【ネタバレあり】『インザトールグラス』解説・考察:暴力の連鎖へと導く「モノリス」からの解脱

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『インザトールグラス 狂気の迷路』についてお話していこうと思います。

ナガ
この映画ってビンチェンゾ・ナタリ監督の作品なんですね・・・。

当ブログ管理人がまだ小学生くらいの頃に、この監督の『CUBE』という映画を偶然両親と一緒に見てしまったんです。

そしてあまりの恐ろしさにそれから1か月くらい毎日眠ると、夢の中で自分がCUBEの世界にいるというトラウマを覚え、不眠症に陥りました。

そのため今でもこの『CUBE』だけはどうしても見れないんです・・・。過去のトラウマがフラッシュバックしそうでして。

そんな監督の新作ということで、恐ろしくもあり、同時にスティーブン・キング原作の映画ということで、楽しみにしていた部分もありました。

見るか見ないかの自問自答を繰り返したのですが、何とか見ようという決心がついたので、意を決して鑑賞しました。

本記事は作品のネタバレになるような内容を含む解説・考察記事となっております。

作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

良かったら最後までお付き合いください。




『インザトールグラス 狂気の迷路』解説・考察(ネタバレあり)

この作品が仄めかしたのは人類の歴史

まずみなさんが一番気になるのは、やはり草地の中心にあった巨大な岩ですよね。

映画好きな人であれば、これを見て真っ先に思い出したのは『2001年宇宙の旅』のモノリスではないでしょうか。

『2001年宇宙の旅』のモノリスは触れることで、人類が次のステップに進むための知識が授けられ、人類は次なる進化を遂げることができました。

『インザトールグラス 狂気の迷路』におけるあの巨大な岩もその性質は非常に似ています。

触れた者に世界の心理を見せ、全能感と高揚感を与えますが、同時にその素晴らしさに憑りつかれ、他の者にその岩に触れさせないと気が済まなくなります。

そして他人がそれに従わない様であれば、暴力を行使し、服従させようとし、それが難しければ殺害してしまいます。

モノリスは人類の歴史とこれからについての非常にポジティブなイメージを見せていたように思いますが、本作のあの巨大な岩は違います。

むしろ人類の負の歴史を見せ、触れた者をその永遠のループの中へと巻き込んでいきます。

人類は誰がそういったわけでもないのに、地球のすべてを知ったような気になり、この惑星のルーラーとして長らく君臨してきました。

そして時代が移り変わっても、同じような過ちを何度も繰り返してきましたよね。

戦争は多くの人の命を奪うからダメだと分かっていても、主義・信条が合わない人や集団、国があれば武力を行使して従わせようとしますし、その過程で多くの人の命が失われます。

『インザトールグラス 狂気の迷路』におけるあの巨大な岩が人間にもたらすのは、ある種の全能感であり、あの草地の支配者になったかのような錯覚です。

そしてこの素晴らしい力を他の人にも等しく信奉して欲しいと願うようになり、善意のつもりで押しつけようとします。

今作において、あの草地の中では時間軸がぐちゃぐちゃになり、同じ出来事が何度もループしている様が描かれていました。

例えばカルなんかは何度繰り返しても、ロスに同じ場所で殺害されていたということが劇中で明かされていましたよね。

また、原住民を想起させるような人々が劇中のイメージとして登場していましたが、これはまさに過去から長きにわたって人類が同じことを繰り返してきたということを仄めかすものでした。

