドリンクのマリアージュ

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね本日から公開の実写映画版『いぬやしき』についてお話していこうと思います。

ナガ
佐藤信介監督のアクションはやっぱり好きですよ!

『BLEACH』『DEATH NOTE LNW』などはかなり賛否分かれた、どちらかと言うと否の方が多かったイメージですが、映像やアクション面では見応えがあったと思うんです。

『アイアムアヒーロー』なんかも予算が限られた中で、ゾンビ映画として非常にウィットに富んだ内容で、アクション面も素晴らしかったと思っております。

『いぬやしき』も確かにVFX的には粗さは目立つのですが、スピーディーな映像なんかは見応えがありますし、アングルなんかもかなり斬新でした。

日本は予算の関係もあって、あまりアクション映画は作られない傾向にありますが、今作は個人的にはおすすめしたい1本です。

そんな実写映画版の『いぬやしき』についてお話ししていきます。

本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事となっております。

作品を未鑑賞の方はご注意ください。

良かったら最後までお付き合いください。




実写『いぬやしき』

あらすじ・概要

「GANTZ」の奥浩哉による人気コミックで、テレビアニメ化もされた「いぬやしき」を、木梨憲武&佐藤健主演、「GANTZ」につづき奥作品の実写化を手がける佐藤信介のメガホンで映画化。

会社や家族から疎外されている、定年を目前に控えた初老のサラリーマン・犬屋敷壱郎

医者から末期がんによる余命宣告を受け、虚無感に襲われた犬屋敷は謎の事故に巻き込まれ、機械の体に生まれ変わる。犬屋敷と同じ事故に遭った高校生の獅子神皓も犬屋敷と同様に人間を超越した力を手に入れていた。

自分に背く人々を傷つけるためにその力を行使する獅子神

獅子神によって傷つけられた人たちを救うためにその力を使う犬屋敷。強大な力を手に入れた2人の男たちのそれぞれの思いが激しく交錯していく。

犬屋敷役を木梨、獅子神役を佐藤が演じるほか、伊勢谷友介、斉藤由貴、本郷奏多、二階堂ふみらが出演。

映画com.より引用)

 

予告編

ナガ
ぜひぜひ劇場でご覧ください!!




実写『いぬやしき』感想・解説(ネタバレあり)

正統派ヒーロービギンズ VS 正統派ヴィランビギンズ


(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社

『いぬやしき』という作品は大きく分けると2章に大別できるんですが、尺を鑑みると1本の映画として纏めるなら犬屋敷と獅子神が新宿で戦うまでを描くのが良いだろうと思っておりました。

ですので、実写『いぬやしき』の原作からのエピソードの切り取り方は上手かったと思います。

改変された点として、飛行機を墜落させたり、衛星を墜落させたりといった派手な展開は予算の都合で映像化が難しかったんだと思いますが、それを差し引いても見応えのあるアクションシーンでした。

原作では死んでないキャラクターが死んでいたり、微妙に改変されたポイントは多々ありますが、正直問題ないです。ですので、あの原作を2時間の映画の脚本に落とし込んだということを考えれば、非常に良く出来ていたと思います。

私は実写映画化されると聞いた時に、2時間の映画で犬屋敷と獅子神の両方のキャラクター性をしっかりと出し、それぞれのドラマを描き切るのは非常に難しいのではないかと思っておりました。

尺的にも主人公である犬屋敷にフォーカスするか、それとも魅力的なヴィランである獅子神にフォーカスするか、そのどちらかの焦点化が成されるだろうと踏んでおりました。

ただこの実写『いぬやしき』は2時間という限られた尺の中で何と二兎を追いました。犬屋敷の物語も獅子神の物語も精緻に描こうと尽力し、その結果として2人のキャラクターがしっかりと印象づけられましたし、魅力的なヒーローと魅力的なヴィランの誕生が見事に演出されていました。

