映画『シャンチー テンリングスの伝説』ネタバレ感想・解説:MCUの懐の深さを見せつけた快作

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『シャンチー テンリングスの伝説』についてお話していこうと思います。

ナガ
失いつつあったMCU熱を『シャンチー』で取り戻せたような気がします!

『アベンジャーズ エンドゲーム』『スパイダーマン ファーフロムホーム』でMCUのいわゆる「フェーズ3」が終了し、ひと段落となりました。

そこからコロナ禍に入り、公開スケジュールに変更がありながらもとドラマシリーズと映画を織り交ぜた「フェーズ4」が始動しましたね。

MCUにシットコムの世界観を持ち込んだ『ワンダヴィジョン』

継承の物語として完璧だった『ファルコン&ウィンターソルジャー』

マルチバースの世界への扉を開いた『ロキ』

ナターシャというキャラクターを確立した『ブラックウィドウ』

MCU作品なので、基本的に大きなハズレはありません。

しかし、『ワンダヴィジョン』『ロキ』のような今後のユニバースの展開の都合に強く依存した作品や『ブラックウィドウ』のような傑出したところがない作品も多く、個人的には「フェーズ3」までの熱を失いつつありました。

そんな中で公開される運びとなった『シャンチー テンリングスの伝説』

コミックスにそれほど詳しいわけでもない自分は、予告編やポスターを見ても全くピンとこず、映画館に見に行くかどうかすら危ういレベルだったんです。

そんな自分がこれは映画館で見ておいて本当に良かったとそう思える作品でした。

そして同時に、これほどまでに間口が広く、新しいMCUファンを獲得できる可能性を秘めた作品が、予告編やポスターで大損しているのは勿体ない気もしましたね。

MCUの作り上げたユニバースは、単にヒーローがアッセンブルするだけの映画ではなく、いろいろなジャンル映画が融合するのが強みなのだという、「MCUの懐の深さ」を垣間見ることができる作品になったのではないでしょうか。

今回は映画『シャンチー テンリングスの伝説』がMCUの「フェーズ4」で現状ダントツの快作である理由を自分なりにお伝えできたらと思います。

本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事です。

作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

良かったら最後までお付き合いください。




映画『シャンチー テンリングスの伝説』感想・解説(ネタバレあり)

「あなたの最初のMCU」になり得る間口の広さ

「映画好きなんですよ。」と知り合いや友人に話していると、しばしば聞かれるのが「マーベルの作品ってものすごい数あるけど、どこから見たら良いの?」という質問です。

これ、映画好きなら結構聞かれたことがある方も多いんじゃないかなと思いますね。

そういう時に、相手がある程度根気強く作品を追いかけてくれる信頼があれば、すべての始まりである『アイアンマン』を勧めるのがもちろん最適でしょう。

ただ、私としてはいつも単体の映画として完成度が高く、他作品の予習がなくても楽しめる作品を推そうと決めています。

その結果として、いつも話題に挙げていたのが『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』でした。

1本の映画として脚本の完成度が高く、ヒーロー映画の醍醐味も内包しつつ、音楽性に優れ、最後にはサノスが登場してユニバースへの「引き」もある。

「あなたの最初のMCU」としてこれ以上の1本はないと思っていました。

ただ、今回の『シャンチー テンリングスの伝説』は、それに比肩するくらい間口が広く、完成度も高く、よりMCUに興味がなかった別ジャンルの人を「沼」に引きずり込むのに適した作品なのではないかと感じました。

まず、主人公が本当に「普通の男」っていうのが、この映画が上手くいった理由の1つだと思います。

(C)Marvel Studios 2021

公開前にSNSで主演のシム・リウの容姿が何とか…とちょっとした炎上騒ぎになっていましたが、まあ確かに彼はトニー・レオンのオーラビンビンの風貌と比べると、確かに素朴な印象を受けるのは事実です。