このように人類は歴史上幾度となく同じ過ちを繰り返してきたのであり、そう考えると人類の歴史こそがある種の「狂気の迷路」なのです。



人類の物語を個人の物語に還元する

映画『インザトールグラス 狂気の迷路』より引用

さて、ここまで本作が描こうとしたのは、人類の長きにわたりループしてきた負の歴史であるということをお話してきました。

では、それをどのように物語として帰結させていくのかと言うと、大きな物語を個人の物語へと還元するという手法を取りました。

とりわけ本作のキャラクターたちは、何らかの過ちを犯している、犯そうとしている人物たちでもあります。

ベッキーは子供を身籠っていますが、一人で育てる勇気がなく、生まれたら養子に出そうと決意しています。

トラヴィスは、ベッキーのお腹の中の子供の父親ですが、責任を持つことができず、堕胎を勧めるという行動を取りました。

ベッキーの兄であるカルは、一見すると善人ですが、妹に対する愛情が異常でトラヴィスに対して激しい憎悪を抱いています。

ナガ
これについては劇中で彼がトラヴィスを殺害するシーンが登場することからも明らかですよね・・・。

劇中で、巨大な岩に触れて気がくるっているロスがトラヴィスに対して、お前は私と似ていると発言するシーンがありましたが、それは彼がロスと同様に「堕胎を勧める」という形で「殺人」に肯定的な姿勢を示していたからです。

自分の考えに従わない人間は皆殺しにするというロスと、自分の意に反してできてしまった子供の命を「堕胎」によって葬ろうとしたトラヴィスには確かに共通項がありますよね。

このように本作は、全体構造で見ると、人類の大きな歴史が垣間見えるのですが、それを個人の問題や感情に落とし込み、その解決でもって作品を締めくくるという構成に仕上げています。

とりわけその選択を迫られたのは、トラヴィスというキャラクターでした。

彼は、草地の中でベッキーと共に行動する中で、自分が父親なのであるという実感や、それを守らなければならないという父性に目覚めていきました。

だからこそ彼は、自ら岩に手を触れ、草地からの脱出方法を把握したうえで、トービンという少年の命を救うという形で自らの意志を示して見せたのです。

そして草地から脱出して命を救われたトービンが教会で目覚め、草地の中に救助のために入っていこうとするベッキーカルを何とか引き留めることに成功します。

ナガ
ここで教会で目覚めさせるのが、キリスト教圏の作品らしいよね・・・。

演出としては、トービンはある種イエス的な「神の子」に見せようとしていますし、彼が2人に授けるのは、まさに「預言」です。

もっと言うなれば、厳格なキリスト教の教義においては「堕胎」は認められていませんので、そういう意味でも本作において「教会」というモチーフが登場したことはすごく重要な意味を持っています。

ベッキーは何とか、負の連鎖から脱却し、そして自らの子を自分の手で育てていく決心をし、元の道へと戻っていきます。

トラヴィスはと言いますと、草にの中を彷徨いながら静かに息を引き取ります。

しかし、思い出してほしいのは、本作の草地の中での出来事は永劫回帰的であるということです。

つまり目をつぶされて殺害されたロスも、そしてラストシーンで絶命したトラヴィスも再び草地の外の世界で目覚めることになるのだと思います。

ただ、2人の未来に大きな違いがあるとすれば、暴力性と殺戮から脱却できていない前者は再び草地に迷い込み、後者はそのループから脱却し、ベッキーと共に未来を歩んでいくのではないでしょうか。

 

おわりに

いかがだったでしょうか。

今回は映画『インザトールグラス 狂気の迷路』についてお話してみました。

何と言うか、一見すると意味不明な作品に思えることは間違いないのですが、それほど難解というわけでもないのかな?と思います。

というよりも空が見えているのに、ひたすらに不気味な草地が続いているという絶妙に恐ろしいシチュエーションが個人的にはグッときましたね。

明確に敵対する何かが潜んでいるというわけではなくて、人間がその世界の中で狂気へと傾倒し、他の人たちに襲い掛かってくるという展開は貴志祐介さんの『クリムゾンの迷宮』なんかを思い出させます。

人類は負の歴史、とりわけ暴力と殺戮の歴史を繰り返してきました。

その流れを一個人が断ち切ることはできませんし、戦争はダメだと分かっていても、人はこれからも繰り返していくのでしょう。

それでも、自分だけは目の前にある命を大切にしていかなければなりませんし、その連鎖がやがては人類の大きな物語を負のループから脱却させていくことにつながるはずです。

『CUBE』を想起させる閉鎖空間でのホラー要素と、狂った人間が一番恐ろしいというプロット。

そこに『2001年宇宙の旅』『メッセージ』のような文脈を組み合わせた不思議な作品でした。

今回も読んでくださった方、ありがとうございました。

 

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