【ネタバレあり】『バイス』解説・考察:ディック・チェイニーを今描く意義と理由とは?

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はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『バイス』についてお話していこうと思います。

本記事は作品のネタバレになるような内容を含む解説・考察記事となっております。

作品を未鑑賞の方はお気を付けくださいませ。

良かったら最後までお付き合いください。

 

『バイス』

あらすじ

1960年代半ば。酒癖の悪い青年だったチェイニーは、恋人の助力もあり、イェール大学に進学する。

しかし、酒に溺れ、怠惰な生活を送ってしまい、ほとんど通学せず、そのまま退学となってしまう。

大学を退学になった後は、現場の作業員として働き始めるが、そんな矢先に飲酒運転で逮捕されてしまった。

恋人のリンは、そんなチェイニーに失望し、強く叱責し、「私のことを愛しているなら、立派な人間になってほしい」と懇願する。

彼女のことを深く愛していたチェイニーは、一念発起し、ワイオミング大学政治学専攻卒業、そして同大学院を無事卒業・修了し、連邦議会インターンとして働くようになる。

そこで出会ったのが、ドナルド・ラムズフェルドだった。

チェイニーは、彼の独特の魅力と才能に惹かれ、彼の下で仕事をこなすようになり、次第に気に入られていく。

そしてニクソン政権下では、大統領次席法律顧問を務め、ウォーターゲート事件が起こった後は、34歳の若さでアメリカ合衆国大統領首席補佐官となった。

しかしフォード共和党政権は、民主党に敗れてしまい、野党へと下野することとなってしまう。

その後は、妻の支えもあり、下院議員として政界に戻り、様々な役職を歴任するも大統領選挙争いから退く形で、再び政界を去り、ハリバートンのCEOに就任し、家族とともに幸せな日々を過ごす。

そんなある日、彼の下にジョージ・W・ブッシュから電話がかかってきた。

この1本の電話が、アメリカを、いや世界をも大きく変えていくことになるのだった・・・。

 

スタッフ・キャスト

  • 監督・脚本:アダム・マッケイ
  • 撮影:グレイグ・フレイザー
  • 美術:パトリス・バーメット
  • 衣装:スーザン・マシスン
  • 編集:ハンク・コーウィン
  • 音楽:ニコラス・ブリテル
  • 特殊メイク:グレッグ・キャノン
ナガ
アダム・マッケイ監督の新作が来たぞ!!

アダム・マッケイ監督は、1995年から2001年に、『サタデー・ナイト・ライブ』のコントライター、ディクレターを担当しており、そこから映画監督への道へと進みました。

そんなコントライターとしての経験が映画にも色濃く反映されていて、コントらしい「点で魅せる」演出が作品の随所にちりばめられています。

『バイス』の中でもモザイクだらけの会話シーンであったり、突然始まるシェイクスピア寸劇であったり、語り手のカートの正体の明かし方であったり、笑いを狙った演出が多く見られるのです。

撮影監督のグレイグ・フレイザーは、オサマ・ビンラディン捕縛・暗殺作戦を題材にした『ゼロ・ダーク・サーティ』などの撮影も担当してきており、そういう経験が本作で時折インサートされる戦争描写にも反映されていますね。

その他にも、『マネーショート』にてアダム・マッケイ監督と組んだことのある衣装のスーザン・マシスン、編集のハンク・コーウィン、音楽のニコラス・ブリテルらも参加しています。

また、ジム・キャリー出演の『MASK』にて、特殊メイクを担当したグレッグ・キャノンが今作に参加しており、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞するなどしています。

  • クリスチャン・ベイル:ディック・チェイニー
  • エイミー・アダムス:リン・チェイニー
  • スティーブ・カレル:ドナルド・ラムズフェルド
  • サム・ロックウェル:ジョージ・W・ブッシュ
  • タイラー・ペリー:コリン・パウエル
  • アリソン・ピル:メアリー・チェイニー
  • リリー・レーブ:リズ・チェイニー
  • リサ・ゲイ・ハミルトン:コンドリーザ・ライス
  • ジェシー・プレモンス:カート
ナガ
実在の政治家を実名でキャスティングできちゃうのがアメリカなんだ・・・。

まず日本では実現しないような映画企画ですよね。

これ時代的には、日本に置き換えると小泉純一郎政権の裏側で何が起こっていたのかを描きますみたいなものですからね。

さて、ここからキャストについて解説していきます。

まず、本作の主人公となるディック・チェイニーを演じたのは、クリスチャン・ベイルですね。

ナガ
バットマンがまさかのバッドマンに・・・(笑)