しかし、この作品においては、そんな彼の「素朴さ」が何よりの武器になっています。

「普通の男」が突然マフィア映画や香港アクションの世界に巻き込まれたかと思いきや、ファンタジーの世界へと巻き込まれ、最後にはMCUの世界への扉を開かれる。

主人公に親近感を感じられるからこそ、彼の変遷に私たち視聴者は自分を重ねながら映画を追体験的に楽しむことができ、自然と映画に引き込まれていくんですよ。

ナガ
「フェーズ4」に入ってからのMCUは「次の世代・世界への橋渡し」に力を注いできた印象が強いです。

『ワンダヴィジョン』『ロキ』はMCUのマルチバース展開を見据えて作られた物語上のハブになる作品ですし、『ブラックウィドウ』『ファルコン&ウィンターソルジャー』はキャラクター面で過去の清算と次世代への継承の色が濃い作品でした。

つまり、これらの4作品はいずれもMCUのすでに確立された世界観やキャラクターをどう変化させていくかという「過去作」ありきの作品だったんですよね。

ですので、当然これまでのMCUを見ていない人に「とりあえず見てくれ!」とはとても言えない内容でした。

しかし、今回の『シャンチー テンリングスの伝説』は、全く新しいキャラクターたちによるユニバースに従属しない独立した物語でありながら、その中に「過去から未来への橋渡し」を内包してあるんですよね。

そのため、「フェーズ4」のこのタイミングで公開される最適な作品であることが担保された上で、初見の人にも優しい、間口の広い映画になっているわけです。

他にも、後ほど詳しく書きますが、多様なジャンルを内包したジャンルミックス的な懐の深い作品であったことも大きな強みだったと思います。

加えて、近年のMCUの中ではずば抜けてアクションシーンのクオリティが高かった点も多くの人を惹きつけるポイントでしょう。

純粋に1つの映画として、物語として楽しめ、良い意味で過去のMCUのイメージに縛られない今作は、ぜひ「MCUをまだ見ていない人」に勧めたい1本であります。

そして、ご覧になっていただいた暁には、こう言ってあげてください。

「サーカスへようこそ。」と。

 

MCUの「懐の深さ」を見せつけたジャンルミックス

マーベルスタジオ社長のケヴィン・ファイギ氏がMCUの「フェーズ4」の構想についてインタビューで次のように話していました。

ドラマシリーズは新しいメディア(配信)と共にあります。そのため、単に映画のジャンルを焼き直しするのではなく、より特定のジャンルものに挑戦できると考えています。例えばロキがオマージュ(『1984年や『未来世紀ブラジル』など)をやっているように。最も分かりやすいのは、シットコムを取り入れた『ワンダヴィジョン』ですね。

MCUがここまで多くの映画ファンに浸透してきたのは、愚直にヒーロー映画を作り続けてきたからだけではありません。

このシリーズが高く評価され続けてきたのは、過去の名作と呼ばれる映画を尊重し、それらを取り入れながらも、新しい世界観や物語、キャラクターの構築に挑んできたからです。

例えば『キャプテンアメリカ ウィンターソルジャー』は本格スパイ映画の趣を取り入れることによって、これまでの「ヒーロー映画」に対する人々のイメージを根本からひっくり返したと言えるエポックメーキングな1本です。

『アベンジャーズ』を作り上げたジョス・ウェドン監督は『七人の侍』『特攻大作戦』などを参考にしたと語っていました。

『キャプテンマーベル』には、『トップガン』『ライトスタッフ』などの影響が色濃く見られます。

このようにMCUの作品群は、過去の優れた作品たちを参考にし、それを作品の基礎の中に盛り込みながら、その上に自分たちの新しい作品を作り上げていくという「温故知新」の姿勢を貫いてきました。