原作第8巻までの内容を一気に描いたにも関わらず、本当に脚本がコンパクトにまとめられていてかつ、原作を読んでいても描写的に不足感を感じることが無かったです。

ヒーロービギンズとしてはやはりクリストファーノーランの「バットマンビギンズ」が個人的に大好です。何といっても話の密度が尋常じゃないくらい濃いんですよね。

本編開始からものの30分でバットマン誕生秘話を描き切ってしまい、さらに残りの時間で彼がヒーローとして立ち上がるまでの物語が描かれています。

とは言っても残りの時間は比較的平凡なヒーロー映画でして、やはり冒頭の濃すぎるバットマン誕生譚が作品のレベルを引き上げています。

バットマンになるまでにどんな少年時代を過ごし、何を経験し、何を学び、何を見たのか。そして彼がバットマンであることを支えるものなのは何なのか。

バットマンというヒーローの存在意義を僅か30分で見せつけたクリストファーノーランの才能の片鱗はここにも見え隠れしていました。

一方の映画『いぬやしき』もそれに匹敵するのではないか?という密度で犬屋敷のヒーロービギンズと獅子神のヴィランビギンズを2時間尺の中に詰め込んでいました。

それぞれのキャラクターで印象的だったシーンをいくつか解説してみましょう。

まず犬屋敷側の一番印象的なシーンは彼がヒーローに目覚める瞬間ですよね。病院で植物状態になった10歳の子供を彼は救いました。それまで家でも会社でも虐げられてきた男が初めて自己有用感を見出した瞬間の木梨憲武さんのあの表情がまた素晴らしいんです。

マズローは人間の基本的な欲求を5段階に分類しています。

生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現の欲求とされ、前者から後者にいけばいくほどに高次の欲求になると言われています。


(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社

承認され、自分を実現するというのは人間が何よりも望むことなんです。そして満たされた時の快楽が他のものとは一線を画します。

犬屋敷があの瞬間にヒーローになることを決意したのは、人を救うために力を使うことを決めたのは、人として最上位の欲求を満たされたことへの強い有用感だったんでしょうね。

そして獅子神側の印象的なシーンですがこれは2つありました。

1つには、彼が指名手配されたことで母親がマスコミから激しい追及に遭っている様子をしおんの家で中継で見ている獅子神が涙を必死に殺そうとしているシーンです。

佐藤健さんが必死に口元を抑えてこぼれ出る嗚咽を抑えようとしている姿に、見ている自分も思わず嗚咽が漏れそうになりました。

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(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社

もう1つが獅子神がしおんと一緒に夜の空を飛行するシーンです。

これは原作でも大好きなシーンの1つなんですよ。伝わるか分かりませんが、「交響詩篇エウレカセブン:ポケットが虹でいっぱい」のレントンとエウレカの「手放し運転」を強く想起するシーンなんです。

空を飛ぶ中で獅子神はしおんを守らなければならないと決意するんです。この2人の空中デートシーンは互いの思いを確かめ合い、獅子神には守りたい存在ができるわけです。

そして原作ではしおんは生き残るのですが、映画版では彼女はSATに殺害されてしまいました。これに関してですが短い尺でヴィランの深化する憎しみを描くという視点で見ると上手い改変だったと思います。

守りたかった母親も守ろうと決意したしおんも失ってしまった獅子神の悲哀が一層際立ちました。

また犬屋敷と獅子神というキャラクターの対比のさせ方も上手かったですよね。

獅子神は親友の安堂に拒絶されても、平然とした顔でそれを突き放しましたよね。一方の犬屋敷は家族にあんな扱われ方をしても逃げようとしませんし、会社で散々な目に遭っても縋りつき、家族のためにと地面に頭を垂れて懇願します。

ここに2人のキャラクター性の対比が上手く表れているような気がしました。自分を愛してくれる存在を愛するのは簡単なことです。

しかし、自分を愛してくれない存在に愛を注ぐという行為は誰にでもできることではありません。それができたからこそ犬屋敷はヒーローになり、できなかったからこそ獅子神はヴィランになりました。

いやはや2時間でここまでヒーローとヴィランを掘り下げた映画も早々ないですよ。マーベルのヒーロー映画を見ていてもこれほど精緻な描写で描かれた作品は限られていると思います。




