【ネタバレ考察】『トゥルーマンショー』は信仰の映画?主人公はなぜ海を渡ったのか?

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『トゥルーマンショー』についてお話しようと思います。

1998年に公開され、その後の映画に多大な影響を与えた作品ですね!

主人公の人生がリアリティ番組「トゥルーマン・ショー」として全世界に放送されていたという設定はもちろんとして、映画を撮影するカメラの存在を劇中の設定で正当化するというアプローチにも衝撃を受けました。

加えて、冒頭から積み重ねられた不可解な描写の数々が、テレビ番組であるという事実が分かった瞬間に整合性が取れていく感覚も見ていて心地よかったのを覚えています。

また、本作は古代ギリシアの哲学者プラトンが提唱した「洞窟の比喩」に着想を得ている側面もあるんですよね。

この「洞窟の比喩」は、幼少のころから洞窟の奥深くに囚われていた囚人が、壁に映し出される影を見続けているために、いつしか影こそが「真実」なのだと錯覚してしまうところから始まります。

しかし、ひょんなことから囚人の1人に外の世界を見せたことで、彼は自分が見続けていた影が太陽の光によって作り出された「幻影」に過ぎないことを悟るのです。

その後、彼は洞窟に戻って残された囚人たちに世界の「真実」を伝えるのですが、洞窟の中の世界しか知らない囚人たちは、影が「真実」であることを信じ続けるのでした。

無知のままで影という「幻影」を見続ける生活を選ぶのか、それとも世界の「真実」に向き合うのか。

こうした問いかけと、それに対する主人公の選択と決断が『トゥルーマンショー』では、描かれていました。

語りたいことが山ほどある作品ですが、今回はそんな映画の中でもクライマックスにあたる主人公が海に繰り出し、外の世界を目指すシーンについての解説・考察を書いていきます。

本記事は作品のネタバレになるような内容を含みますので、作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

良かったら最後までお付き合いください。




『トゥルーマンショー』考察(ネタバレあり)

主人公のトゥルーマンは、物語を追うごとに自分が暮らしている世界の真実に近づいていき、やがてその世界が「虚構」でしかないことを悟ります。

何も気づかなかったふりをして、これまでと同じ生活を続けるのか、それとも未知の世界へと飛び出し、明日もどうなるか分からない未来を選び取るのか。

悩んだ末にトゥルーマンは、ヨットで海へと漕ぎ出し、クリストフによって創造された世界の端を目指します。

しかし、なぜ本作における主人公の虚構の世界からの脱出方法が「海を渡る」という行為でなくてはならなかったのでしょうか。

そこに本作『トゥルーマンショー』のアメリカ映画らしい信仰の映画としての側面が見え隠れしているのです。

今回の記事では、いくつかの観点から本作の信仰の映画としての側面を掘り下げていきます。

 

海を渡ったピルグリムファーザーズ

(映画『トゥルーマンショー』より引用)

高校の世界史の授業でアメリカ建国史に触れた人には聞きなじみのある言葉だと思いますが、彼らは現在のアメリカという国を作るきっかけになったとも言われています。

16世紀にイギリスではプロテスタント系の指導者が擁立され、さらにカトリックから分離した英国国教会が力を握りました。

しかし、17世紀に入ると同じプロテスタント系の急進派が英国国教会の改革を掲げて勢力を伸ばし、いつしか「ピューリタン」と呼ばれるようになったんですね。

さらに「ピューリタン」内部でも派閥が分かれており、その中でも英国国教会の改革ではなく、そこから分離して独自の教会を作ることを目標に掲げる勢力が「分離派」とされました。

この「分離派」に所属する人たちは、熱狂的な信仰心を抱いており、どこかに自分たちの信仰が遂げられる土地があるはずだと、イングランドだけでなくオランダに移住するなどし、自分たちのためのユートピアを探し求めていたのです。

そうした分離派の人たちが、ジョン・スミスの報告書に記された北アメリカ大陸という未開の地に「エデンの園」を見出し、旅立って行ったのが、まさしくピルグリムファーザーズなんですね。

もちろん17世紀に飛行機なんて文明の利器はありませんから、彼らは海路で新大陸を目指さなければなりません。

自分たちがこれまで暮らしていたヨーロッパ大陸は虚構と腐敗に満ちた土地であり、海を渡った先にある新大陸は自分たちのユートピアであるに違いないと、信心深い「分離派」のキリスト教徒たちは信じて疑いませんでした。

結果的にこの黎明期に海を渡ったピルグリムファーザーズたちは、新大陸でその半数近くが命を落としたともいわれており、そこがユートピアとは程遠い場所であったことも後に判明しています。

しかし、現在のアメリカの礎を築いたのは、そうした夢想家や理想主義者たちであり、だからこそ、今も彼らは尊敬を受け続けているわけです。

そして、映画『トゥルーマンショー』のクライマックスにおけるトゥルーマンの航海は、まさしくピルグリムファーザーズのイメージを投影したものなんですね。

海を渡って、偽りの神が創り出した世界を脱して、先の見えない「真実」の世界を目指すというコンテクストは完全に、ピルグリムファーザーズのそれと一致しています。

 

偽りの神としてのクリストフ

(映画『トゥルーマンショー』より引用)