だからこそ、アメリカの映画人の間でもMCUは高く評価されているわけです。

そして、先ほどのインタビューからも分かる通りで、MCUはこれまで以上に多様なジャンルをユニバースの中に内容する姿勢を示しています。

つまり、多様なジャンルの映画が1つのシリーズないしユニバースに内包することことこそがMCUの新しいフェーズなのだと言っているわけです。

『ワンダヴィジョン』『ロキ』についてはインタビューの中でも触れられていますが、ヒーロー映画ではなく、シットコムや本格SFのジャンルに分類されてもおかしくない作りでした。

そして、今回の『シャンチー テンリングスの伝説』は、香港アクション、マフィア映画、ファンタジー映画の3つのジャンルをヒーロー映画と融合させ、東洋の神話・民話・伝承で味つけをした極めて特異なジャンル映画となっています。

しかし、盛り込まれたジャンルが喧嘩をしているわけでもなく、見事に調和し、1つの作品として洗練されていたことには驚かされました。

『ダークナイト』を想起させるような夜の摩天楼での戦闘に、香港アクション名物の竹の足場を組み合わせるというぶっ飛んだ画は象徴的だったと思います。

(C)Marvel Studios 2021

アクションシーンを見ても、香港アクションに裏打ちされた近接戦闘が中心の序盤から、それを応用・発展させたリングバトル、さらには『ドラゴンボール』を思わせるようなドッカンバトルに発展していき、常に視覚的な新しさを追求する姿勢が見られました。

本作の最後にバナー(ハルク)が「サーカス」という発言をしました。

「サーカス」というものは、様々な特技を持つ人間、様々な生き物が一堂に会することで実現するジャンルミックスは芸術ないし見世物と言えるでしょう。

MCUが単にキャラクターを増やしていくだけでなく、多様なジャンルを巻き込んでいきたいという思いが『シャンチー テンリングスの伝説』ないし、この「サーカス」という言葉に強く表れていたような気がしました。

ヒーロー映画の枠組みや常識を覆し続けてきたMCUの久しぶりの「快作」と呼ぶにふさわしい1本だったと思います。



「過去は私たちの中にある、未来を見ろ」

ケヴィン・ファイギ氏が『SciFiNow+』のインタビューの中で次のように語っていました。

『ワンダヴィジョン』でワンダを演じたエリザベス・オルセンは『ドクター・ストレンジ』の新作にも出演する予定です。監督のサム・ライミ、マイケル・ウォルドロンとは何度も話し合いました。

この映画は『ワンダヴィジョン』を見た人のために作る必要があるのはもちろんだ。しかし、それ以上に重要なのは、『ワンダヴィジョン』見たことがなくて『アベンジャーズ/エンドゲーム』で最後にワンダを見た人や、まだMCUを見たことがない人のために作らなければならないということだ。

理解の幅が異なってくるのは当然だが、だからと言ってMCUの世界に足を踏み入れる障壁を作りたくないのです。

この言葉には、すごく重要なポイントが見え隠れしていると思いました。

まず、ケヴィン・ファイギ氏はMCUがドラマシリーズも含めての1つの大きなシリーズであることを認めるとともに、それらを追いかけなければ理解が追いつかない部分が出てくることを認めています。

例えば、2021年6月にディズニー+で配信がスタートした『ロキ』は、今後のシリーズの方向性を決定づける「マルチバースの開幕」を描きました。

このように単体の作品の中にユニバース全体を左右する事実が内包され、それらが積み重ねられていくというMCUの在り方は今後も続くのだと思いますし、ドラマシリーズという新たなメディアが加わることで加速していくことになるでしょう。

その一方で、「まだMCUを見たことがない人のために作らなければならない」という単体の作品としての面白さの担保をこれからも大切にしていくと明言しています。

『シャンチー テンリングスの伝説』は、そんな制作サイドの思いの1つの結実のように思える作品でした。

MCUを追いかけてきた人にとって、今作のバックグラウンドに見え隠れしているのは、言うまでもなく『アベンジャーズ インフィニティウォー』『アベンジャーズ エンドゲーム』で描かれた「指パッチン」ないし「キャラクターの死」でしょう。

ナガ
劇中でも「指パッチン後の世界」みたいなポスターがあったよね!