彼が俳優として一躍注目を集めるきっかけになったのは、やはりクリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』3部作でしょう。

彼の特徴は何といっても役作りのための体重の増減がすごすぎるんですよ。

まず、映画『マニシスト』では1年間寝ていない主人公を演じるために、とんでもなく過酷な減量プログラムを断行し、周囲から止められる事態にまで発展したようです。

映画『マシニスト』より引用

その次に出演した『バットマン ビギンズ』では、なんと半年で32kgの増量を行い、見事な肉体を作り上げました。

つまりここまでの彼の体重推移は、『マニシスト』の際に84kgから54kgで、その後半年で54kgから86kgまで戻したというわけです。

しかし、驚くべきはそれに留まりません。なんと、2007年公開の『戦場からの脱出』では、また一気に60kg付近まで体重を落とすという役作りをしています。

その後すぐに『ダークナイト』シリーズの続編に向けて増量しては、『ザ・ファイター』のために減量し、そして『アメリカン・ハッスル』ではまた相当な増量を経て撮影に臨みました。

ナガ
『アメリカン・ハッスル』の時は100kg近かったとか?

今回の『バイス』も20kg増量し、眉毛を脱色するなどの徹底的な役作りをしているようで、もはやバットマン(ブルース・ウェイン)を演じていた彼とは別人ですね。

ディックを語る上では欠かせない、彼を献身的に支えた妻リン・チェイニーを演じたのは、エイミー・アダムスですね。

『ザ・マスター』でアカデミー賞助演女優賞に、『アメリカン・ハッスル』で同主演女優賞にノミネートされるなど高い評価を獲得してきた女優の1人です。

近年も『her 世界でひとつの彼女』『メッセージ』『ノクターナルアニマルズ』などの話題作に次々に出演しています。

そしてディックを政界に引き込むきっかけともなったドナルド・ラムズフェルドをスティーブ・カレルが演じています。

彼は、『マネーショート』でもアダム・マッケイ監督と仕事をしていますね。

もともとは『40歳の童貞男』のようなコメディ映画に出演する俳優として支持されていましたが、近年は『フォックスキャッチャー』『バトルオブザセクシーズ』のようなリアル路線の作品にも多数出演しています。

もう1人だけ触れておくとすると、やはりサム・ロックウェルですよね。

ジョージ・クルーニー監督作の『コンフェッション』で注目を集め、2017年公開の『スリービルボード』での演技は特に大絶賛され、その年の助演男優賞を総なめにする勢いでした。

このように映画『バイス』にはとにかく豪華なキャストが集結しているということです。

ナガ
より詳しい作品情報を知りたい方は、映画公式サイトへどうぞ!!
公式サイト
ナガ
ぜひぜひ劇場でご覧ください!!

 

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『バイス』解説・考察

全員実名のポリティカルムービーの到達点

今回の映画『バイス』はディック・チェイニーというジョージ・W・ブッシュ時代の副大統領を務めた人物にフォーカスしています。

そんな本作が、あまりにも驚きなのは、ほんの15~20年前にアメリカで実際に起きていた政治劇の裏側を実名キャスティングで映画化してしまったというところです。

日本の土壌で、こういった作品が出てくることはやはり考えづらく、「戦争」映画であれば、実名の登場人物が出てきますが、それも今から70年以上前の出来事であるわけですから、もはや「歴史」の一部を描いているにすぎません。

しかし、ディック・チェイニーと彼の暗躍に関しては、「歴史」というには幾分日が浅すぎます。

ナガ
こんな映画企画がまかり通り、アカデミー賞で8部門にノミネートしてしまうのも面白いよね・・・。

ハリウッド映画界が基本的に民主党寄りの価値観であることを差し引いても、こんな「現代」のポリティカルムービーが公開され、評価されることにまずは驚くばかりです。

そして映画『バイス』は、アダム・マッケイ監督の作品ということで、前作の『マネーショート』をご覧になった方であればお分かりいただけると思いますが、 テンポがかなり速く、ある程度知識があることが前提になっている部分があります。

ということで、今回はある程度本作を見るうえで必要な情報と思われるものをまとめてみました。

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ナガ
全員似すぎだよね・・・(笑)