味噌汁とスポーツドリンクのマリアージュ

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(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社

本作を深く読み解いていく上で私が注目したのは味噌汁とスポーツドリンクのギミックです。

これって原作には無い展開なんですよね。つまり何らかの意味があって新たに追加された設定とモチーフであると考えることができるでしょう。

原作では食べ物の消化が難しいため、食べ物を摂取すると排出するという仕組みでしたが、映画では塩分が犬屋敷と獅子神の弱点という設定になっています。

それにより印象的に登場したのが味噌汁とスポーツドリンクなんです。

それぞれのモチーフが有している意味について少し考えてみましょう。

味噌汁ってやっぱり日本的な家庭の象徴とも言える食べ物なんですよね。

日本には「僕に毎日味噌汁を作ってください。」というプロポーズの言葉があるくらいですから、味噌汁がただの食べ物の域を超えて、家族のシンボルのような意味をもっていることは自明です。

犬屋敷の家族の食卓には毎朝味噌汁が出てきます。

それは彼らが家族であることの象徴でもありますが、同時に犬屋敷にとって家族という場所はあまり居心地の良い場所ではありません。彼は妻からだけでなく、娘や息子からも疎まれており家に居場所がありません。

つまり彼にとって味噌汁とは、そんな自分の居場所のない家庭の表象とも言えます。

一方のスポーツドリンクですが、これは犬屋敷が働いている会社で扱っている物品です。彼はスポーツドリンクをご発注してしまい、会社に損害を与えました。それがために上司からも叱責され、会社にも居場所を失いかけています。

つまり彼にとってスポーツドリンクは、自分の居場所のない会社の表象なんです。

味噌汁とスポーツドリンクという犬屋敷を苦しめる2つのモチーフが前半に印象的に挿入され、後半ではそれらに着想を得て、犬屋敷は塩分が弱点であることを見抜き、獅子との戦いへと挑むんですね。

それまで自分を虐げるものとして登場していた2つのモチーフが作品の後半にかけて、犬屋敷が獅子神に挑むための切り札へとコンバートされていき、それによって彼を追い詰めるというのが何よりも印象的でした。

ラストシーンでは犬屋敷家にはいつもの朝食の風景が戻ってきています。

妻は相変わらず犬屋敷に小言を言いながら、仕事へと向かっていきます。それでも斜め向かいに座る娘が父親を見る目は少し変わりました。そして世界を凶悪犯から救ったヒーローは味噌汁が怖いんです。

世界を救ったヒーローは、家族の中では依然として低い地位に置かれたままなのでしょう。それでも彼は味噌汁を飲もうと試みます。それでもなかなか飲めないまま本編は終わってしまうのですが、これがまた良いですよね。

家族を救う、そして世界も救うというミニマルからマキシマムな視点への推移はヒーロー映画によくあるのですが、実写『いぬやしき』の場合は世界を救ってそして家族を救うというマキシマムからミニマルな視点へと推移していっているんですよ。

だからこそ世界を救ったヒーローはまだ自分の家族を守る!と強く踏み出せずにいるんです。そんな等身大のヒーロー像が映画のラストシーンに描かれていたのが良かったと思います。

 

エンドロールに挿入された獅子神と安堂の再会


(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社

エンドロールで印象的に挿入された獅子神と安堂のシーンについて少し解説を加えます。

映画版のラストシーンでは安堂は獅子神を受け入れますよね。ただあのシーン、原作では安堂は獅子神を「殺人兵器」呼ばわりして拒絶するんですよ。ここは結構改変されたポイントですね。