『シャンチー テンリングスの伝説』のテーマ性は「過去は私たちの中にある、未来を見ろ」だと個人的には解釈しています。

大切な人の死に直面しながらも、それを受け入れて、後ろにではなく、前に進むことの大切さを説いたわけです。

このテーマ性ないしメッセージ性は、フェーズ3の最後に起きた「キャラクターの死」や「キャラクターの世代交代」を踏まえて見ると、違った視点で見ることができます。

新しいキャラクターたちによる物語へとMCUが変化していったとしても、フェーズ3までに活躍したキャラクターたちはMCUの世界の中に、そして私たちの中に生き続けるのだ!という思いを強く感じ取ることができました。

これはシリーズを追いかけてきた人の特権ではあります。

しかし、そうしたコンテクストを持たない初見の人が見たとしても、「過去は私たちの中にある、未来を見ろ」というメッセージは普遍的な響きがありますし、それが損なわれることはありません。

物語においてもマンダリンという『アイアンマン』由来の小ネタが登場したり、「見ている人」に対するちょっとしたサービスはあれど、「見ていない人」にとって過度に物語の理解や楽しみに支障をきたすようなポイントはなかったですよね。

また、「過去は私たちの中にある、未来を見ろ」というメッセージ性がえいがそのものにも宿っているところには感動しました。

先ほども触れましたが、今作『シャンチー テンリングスの伝説』は香港アクション(カンフー)、マフィア、ファンタジーなどの多様なジャンルをミックスさせ、そこに民話・神話・英雄譚のエッセンスを加えて1つの作品に仕上げています。

そのため、確かに香港アクションで見た画やアクション、マフィア映画で見た構図やプロット、家族、ファンタジーでよくある世界観などが持ち込まれていたのは事実です。

しかし、そうした「過去」のものに本作の面白さが依存していないのが何よりも素晴らしいと思っています。

『シャンチー テンリングスの伝説』はそうした過去の映画や伝承の要素を作品の中に持ち込みながらも、それら依存しない新しいジャンル映画作りを目指していましたのだと思いますし、現にそうなっていました。

MCUというユニバースの状況を考えてみても、そして作品そのものの作りを考えても「過去は私たちの中にある、未来を見ろ」というメッセージ性が一貫していたのが素晴らしいと思いますし、それが「見てない人」にも通じる普遍性を持っていた点もこれまたお見事でした。

フェーズ4のこれまでの作品がどんどんとコア向けな方向に進んでいるような気がして不安だったのですが、『シャンチー テンリングスの伝説』はそうした空気を払しょくし、MCUの面白さの原点を再確認させてくれたのだと強く感じています。



『シャンチー テンリングスの伝説』の小ネタやオマージュ、引用たち

テンリングスとマンダリン

(C)Marvel Studios 2021

今回の『シャンチー テンリングスの伝説』における他のMCU作品への言及として、最も印象的だったのは、やはりマンダリンでしょうね。

まず『アイアンマン』の1作目でトニースタークが謎のテロ組織に襲撃、拉致されるのですが、これを実行した組織の名前が「テンリングス」だったのです。

そしてシリーズ3作目にあたる『アイアンマン3』では、爆破テロを行い、電波ジャックによる犯行声明を出すテロリスト組織が描かれ、その名前が引き続き「テンリングス」となっていました。