ディック・チェイニー

イェール大学を退学処分になり、その後現場の作業員として働き始めましたが、飲酒運転で逮捕されてしまいます。

その後、ガールフレンドのリンの励ましと激励もあり、ワイオミング大学政治学専攻を卒業し、同大学院を修了した後、連邦議会インターンとして働き始めます。

「連邦議会インターン」という言葉を聞くと、日本のインターンのイメージで考えがちですが、アメリカの議員インターンは少し意味合いが違います。

アメリカには、第2次世界大戦後に大統領府を監視する目的で、議員スタッフ(インターン)の登用が進み、かなりの人数が働いています。

議員スタッフは、法案起案、議員スピーチ作成、政策提言、ポジションペーパー作成、議員に代わって委員会に出席し、結果を議員に報告する。委員会スタッフは、公聴会の参考人・証人選択、法案修正、報告書作成において委員会事務局として中心的な役割を果たし、情報収集、分析、政策選択を提示して委員に助言する。それぞれ専門分野を持っている。

(清井 美紀恵「米国の連邦議員スタッフ・連邦議会委員会スタッフ制度」より引用)

このようにかなりの専門性と高度な教養が求められる職となっていて、フルタイムで雇用されます。

また、今作のチェイニーのように、インターンをきっかけに政治家と繋がりを持つことができ、後に連邦政府高官に任命されるケースもあるようです。

インターンの際に政党を選択するシーンで、ラムズフェルドの知性と野心に惹かれた彼が適当に政党を選択する一幕がありましたが、これも彼が後に「理念なき政治」に終始する端緒となっています。

その後、連邦政府高官となりますが、フォード政権の終焉とともに、下野し、下院議員として新たに政界に戻ろうと決意します。

しかし、実際の彼のしゃべり方を聞いてみると自明なのですが、大衆受けをするようなものではなく、それが故に選挙戦で苦戦する様子が描かれていたのもリアルでした。

政界に戻り、大統領候補と目されるまでになるも、候補者間の闘争に敗れ、石油企業のハリバートンのCEOに就任しました。

今作はポリティカルムービーでありながら、彼が心臓病を患っていたことや、娘が同性愛者だったこと(当時の保守党的には反対であった)、妻のリンに支えあっての彼であったことも描かれ、1人の人間として彼を描こうとしていました。

ナガ
それにしても彼はなぜイラク戦争を起こす必要があったんだろうね?
  1. 当時のネットバブル崩壊に伴うデフレからの脱却を目指すため
  2. 石油業界に利権を横流しにするため(チェイニー自身もハリバートンの元CEOだった)
  3. 小ブッシュの選挙戦の苦戦による貧弱な支持基盤を強固にするため

このあたりが理由として考えられる部分ではないかと思います。

特に1つ目の問題は深刻で、ブッシュ政権最初の要害にはなっていたわけで、チェイニーはこれを正攻法で解決するよりも戦争を引き起こして急進的に解決してしまったほうが支持基盤が強まると考えたのでしょう。

石油関連の大企業との癒着もこれがきっかけに強まったわけですから、まさに彼の思惑通りでした。

 

リン・チェイニー

高校時代からディックと恋人関係にあった彼女は、DVに苦しむ母親の境遇を見て、「母親のような結婚はしたくない」と述べていました。

1960年代は、まだまだアメリカ社会は女性に対する考え方が保守的で、頭脳明晰であったにも関わらず、リンはいわゆる名門大学には進学することができませんでした。

連邦議会インターンの説明の中でラムズフェルドが少し前まではこの場に女性はいなかったと語っていることからも、ちょうどその当時が女性解放運動の潮目になっていたことが分かりますね。

そういう時代だったがゆえに、リンが成り上がるためには偉大な夫が必要だったわけで、そのためにディックを激励し、優秀な男にする必要がありました。

ナガ
いくら自分が好意を寄せている異性でも、あの剣幕で捲し立てられたら、流石に別れを切り出してしまいそうだけどね・・・(笑)

ディックがリンを思う気持ちがかなり強かったがゆえに、あの叱責が彼を立ち直らせるきっかけにもなったのでしょう。

そして彼女が夫の下院議会選挙の演説の中で「ブラをつけている」という話をしていましたよね。

ナガ
この言葉がなぜ歓声を浴びたんだろうね?