一方で、ピルグリムファーザーズの逸話は、夢と理想が投影され、かなり美化されている側面があるのも事実です。

ヨーロッパからアメリカ大陸へと海路で渡るわけですから、その過程で嵐や海の荒れに巻き込まれて命を落とした人が数多くいることは想像に難くありません。

また、先ほども述べたように食糧不足などの問題もあって入植したピューリタンたちの多くが命を落としていきました。

そうした現実は直視されることなく、むしろ美化され、ユートピアあるいは「エデンの園」に辿り着くための試練のように捉えられることすらあったのだとか。

また、こうした試練や苦難があったからこそ、熱狂的な信仰心を持つピューリタンたちは一層自分たちの信仰を強めていったとも言われますね。

映画『トゥルーマンショー』のクライマックスで、ヨットに乗って海に繰り出し、虚構の世界からの脱出を図るトゥルーマンに立ちはだかるのは、まさしく雨や風、雷といった自然の驚異です。

こうした身を置いているシチュエーションや降りかかる試練という観点で見ても、トゥルーマンにはピルグリムファーザーズの面影が重なります。

とは言え、彼がいるのは人工の世界ですから、それらは創造主であるクリストフが創り出したものに過ぎません。

このクリストフは、言わばピルグリムファーザーズたちから見た、ヨーロッパ大陸の宗教的な権威者たちということになるのだと思います。

ピルグリムファーザーズの視点から見た彼らは、ヨーロッパ大陸で神の名を語って権力を握り、偽りの信仰に市民を誘導し、彼らを支配している存在です。

加えて面白いのは、偽りの神の名前が「クリストフ」であることです。

「Christof」は元々は「心に(イエス・)キリストを抱く」といった意味を持った名前だとされています。

一方で、海外では、この「Christof」という名前が「Christ Off」の言葉遊びではないかという考察もなされているんですよね。

「Christ Off」つまり「(イエス・)キリストから離れて」と解釈できるというわけです。

こう解釈すると、クリストフという「トゥルーマンショー」のセットの創造主が、イエス・キリストを逸脱した存在であることも際立ちますよね。

このように本作は「トゥルーマンショー」の世界を偽りの神が作り出した腐敗した世界であると位置づけており、それ故に主人公はそこから脱し、イエス・キリストが君臨する外の「新世界」を目指すのです。

 

トゥルーマンのヨットに書かれた「139」の数字

(映画『トゥルーマンショー』より引用)

そして、もう1つ注目したいのが、トゥルーマンの操縦しているヨットに書かれた「139」の数字ですね。

おそらくこれは「詩篇139」を示唆しているものです。

「詩篇139」はイスラエルの支配者であるダビデ王によって書かれたもので、その内容は全知全能の神を讃え、神に次に自分が進むべき道を示してくださるよう祈りをささげる内容となっています。

この時点で、トゥルーマンの置かれている状況にマッチしたものであることは明らかですね。

ナガ
では、実際に「詩篇139」の内容を見ながら、もう少し掘り下げていきましょう。

神よ、どうか悪しき者を殺してください。血を流す者をわたしから離れ去らせてください。

彼らは敵意をもってあなたをあなどり、あなたに逆らって高ぶり、悪を行う人々です。

主よ、わたしはあなたを憎む者を憎み、あなたに逆らって起り立つ者をいとうではありませんか。

わたしは全く彼らを憎み、彼らをわたしの敵と思います。

神よ、どうか、わたしを探って、わが心を知り、わたしを試みて、わがもろもろの思いを知ってください。

わたしに悪しき道のあるかないかを見て、わたしをとこしえの道に導いてください。

(「詩篇139」19節~24節より)

読み進めると「悪しき者」「血を流す者」「あなたに逆らって高ぶり、悪を行う人々」といった存在が列挙され、彼らが自分とそして神にとっての共通の「敵」であるという事実が整理されていることが分かります。

そして、そうした信仰を蔑ろにする人間や偽りの神を信仰する人間たちのところから私を救い出してください、そしてそのための道を示してくださいという内容が記されているわけです。

先ほども述べたように「トゥルーマンショー」の創造主は「クリストフ(Christ Off)」であり、まさしく偽りの神のことを指しています。

だからこそ、クリストフという「あなたに逆らって高ぶり、悪を行う人々」から離れて生きられる世界へと導いて欲しいと願う主人公のトゥルーマンの祈りが、この「139」という番号には込められているのです。



おわりに

いかがだったでしょうか。

今回は映画『トゥルーマンショー』について書いてみました。

ナガ
久しぶりに見返すと、アメリカらしさが全開の映画だな…という印象が強まりました。

やはりこうした有名なハリウッド映画の根底には、聖書的な世界観あるいはアメリカの建国史があることが多いんですよね。

そのため、知らずに見てもエンタメとして十分に楽しめる一方で、知ってから見ると、また違った側面から作品を見ることができます。

『トゥルーマンショー』は、アメリカの建国の礎を築いた夢想家や理想主義者たちの精神を手放しで讃える映画でもあり、そしてキリスト教への信仰を讃える映画でもあるのです。

ナガ
ぜひ、こうした点も踏まえて、作品を見返してみてくださいね。

今回も読んでくださった方、ありがとうございました。

 

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