またこの時に、「テンリングス」を率いているのがマンダリンであると明らかにされていましたね。

ちなみに同作の中でマンダリンのアジトをトニーが突き止めるのですが、そこでマンダリンという人物は実在しないという事実が明らかになります。

というのも、本人だとされていたのは売れない俳優のトレヴァー・スラッタリーで、彼は金で雇われただけにすぎませんでした。

こういう経緯があって、今回の『シャンチー テンリングスの伝説』では、俳優トレヴァー・スラッタリーが再登場し、MCUファンを喜ばせたというわけです。

ちなみに『マイティ・ソー ダークワールド』のBlu-rayの特典映像に偽マンダリン(トレヴァー・スラッタリー)がテンリングスを名乗る人物に脱獄を促される描写があるので、こちらもチェックしておくと良いかもしれません。

 

『ホテルカリフォルニア』

(C)Marvel Studios 2021

今回の『シャンチー テンリングスの伝説』では、イーグルスが1976年に発表した『ホテルカリフォルニア』が何度も使われていました。

謎めいた歌詞で、聞き手に様々な解釈を生んでいる楽曲としても有名ですね。

ドラッグの世界に足を踏み入れると二度と戻れなくなるという危険性を歌っているという人もいれば、音楽ビジネスに雁字搦めになり自分たちの本来のスピリットを取り戻すことができなくなってしまったことを嘆いていると解釈する人もいます。

ただどの解釈を鑑みても客観的な事実として共通しているのは、ホテルカリフォルニアという場所がこれまでの自分にとっては異質な世界であり、さらに1度足を踏み入れると、詣でることができない場所であるという点です。

これは、本作のラストにウォンがシャンチーとケイティの前に現れて言っていたセリフにどことなくニュアンスが似ていますよね。

つまり、この楽曲が示唆するのは、不可逆性であり、それは過去を顧みたところで戻ることはできないのだという時間的な不可逆性と、アベンジャーズに足を踏み入れると、君たちは元の人生には戻れなくなるという不可逆性だったのかもしれません。

そんな世界に足を踏み入れたシャンチーとケイティが、その事実をそれほどうまく受け止めておらず、とりあえずカラオケで「ホテルカリフォルニア」を歌って騒ぐというオチはなかなかエッジが聞いていたと個人的には思いました。

 

『ゴッドファーザー』

(C)Marvel Studios 2021

シャンチーのアパートの部屋に『ゴッドファーザー』のポスターが貼られていたのは、皮肉が効いていて面白かったですね。

『ゴッドファーザー』においてヴィトー・コルレオーネがファミリーの長を務めているわわけですが、その息子である3男のマイケルは父親のマフィア稼業からは距離を置いていました。

アメリカの大学に通い、さらには海兵隊に入隊して、戦場での活躍するなど表舞台で認められ始めていたことから、父ヴィトーがそんな彼に裏社会には戻ってほしくないとまで思っていたんですね。

しかし、『ゴッドファーザー』においては、マイケルが父の暗殺未遂をきっかけに、裏社会に復帰し、その後父の跡を継ぐというプロットが用意されています。

『シャンチー テンリングスの伝説』はこのプロットを匂わせながらも、ひねりを加えて、真逆の展開へと導いていました。

父ウェンウーが復帰を望みながらも、裏社会への復帰を拒否し、父と対峙する道を選ぶシャンチーを『ゴッドファーザー』のマイケルと対比的に描くことで、彼の正義への道を切り開きました。



アボミネーションの復帰

今作の1つのサプライズは、MCU2作目である『インクレディブル・ハルク』に登場したヴィランのアボミネーションが再登場したことですね。

アボミネーションはハルクを倒すことに執念を燃やしている軍人のエミル・ブロンスキーが超人血清などを投与して変異した、「白いハルク」ともいうべき怪物です。

彼は、今回シャーリンが作った闘技場の中でウォンと戦いを繰り広げていました。

こういう分からなくて問題はないけれど、知っていると面白い小ネタを程よく映画の中に散りばめてくれるのは嬉しいですよね。

 

