「動く脚には心情が宿る。」
みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回は、「卒業×アニメ」の傑作、映画『けいおん!』についてお話していきます。
かつて社会現象にもなった大人気アニメ『けいおん!』シリーズの完結編として2011年に上映された本作は、深夜アニメとしては当時異例の興行収入19億円という大ヒットを記録しました。
そして、この映画『けいおん!』は、今やアニメファンであれば名前を聞いたことがない人はいないであろう山田尚子さんの長編映画デビュー作でもあります。
そこで、この動画では山田尚子監督がこの作品でいかにして唯たちの「青春の終わり」を描いたのか?を5つの演出的な特徴にフォーカスしながら、お話していきます。
本記事は作品のネタバレになるような内容を含む解説・考察記事です。
作品を未鑑賞の方はお気をつけください。
良かったら最後までお付き合いください。
目次
映画『けいおん!』解説・考察(ネタバレあり)
本解説の動画版
本記事の動画版を当ブログのYouTubeチャンネルにて、配信しております。
①水槽の中のトンちゃん
まず、最初に注目するのは、唯たちが卒業旅行の行き先を決める冒頭の場面です。
映画『けいおん!』では、当初あみだくじで卒業旅行の行き先を決めようとしていましたが、唯による不正が発覚し、結局、軽音部で飼育しているスッポンモドキのトンちゃんが行き先決定の大役を任されることになります。
(映画『けいおん!』より引用)
『けいおん!』はテレビシリーズも山田尚子さんが監督を務めているわけですが、その第2シーズンの第2話で初登場したのが、トンちゃんでした。
外界との交渉を遮断された閉鎖環境としての水槽は、人為的に快適かつ安定した状態を維持されており、それはアレゴリー化された「学校」とも見ることができます。
つまり、水槽の中をのんびり泳いでいるとんちゃんは「変わらない日常」の象徴であり、軽音部の日常を謳歌する唯たち自身の投影とも言えるわけです。
しかし、映画『けいおん!』では、そんなトンちゃんに重要な選択が任されます。
これは、変わらない日常を過ごし、それがこれからも続くと思っていた軽音部のメンバーにも卒業という選択の時期が来たことを表しています。
また、この水槽とその中で飼育される生き物という演出は、山田尚子監督の『リズと青い鳥』にて、みぞれが見つめている水槽の中のフグという形で還元されています。
(C)武田綾乃・宝島社/「響け!」製作委員会
こちらの作品でも、希美と今のままの関係の維持を望むみぞれの心情が、水槽という安全圏を泳ぐふぐに投影されていました。
こうした演出のつながりが見えてくると、非常に面白いですよね。
②「翼をください」から「天使にふれたよ」へ
2つ目に「空」を意識させる演出についてお話します。
映画『けいおん!』の中で最も印象的なシーンとも言われているのが、学校の屋上で唯たち卒業生4人が叫びながら走っていく場面です。
屋上という場所は、学校の中でも最も「空」に近い場所でもあるわけですが、山田尚子監督の作品ではしばしば、学校という閉鎖空間の対比として「空」が使われます。
映画『けいおん!』では、この屋上である重要な出来事が起きます。梓に贈る歌として唯たち4人が作っていた楽曲に「天使」という曲名のイメージが降ってくるのです。
(映画『けいおん!』より引用)
この時、唯がこんなことを言っていましたね。
「そっか、私たちに翼をくれたのはあずにゃんなんだ。あずにゃんは私たちを幸せにしてくれた、ちっちゃくて可愛い天使なんだよ。」
『けいおん!』というシリーズを振り返ると、この「翼」という言葉、どこかで聞き覚えがありませんか?