ただこの改変は個人的に好印象です。というのもこの改変によって『いぬやしき』という映画が2時間できちんと締められたように思います。

自分がヒーローだと錯覚する獅子神が自分がヴィランなのだと確信したシーンを思い出してみてください。

原作でも「俺が悪役で、じじいがヒーローか」というセリフは印象的なのですが、実写『いぬやしき』ではこれを宇宙で犬屋敷が獅子神に銃口を向けたシーンに持ってきました。

これってすごく視覚的なギミックを使っているんですよね。

獅子神は冒頭のシーンで安堂を守るためにその銃口をいじめっ子たちに向けました。この時はまだ彼は誰かを守るために力を行使しようとするヒーローだったわけです。

しかし彼は自分がヴィランへと変貌してしまったことに気がつかないまま大量殺戮を実行します。

それでも彼は自分は変わらない、自分は弱者のために戦うヒーローなのだと錯覚し続けています。しかし犬屋敷に銃口を向けられた瞬間に冒頭の教室でのシーンがフラッシュバックするんです。

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(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社

あの時は獅子神が正義のヒーローで銃を持つ側でした。しかし今や自分は銃口を向けられる側になったわけです。

これによって視覚的に獅子神ヴィランへと身を落としたこと、そしてそれを彼が自覚したことが明確になっています。このシーンで初めて彼は自分が”変わってしまった”ことに気がつきます。

この一連の流れがあったからこそエンドロールのあのシーンが一層輝きます。

「変わらないな。」とだけ告げて音も無く去っていった獅子神。彼は一体何を思っていたのでしょうか?それはおそらく誰かを守るということの意味だと思うんです。

彼は元々母親やしおん、安堂のために戦っていました。そこから徐々に道を踏み外し、ヴィランへと堕ちてしまいました。

変わってしまった自分。しかし変わらない安堂を見て、彼は自分の初心を思い出したのでしょう。

自分が犯した罪は消えない、だからこそこれからはそれを償うために人を守るために力を使おうという彼のリブートがあのシーンに集約されていました。

ヴィランが最後の最後でヒーローとして飛び立つ。

もしかすると実写『いぬやしき』は2人のヒーロービギンズだったのかもしれませんね。

 

おわりに

いかがだったでしょうか?

今回は映画『いぬやしき』についてお話してきました。

個人的に原作で好きだったシーンで映画版には登場しないものが2つほどありまして、それを紹介させてください。

1つ目は余命宣告をされた犬屋敷が家族に電話するも誰にも繋がらず、公園のブランコで1人ゴンドラの歌を歌うシーンです。

これは黒澤明の『生きる』という映画のオマージュだったので、映画化するのであればぜひ登場させてほしいと思っていたのですが、残念ながら映画版ではカットされていました。

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(C)奥浩哉/講談社

もう1つは犬の花子が麻理の唇を舐めるシーンです。

ナガ
原作読んでいてめちゃくちゃ興奮したんですよね(笑)これは実写で見たかったぁ・・・。

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(C)奥浩哉/講談社

素晴らしいアクション活劇に仕上がっていて、原作からのコンバートに関しても申し分ありませんでした。

実写映画『いぬやしき』最高です!!

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

 

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2件のコメント

うーーん、良かったのですが、個人的には物足りなさが残りました。
仰る通り、映画としては申し分ないと思うのですが、どうしても原作、アニメがちらついて…
個人的には、アニメでいい味出していたお母さんが単なる「キッツい嫁」としか描かれ無かったのが凄く残念です。オリジナルのお母さんはあんなにキッツい人じゃなかった。犬屋敷さんを邪険にはしてたけどバカにはしてなかったですからね。
あと、最後の方は完全に獅子神=悪、犬屋敷=正義、ととられかねない描き方だったのも残念でした。
犬屋敷の行動もある意味自己満足で根本的には獅子神と同じだと言うことが全く言及されなかったので…。
アニメでは「僕はヒーローじゃないよ。」って何度も言ってたのでその台詞を一度でも犬屋敷に言わせるだけでも随分変わると思うのですけど…その辺り非常に残念でした。

@アニメ好き名無しさんさん
家庭の事情に関してはちょっと誇張しすぎな感じはしましたね。
映画が単純に獅子神を悪にしてるとは思いませんでしたよ。ポストクレジットのシーンなんてまさに彼がヒーローとして飛び立ったシーンだと思いましたし。
2時間という尺でしたし、かなり上手く収めた方かなぁと(°▽°)

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