『カンフーハッスル』

2004年公開のチャウ・シンチー監督による映画『カンフーハッスル』は今回の『シャンチー テンリングスの伝説』に大きな影響を与えています。

ナガ
作品の終盤に「天から降ってくる必殺技『如来神掌』」というぶっ飛んだ技を主人公が使うのですが、この流れというか画が本作の終盤の戦いにそっくりでした(笑)

(映画『カンフーハッスル』より引用)

そして、何といっても今作の目玉であるテンリングスを使ったアクションは完全に『カンフーハッスル』へのオマージュなんですよ。

同作に洪家拳の使い手である達人が出てくるのですが、彼が戦うときに本来はトレーニングリングとされる鉄製のリングを腕にはめて戦います。

(映画『カンフーハッスル』より引用)

このビジュアルに着想を得て、原作とは異なるテンリングスを使った戦いが映像化されたのだと思われますね。

 

民話や神話、伝承からの引用

今作『シャンチー テンリングスの伝説』は中国だけに留まらず東洋の民話や神話、伝承から様々なエッセンスを取り入れているように思います。

まず、物語の軸でもある父ウェンウーが扉の向こうの暗黒領域にいる妻を取り戻そうとする一連の流れは、イザナギとイザナミの神話を想起させますね。

イザナギはイザナミを失った喪失感に耐え切れず、黄泉の国に行ってしまうのですが、そこで見たのは、変わり果てた姿となったイザナミの姿でした。

黄泉の国から逃げるイザナギとそれを追ってくるイザナミ。イザナギは咄嗟に大岩で黄泉の国へと繋がる道をふさぎ、イザナミと離縁をするのです。

この神話が、暗黒領域に繋がる穴が大きな扉で閉じられていたり、美しい妻だと思ったものが、怪物だったりといった本作のプロットや設定に落とし込まれているのが分かります。

また、タールーの生き物たちの多くは、中国の民話や神話、伝承に影響を受けていますね。

例えば、鹿の体と牛の尻尾を持つ角、身体には鱗を持つ伝説上の生き物「麒麟」を想起させる生き物が生息していたのは気がつきましたか。

他にも空には鳳凰が飛んでいたり、『NARUTO』の九尾を思わせる妖狐がいたりと、独特な世界観になっています。

加えて、本作の物語はいわゆる『オデュッセイア』に代表されるような「英雄譚」に準えて作られていました。

しかし、最後の最後でシャンチーは、父であるウェンウーを殺さないという決断を下します。

結果的に、息子を守ろうとして父は命を落としてしまうのですが、いわゆる「父殺し」を避けて描いたのは、面白いポイントだと思いましたね。

また、「英雄譚」においては「帰還=リターン」が重要視されます。

つまり、自分のあるべき場所ないし故郷に戻ることで「英雄譚」が完成するという構造です。

これについても『シャンチー テンリングスの伝説』は微妙に外していて、「英雄譚」のマザータイプをベースにしながら、微妙にひねりを加えていくという物語のスタイルが面白かったです。



おわりに

いかがだったでしょうか。

今回は映画『シャンチー テンリングスの伝説』についてお話してきました。

ナガ
新しい「あなたの最初のMCU」になることを願ってやまない作品です!

とにかくタイトルとポスター、予告編で損をしているなという印象を受けてしまう映画でした。

これまでMCUを追いかけてきた人はとりあえず見てくれるでしょうが、あの予告編ではなかなか新しいファンの心はつかめないような気がしています。

ナガ
MCUを追いかけてきた私自身もスルーしかけてたくらいですから…。

MCUトップクラスのアクション性、王道にひねりを加えた物語性、魅力的なキャラクターたち、目まぐるしく変化するジャンル性。

どれをとってもハイレベルで、しかもその良さの大半が「MCUを追いかけてきたこと」に起因しないのが本作の強みだと思います。

ぜひ、そんなMCUの「懐の深さ」が垣間見える本作を通じて、新しいファンが参入してくれることを願ってやみません。

今回も読んでくださった方、ありがとうございました。

 

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