はい、実はテレビシリーズ第1期第1話で挿入歌として、唯を軽音部に勧誘するために澪、律、ムギの3人が演奏したのが「翼をください」という楽曲だったんです。
このテレビシリーズの第1話と彼女たちの物語の完結編にあたる映画が「翼」という言葉で繋がって来るところがまた憎いですよね。
また、この時、唯が「空」を見上げるカットが使われているのですが、彼女の視線の先には優雅に空を飛ぶ1羽の白い鳥が映し出されます。
人間には「翼」がありません。しかし、鳥には「翼」があります。
だからこそ、この視線は、唯たちが梓にもらった「翼」でもうすぐ学校というある種の「鳥かご」的な閉鎖空間から飛び立たなければならないのだという予感を強調するものとなっているわけです。
この学校という鳥かご的な閉鎖空間とそこから飛び立つための「翼」のモチーフは、とりわけ『リズと青い鳥』の物語や演出にも強く反映されています。
また、『たまこラブストーリー』では、その飛び立つモチーフとして「タンポポの綿毛」が登場しましたね。
本作における「鳥」は梓に贈る歌のイメージである「翼」や「リンク」に関連づけて描写されています。
というのも、ロンドンで唯が曲の構想に悩み続けている時には、地面に足をつけている鳥が、唯たちの気づかない場所にあしらわれているのです。
しかし、ロンドンでのライブで、唯の前を「鳥」が飛び去っていくシーンで初めて、「鳥」の存在が彼女たちに印象づけられ、曲のイメージが固まるという流れになっています。
(映画『けいおん!』より引用)
細かいところですが、もう一度見返す機会がありましたらぜひチェックしていただきたいポイントです。
③徹底的な「脚」の演出
3つ目に紹介するのが、今や山田尚子監督の代名詞とも言える登場人物の「脚」のみのカットを多用する演出です。
彼女はインタビューなどで「動く脚には感情が宿る」と語っており、脚にフォーカスすることを通じて、登場人物の心情を切り取ろうとしていることが伺えます。
ちなみに彼女の作品における「脚」のカットは作品を追うごとに増えていき、2018年に公開された『リズと青い鳥』では約1360のショットのうち、その120以上が「脚」で構成されているとも言われます。
その原点とも言える映画『けいおん!』で注目したいのは、やはりラストシーンの唯、澪、律、紬の脚を映し出す卒業式の日の帰り道のカットですね。
(映画『けいおん!』より引用)
このカットの何がすごいのか。それは見ている側が、脚だけしか映し出されていないのに、その脚が誰のものなのかが分かってしまうところなのだと思います。
第1話の冒頭では、唯の入学式の日の「通学」シーンが描かれるのですが、彼女の通学風景の中に、実はその後出会うこととなる澪、律、紬がモブキャラのように散りばめられています。
(『けいおん!』第1話より)
この時、彼女たちが「全身」で映し出されているにもかかわらず、まだ視聴者は彼女たちが誰なのかを判別することができません。
対照的に映画のラストシーンは卒業式の日の「下校」シーンです。もう私たち視聴者は長い間彼女たちの物語を追いかけてきて、4人のキャラクターを理解しています。
この始まりと終わりを対比させるような演出は、視聴者に『けいおん!』というシリーズの積み重ねた年月の「重み」を感じさせるものとなっており、追いかけて来たファンにとっては涙がとまらなくなる演出と言えるでしょう。
その後の『たまこラブストーリー』『聲の形』『リズと青い鳥』でも、こうした「脚」のカットは多用され、キャラクターの感情を表現する演出としてどんどんと進化を遂げています。
特に『リズと青い鳥』のみぞれ覚醒シーンの「脚」の演出なんかは鳥肌ものですので、一度ご覧いただきたいですね。
④実写的な「カメラ」の存在を印象づける演出
そして、山田尚子監督と言えば、しばしば「実写」的なアプローチをアニメーションの中に持ち込むことで有名です。
映画『けいおん!』には、そんな彼女の「実写」的なカメラ演出の原点とも言えるような描写がいくつか登場しました。