1960年代末よりアメリカでは女性解放運動(ウーマンリブ)が活発になっていました。

その活動団体は、「ブラジャーよさらば!」というスローガンのもと、女性が女という性であるが故に「着用を強いられたもの」としてブラジャーを捉え、女性の自由を圧迫する障害として排斥していきました。

しかし、ディックが出馬したワイオミングという土地柄は、かなり保守的で、都心部で進んでいるウーマンリブに対しては、否定的な見解を持っている男性が多かったといいます。

それ故に、彼女は自分が名門大学に入れないという苦しい思いをしたにも関わらず、夫のために自分は急進的なウーマンリブに対して否定的で、そして保守的な思想の持ち主であるということを示そうとしたのです。

ただ彼女が家庭に収まるような器ではなかったことは、彼女の後の行動やマカロニチーズの作り方すら分からない主婦っぷりからしても明らかですね。

 

ドナルド・ラムズフェルド

ラムズフェルドは、ジェラルド・フォード下院議員を大統領候補として擁立し、それに成功しました。

そしてまだ議員インターンであったチェイニーを登用し、当時のニクソン大統領に彼を補佐官として働かせるように進言したのも彼でした。

その後、フォード政権が始まると、ラムズフェルドは首席補佐官に就任し、その際にチェイニーを重用するように進言し、フォード大統領は当時顔も知らなかったチェイニーを登用したのです。

フォード政権に参画すると、キッシンジャー国務長官の職責を半分にし、ロックフェラー副大統領をお飾りにするなど政権改造を進め、自分は国防長官になり、チェイニーを首席補佐官にし地盤を固めました。

その後、フォード政権の下野と共に、政界での影響力は弱まりましたが、ジョージ・W・ブッシュ政権の到来とともに、再びチェイニーと暗躍することとなります。

 

ジョージ・W・ブッシュ(小ブッシュ)

リン・チェイニーに「あの残念な子」と評されていましたが、彼にもかつて飲酒運転で逮捕された経歴があるようです。

小ブッシュは、アメリカの歴史の中で最も接戦だったとされる選挙戦に勝利し、大統領になりました。

小ブッシュ
  • 獲得選挙人:271人
  • 得票数:50,456,002票
ナガ
これに対して民主党のアル・ゴアはと言いますと・・・。
アル・ゴア
  • 獲得選挙人:266人
  • 得票数:50,999,897票
ナガ
あれ?得票数ではゴア候補のほうが上回ってたんだ!!

これがなんとも面白いですし、アメリカの選挙制度の特徴を見事に表しています。

『バイス』の劇中でも描かれたように、この選挙戦で争点になったのは、フロリダ州の25人の選挙人の行方でした。

というのも、基本的には僅差であっても勝者がその州の選挙人を総取りするという仕組みになっているため、フロリダ州において僅か1200票差しかなかった結果にゴア候補が異議を申し立てたのです。

その後、ゴア候補の申し立てで2候補の得票差は僅かに150票差程度というところまでいきますが、最終的には保守党派の多かった最高裁の差し止めが効力を有し、小ブッシュの当選が確定しました。

今作を見ていてもわかる通り、大統領就任直後から経験不足は明らかであり、そこがチェイニーに付け入るスキを与え、ある種の傀儡政権を誕生させてしまいました。

本作の中で小ブッシュの貧乏ゆすりとイラクで空爆におびえる一般市民の足の震えがリンクする場面がありました。

ナガ
あれは痛烈な皮肉だったよね・・・。

つまり世界的に大きな影響力を持つアメリカ大統領職に経験不足で、感情的な小ブッシュのような人物が就き、そして彼1人の苛立ちにも似た感情がイラク戦争とそして多くの人の死を生み出したという状況を痛烈に描き出しています。

まあそれよりもサム・ロックウェルの小ブッシュが似すぎていて、そこに驚かされるばかりなんですけどね(笑)

 

コリン・パウエル

CIAが裏付けすることができなかったイラクへのウラン売買の内容を、チェイニーらが主導し、一般教書演説にそれを盛り込みました。

国務長官に在任しているときに、副大統領の首席補佐官に書かれた原稿を読み上げる形で、国際連合安全保障理事会にて「イラクが大量破壊兵器を開発している証拠」を列挙しました。

コリン・パウエル自身は、この演説の内容に反発しました。

しかし、盛り込まれたウランやイエローケーキに関する情報には妥当性があるとして、彼は結果的にその演説をするように押し切られてしまいます。

映画の終盤にもテロップが表示されましたが、長官退任後にこの発言を誤りだったと認め、「人生最大の恥」と表現しました。

チェイニーらがパウエルにこの演説をさせたかったのは、彼がリベラルや中道にも理解を示していたことでも知られる穏健派だったからです。

彼がイラクの核保有を問題視する演説をすることで、穏健派な市民の支持を集めることができると目したというわけですね。

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この作品を今だからこそ見ておきたい理由

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なぜ小ブッシュ政権が終わり、バラク・オバマ政権も終わり、ドナルド・トランプ政権となった今、ディック・チェイニーの映画を作る必要があるのかという点は、多くの人が疑問に感じる点かもしれません。

ナガ
ハリウッド映画界は民主党寄りだから、共和党を批判するような映画を作り、間接的にドナルド・トランプを批判しようとしたんじゃないか?

