片渕監督が『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(長尺版)という呼称を使ってくださることへの好感

 

はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね久々に『この世界の片隅に』についての話題をお話してみようと思うんですね。

本記事では『この世界の片隅に』の長尺版について言及していくんですが、内容の都合上、原作のネタバレになるような内容を含みますので、ご注意いただけたらと思います。

良かったら最後までお付き合いください。

劇場公開版『この世界の片隅に』でカットされた「リンさん」

映画『この世界の片隅に』はそもそも公開前に起死回生の一手としてクラウドファンディングによる製作費回収に打って出なければならないほど、厳しい状況だったと言います。そしてこの作品の劇場公開版の尺は126分です。大体2時間のアニメーション映画を作ろうと思ったら、もちろん作品によるとは思いますが(ジブリ作品なんかはとんでもない予算がかけられていますが)、大体1時間尺で1億円は見越しておかねばならないでしょう。

そう考えた時に、この映画はカット前にはおそらくですが2時間30分超あったんでしょう。そしてその30分を盛り込めるだけの、その尺で劇場公開するだけの予算が無かったというのが現実的な視点でしょう。

そんな状況で、片渕監督はあえて原作の中でかなり重要なパートを占める「リンさん」のエピソードの大半を排除したんです。私は最初にこの映画を見た時に、すごく憤りを感じましたよ。というのも『この世界の片隅に』というタイトルはそもそもリンさんという存在がいたからこそ意味を成していたタイトルだと思っていました。

周作はリンさんに思いを寄せていて、しかし彼女は遊郭に勤めている遊女でした。だからこそ親を安心させるためにも、社会的な外面のためにも、彼はリンさんと結婚するわけにはいきませんでした。だからこそ彼はすずさんを自分の花嫁に選んだわけです。

そんな周作の思いにすずは少しずつ気づき始め、周作との結婚生活に思い悩むようになります。だからこそ彼女はそれでも自分を選んでくれた、自分を見つけ出してくれた、自分を愛してくれた周作に感謝するんです。それこそが本作の終盤のあの言葉に繋がるわけです。

「ありがとう。この世界の片隅にうちを見つけてくれて。」

つまり「リンさん」がほとんど顔を出さない劇場公開版では、なぜすずが周作にとって「この世界の片隅に」いた存在だったのかが非常にぼんやりしてしまっているんです。そのため私は最初にこの映画を見た時にどうしても受け入れがたいものがありました。

ただ2016年の『ユリイカ11月号』を読んで、片渕監督がなぜ「リンさん」をカットしたのかという思いを知り、すごく感銘を受けたのを、今でもはっきりと覚えています。

片渕監督が「リンさん」をカットしたその理由とは?

片渕監督がこの『ユリイカ11月号』の中で「リンさん」のカットについて言及していました。

そのコメントがとても印象的で、彼は「大事なところをあえて切ろうと思った。」と話しているんです。

この点に関しての補足で、片渕監督はマンガと映画のメディアの性質の違いに触れながら、非常に分かりやすく説明してくれています。

映像に音声と効果音と音楽を合わせるダビングという作業の、その最初のプリミックスの時に、自分でも音つきで初めて全篇通して見たんですね。そうしたら大変な感じがして・・・効果音が全部ついているわけですけど、いままで普通に暮らしてきた世界に、戦闘機や爆撃機が飛んできた時の怖さといったらなかったんですよ。・・・(中略)・・・戦争で痛めつけられたすずさんはこの映画の中ではもう回復できないんじゃないかとすごく心配になったんですね。・・・(中略)・・・だからリンさんの話を入れることで、前半の日常生活の部分でまですずさんが痛めつけられてしまったら、本当に立ち直れないかなと思ったんです。『ユリイカ2016年11月号』:94ページより

何が言いたかったのかを、個人的に推察してみますと、監督はあくまでもこの映画を「すずさん」のものがたりにしたかったんだと思います。あくまでも「この世界の片隅に」たくましく生きる「すずさん」という少女の日常と戦争、再生の物語にフォーカスしたかったんでしょう。

私はこのことに関して公開当時にも記事にしましたが、その時にはこの劇場公開版には片渕監督の「すずさん」への愛情が詰まっていると表現しました。その思いは今も変わっていません。

片渕監督は明確な意図をもって、「リンさん」をカットしたのであり、それによって映画版の「この世界の片隅に」というタイトルには原作と異なる解釈が付与されました。だからこそ私は、「リンさん」がカットされた劇場公開版『この世界の片隅に』は紛れもなく片渕監督の作家性が色濃く反映された作品なんだと思っています。

しかも片渕監督、この『ユリイカ』のインタビューでこんなことも語っているんですよ。

そうしたら(大事なところをカットしたら)「そこをつくらないと話にならないよ」と文句をいう人が出てきて、また続編を作れるかもしれない。『ユリイカ2016年11月号』:94ページより

片渕監督にはそこまで見えていたんですね・・・(笑)

片渕監督が『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(長尺版)という呼称を使ってくださることへの好感

この作品を見た人の間でも、「リンさん」のエピソードが追加されたバージョンが制作されているのではないかという憶測が以前から飛び交っていました。その時にしばしば目にしたのが、『この世界の片隅に:完全版』という呼称です。

私はこの呼称が凄く嫌いなんです。何故なら「リンさん」が追加されたバージョンが「完全版」になり、2016年に劇場公開されたバージョンが「不完全版」になってしまうからです。

2016年に公開されたバージョンは、片渕監督が明確な意図をもって2時間弱の尺に編集したわけです。そしてそれによって原作とは異なる『この世界の片隅に』が生まれたわけです。それを公開当時のインタビューでも語っています。だからこそこの劇場公開版が「不完全版」になってはならないんです。

確かに「リンさん」のエピソードは原作でも重要ですし、本来なくてはならないものです。映画を見た時私も同じことを思いました。ただそれが無かったことで、生まれたものがたくさんあったわけです。そんな劇場公開版に「不完全版」のレッテルを貼るのは、その良さまで否定してしまうような気がしてならないのです。

だからこそ私は片渕監督がTwitterで「リンさん」のエピソードを盛り込んだバージョンを鋭意制作中ですと発表し、現行版は1つの映画として完成したものだから、それとは別の作品にすると言ってくれたことにすごく安心しました。というよりも片渕監督のこの作品に対する愛を感じずにはいられませんでした。

彼は「完全版」ではなく、「長尺版」という言葉を仮のものではありますが使用しました。そして正式なタイトルは近日発表されるのではないかと言われています。この言葉のチョイスに思わず涙がこぼれました。

そして7月26日。新作のタイトルが『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』に決定したことが発表されたようです。何と素敵なタイトル・・・。改めて片渕監督が2つの異なる作品として世に送り出そうとしてくださっていることに感謝感謝です。

「片渕監督ありがとう。『この世界の片隅に』という作品を世に送り出してくれて。」

原作を読んで、「リンさん」について知っておくというのも1つの手かもしれませんね。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

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3 件のコメント

    • >いごっそうさん
      いつもお世話になっております。
      1番初心者でもカスタマイズしやすそうだったので、ストークにしてみました。まだまだ引っ越しした際に体裁が乱れてしまった部分がたくさんあるので修正修正の日々です。
      ワードプレスの先輩のいごっそうさんのブログからいろいろ学ばせていただきます!

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