特に際立っていたのが、唯たちによる『天使にふれたよ』演奏シーンの終盤です。
映画をご覧になった方はご存知だと思いますが、テレビシリーズと映画の終盤は同じ卒業式の日の「天使にふれたよ」演奏シーンを描いているのですが、前者は梓視点、後者は唯たち卒業生視点という区別が為されています。
そのため、映画では、卒業生4人の視線が梓に集中していることを表現するべく、梓だけにピントが合い、背景の情報がぼんやりとしているようなカットが用いられています。
こうしたある種の「望遠レンズ」的な遠景をぼかすカットは、『たまこラブストーリー』のもち蔵の川での告白シーンで進化を遂げ、その後の作品にも多用されていました。
(『たまこラブストーリー』より引用)
そして、何と言っても山田尚子監督の作り出すカットの大きな特徴は、登場人物の自然な視線が織りなすアングルに、ところどころ強烈に「カメラ」の存在を混ぜてくる点です。
それが顕著なのが、梓が演奏を終えた卒業生4人に拍手を贈るシーンでしょうか。
ここでは、まず座っている梓に合わせた位置に「カメラ」が置かれています。
(映画『けいおん!』より引用)
その後、彼女が立ち上がって拍手をするのですが、この時「カメラ」が固定されたままになっており、彼女の顔が一部フレームアウトするんです。
(映画『けいおん!』より引用)
何気ないシークエンスですが、すごく実写っぽいというか、カメラというものの存在を意識させるように作られたカット割りだと思います。
さらに、そこからカメラの位置を反転させて、校舎の外からのアングルで彼女たちのいる部室を捉えるロングショットのカットに切り替えるのも驚きでした。
彼女たちの青春が徐々に近景から遠景へと転じていく様に、これまた「青春の終わり」のニュアンスが強く漂っています。
映画『けいおん!』の時点ではこうした実写的な「カメラ」の演出は、まだまだ実験的な側面も多かったですが、『たまこラブストーリー』で一気に進化し、
望遠レンズ風の映像とトイフォト風の色味を組み合わせて、恋愛や青春を描くアプローチは今や山田尚子さんの代名詞にもなりました。
⑤山田尚子監督が多用する「横顔」
さて、最後にお話したいのが、山田監督がしばしば用いる登場人物の「横顔」のカットです。
「横顔」は観客から見える表情が半減してしまうので、登場人物の感情を表出させる場面で用いることはセオリーに反します。
しかし、山田尚子監督は『たまこラブストーリー』でも、『聲の形』でも、『リズと青い鳥』でも、登場人物の感情が爆発するところで「横顔」のやり取りを用いています。
(映画『聲の形』より引用)
そして、その演出の原点とも言えるものが、映画『けいおん!』の「天使にふれたよ」演奏シーンに登場します。
「天使にふれたよ」のちょうど「忘れもの、もうないよね。」の歌詞のところで、唯が梓「語りかけるように歌うのですが、この時のカットが彼女の横顔です。
(映画『けいおん!』より引用)
そして、それに対応して、曲を聞き終わって感極まる梓の表情もこれまた「横顔」で捉えられています。
山田尚子監督は「横顔」は表情が半減することで、その余白を埋める観客の想像力を掻き立てる効果があると語っています。
つまり、あえて感情が爆発して溢れ出すようなシーンで、「横顔」というそれが抑制されるような演出を用いることで、そこに観客の思いや想像が入り込む余地を作ってあるわけです。
また、こうした横顔を正対させる構図は感情そのものよりも、視線の向きによって「感情の方向」を強調します。
つまり、このシーンでは唯から梓へのベクトルと梓から先輩たちへの感情の方向が目に見えるように演出されているわけですね。
おわりに
いかがだったでしょうか。
今回は映画『けいおん!』についてお話してきました。
今回の記事では、主に映画『けいおん!』で用いられた5つの山田尚子監督らしい特徴的な演出について解説してきました。
ぜひ、こうした細かな演出面に注目して、改めて本作を見直してみてください。
きっと、また映画の味わいが変わることと思います。
今回も読んでくださった方、ありがとうございました。