まあ安易に考えてしまうと、こういう結論にたどり着いてしまうかもしれませんが、そういうことではありません。

本作『バイス』のパンフレットの中にも掲載された渡辺将人氏も指摘にもあるように、チェイニーの傀儡政権の影響を間違いなく、その後のアメリカという国に多大な影響を及ぼしているのです。

チェイニーのイラク戦争への傾倒の反動から、政権が民主党に移り、オバマ大統領が誕生し、オバマ大統領への不満が募った結果その反動がドナルド・トランプ大統領誕生へと繋がったことを考えてもその影響は否定できません。

そして、それ以上に重要なのがチェイニーの暗躍が、「アイコンとしての大統領像」をある種確立してしまったところは大きいのではないかと思います。

そもそもレーガン大統領時代から保守派の弁護士を囲い、法解釈を変えることで、大統領の権限を強めるという手法は存在していたわけですが、それを使って一気に副大統領の権限を拡大したのがチェイニーでした。

チェイニーやラムズフェルドといった本来は裏方的な職務従事する人間たちが、小ブッシュ政権の実質の舵取り役となったのです。

しかし、この大統領ないし副大統領の権限拡大が次第に国民の反感を買い、オバマ政権の誕生につながったことは事実です。

オバマ政権は成立当初「格差是正」などのいわゆる「オバマケア」政策に取り掛かるんですが、これが全くもって停滞してしまいました。

議会の承認を得ることができず、やむを得ず大統領令にて、これを成立させたのですが、最高裁から差し戻され、無効とされてしまいます。

このようにチェイニーのによる傀儡政権の膿を出そうとする風潮が、大統領の強権発動のストッパーとして機能し、オバマ政権は「決められない」時期を過ごしました。

しかし、結果的にオバマ大統領はその政権中に、小ブッシュ政権とほとんど同数の大統領令を発動しており、やはり大統領ありきの政治が進んでいったように見受けられます。

結局、オバマ政権も当初は反チェイニー路線で支持され、その点で支持を集めたのですが、それを覆していくところに大きな壁が立ちはだかり、公約の実現もままならない中で、大統領令を発動せざるを得なくなっていきました。

そんなオバマ政権の大統領令に懐疑的な視線を示した人たちの指示で、ドナルド・トランプ政権が誕生したわけですが、彼の大統領令の乱発具合はアメリカ史上断トツのトップだといわれています。

そしてそのほとんどは、オバマ政権時代の「功績」を無に帰す形で実行されているようにすら見受けられます。

またトランプ大統領も政治的には経験不足を指摘されることが多く、さらには副大統領にマイク・ペンスという「超タカ派」の保守的で実績十分な議員を据えています。

最近は外交問題などを見ていても、このマイク・ペンス氏が台頭するようになり、主張に一貫性がなく、感情的な側面があるドナルド・トランプ大統領の手綱を握っているという見方もあるでしょう。

アダム・マッケイ監督自身もインタビューの中で、ドナルド・トランプ大統領を「本当のパワーはない。彼は、最も弱い男のひとりだ。表に出ているだけ。」と評しています。

つまり、近年のアメリカの政治シーンにおいて結局のところ大統領という存在は、「シンボル」でしかなく実際に政治を動かしているのは、その裏で暗躍している人や企業であり、本当のパワーは、そこにこそあります。

だからこそ、そのシンボルの動向に気を取られていると、その水面下でどんどんと政治が動いていき、小ブッシュ政権におけるイラク戦争のような事態が起こるかもしれないわけです。

アダム・マッケイ監督は、本作のラストシーンに若い女性が「そんなことより『ワイルドスピード』の新作が見たい」と発言するシーンをチョイスしました。

これは、まさに政治に無関心な若者に対する警鐘であると考えられます。

チェイニー副大統領の暗躍以降、一度はその路線から外れるようなオバマ政権の動きがありましたが、結局は難しく、その後もドナルド・トランプ政権に移行し、再び大統領の強権政治に戻ってきてしまっています。

しかし、そんな動きに『ワイルドスピード』が見たいなどという諦念と無関心を示しているようでは、国は「理念なき政治」に左右され、どんどんとあらぬ方向へと向かって行ってしまいます。

今作『バイス』は、政治を監視し、常にチェイニー傀儡政権時のようなことが起こらないようにするために、映画として国民に対して警鐘を鳴らしているのでしょう。

そして映画という若者の関心が高いメディアの中で、この主張をできたことに意義があります。

監督は、この映画の製作に際してチェイニー本人に許可を取りに行けば、彼の指示に従う必要性が出てくることを懸念し、事実を徹底的に調べ上げました。

それが冒頭にもテロップとして表示された「これらは真実の話だが、不完全ではある。なぜならチェイニーは極めて秘密主義だから。」という文面の意味につながってきます。

日本でもこういう作品が作られる土壌ができればよいと思うんですが、まだまだ現状を見ていると難しそうです・・・。

だからこそ日本人はこの『バイス』を見て、こういう作品が生まれない日本の映画界について今一度考えてみるべきではないでしょうか。

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リン・チェイニーという女性像

近年ハリウッドでは、「自立した女性像」を前面に打ち出した映画作品が目立ちます。

ただ、ハリウッド映画界が打ち出しているのは、本作でいう「ブラジャーよさらば!」というウーマンリブ的な活動をしていた側の女性解放的な姿勢だと思われますね。

つまりこれまでの男性中心的な社会に対抗して、女性の力と誇りをぶつけていくというスタイルですね。

そんな中で映画『バイス』が描くリン・チェイニーという女性は、史実ベースではあるのですが、それとは違う形で女性としての自分の力を誇示しようとしました。

彼女は男性社会の規範や慣習に則って、その中で成り上がり自分の存在を確立していったんですよ。

先ほども少し触れましたが、リン・チェイニーは、マカロニ&チーズの作り方が分からないという一幕にも見られるように心の底では、男性社会的な女性の役割を素直に受け入れている様子はありません。

しかし、献身的に夫を支える妻というイメージで選挙戦に参加し、「私はブラをつけている」と宣言し、保守的な女性像で自らを売り出したんですよ。

つまり当時、偉大な夫の「セカンドレディ」的な立場になることで、自らの「やりたいこと」をできるだけの地位と権力を手に入れたということです。

一方で、時代の変化に際して自分の娘の教育に関しては、「女性解放」の流れに迎合し、「自立した女性」になれるようにしようという意図が見られました。

娘がホワイトハウスにて、父のディックを「妖精」と呼称した際に、ディックはそれを否定しようとしませんでしたが、リンは「馬鹿な女になる」としてこれを叱責しました。

この行動には、彼女が本当は自らが表に立って、自ら自立した女性として行動を起こしたいという思惑を持っていることが伺えます。

近年のアメリカ映画で、男性中心社会に対抗する形でのフェミニズムの在り方が目立つ中で、男性社会の中でしたたかに浮上を狙ったリンの女性像の描かれ方は1つ興味深いポイントであったように思います。

 

おわりに

いかがだったでしょうか。

今回は映画『バイス』についてお話してきました。

アダム・マッケイ監督の演出面でのセンスも抜群に光る作品なのですが、それ以上にポリティカルムービーとしてあまりにも革新的であり、非常に意義のある作品だったと思います。

なぜ、今チェイニーの映画を作る必要があったのかと考えながら、アメリカないし日本の今の政治について今一度考えてみる良い機会にもなりますよね。

本作の中でこんなセリフがありました。

「労働時間が長くなり、賃金が上がらないと、国民は政治の話なんかしなくなる。」

(映画『バイス』より引用)

これは実に今の日本に当てはまる話ですよね。

自分たちの生活を続けていくことに精いっぱいで、政治にまで関心が及ばなくなり、投票率も下がっていくという負のメカニズムが生まれています。

しかし、それが今の政権にとってはむしろ好都合だったりするんですよね・・・。

難しい問題ですが、あきらめたり、目をそらしたりするのではなく、きちんと向き合っていくことが大切なのだと改めて感じつつ、今日は地方統一選挙の日ということで、大切な一票を投じてきたいと思います。

今回も読んでくださった方、ありがとうございました。

 

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