実写映画『弱虫ペダル』ネタバレ感想・解説:「焦点化」と「前倒し」で原作を小さな1つの物語へ

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね実写映画『弱虫ペダル』についてお話していこうと思います。

ナガ
これは実写化があまりにも難しい題材だと思うんだよ…。

当ブログ管理人も、今回の映画鑑賞を見据えてアニメシリーズを鑑賞しておりましたが、構成的にすごく1本の映画にするのは難しい原作なんですよ。

その理由は大きく分けると3つです。

  • キャラクターそれぞれの物語を掘り下げる必要がある
  • 最初の試合までの尺が長すぎる
  • ライバルキャラの魅力が肝である

キャラクターに関しては漫画原作の映画化であれば、基本的に当てはまることかもしれませんが、『弱虫ペダル』はその傾向が強いですね。

まず、主人公が所属する総北高校自転車競技部の面々だけでも、かなりバックグラウンドがしっかりと描かれていて、それに言及することなく物語を構成することはできないわけです。

ただ、この点については『ちはやふる 上の句』が非常に巧くやっているので、脚本さえ良ければ実現できる可能性は十分にあります。

その一方で、ライバルキャラたちの描写をどこまで充実させられるかが今作の重要なポイントです。

最初のインターハイという側面で見ても、箱根学園の面々や京都伏見高校の御堂筋くんなどの魅力的で、圧倒的な力を持つライバルたちが登場します。

彼らが圧倒的に強く、高い壁だからこそ主人公たちのチームの闘いが「映える」のであり、見ている私たちも熱くなるのです。

ナガ
実写映画版の予告編を見る限りではインターハイ初日までやるのかな…なんて思ったり?

ただ、そうなると魅力的なライバルキャラクターたちをどこまで尺を割いて描けるのかという話になってしまいます。

おそらくは総北高校の面々のみにスポットを当てて、それ以外のキャラクターについてはキャスティングを参照しても描かれないのかな…と思いました。

そしてプロット的な側面から言うと、「最初の試合までの尺が長すぎる」というのも今作の映画化に当たっての大きな障害です。

アニメで言うと、そもそも練習がスタートするのが第1期10話からですし、最初の試合(インターハイ)が開幕するのは第1期22話からなんですよ。

しかもそこから第1期22話~38話、そして第2期の大半をかけて3日間のインターハイを描き切っています。

この構成は1本の映画にするには、非常に厄介と言えるでしょう。

そんな難所を乗り越えて、一体どんな物語構成に仕上げてくるのか非常に楽しみですね。

さて、この記事では当ブログ管理人が自分なりに感じたことや考えたことを綴っていきます。

本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事です。

作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

良かったら最後までお付き合いください。




実写映画『弱虫ペダル』

あらすじ

小野田坂道は総北高校に入学し、何とかして趣味の合う友達を見つけたいと思い、アニメ研究部への入部を決意する。

しかし、アニメ研究部は部員不足が故に休部中となっており、坂道は部を存続させるために5名の仲間を集めることを顧問の先生から要求される。

ただ、友人がいない彼は部員の勧誘に苦心し、なかなかメンバーを集めることができないでいた。

彼は小学生の頃から自転車で秋葉原まで週末に通っており、その強靭な脚力とケイデンス(足の回転数)を生かして、学校の裏門坂と呼ばれる急こう配の道を難なく走行していた。

そんな彼の姿に目をつけた同級生でロードレーサーの今泉は、負けたらアニメ研究部に入部するという条件で彼に勝負を挑む。

坂道は部員を集めるために、自分のママチャリで懸命に勝負を挑むのだが、惜しくも敗北してしまう。

それでも今泉は、彼の並外れたケイデンスにロードの才能を見出し、自転車競技部への入部を勧める。

何も取り柄がなく、自身がなかった彼だったが、誰かから認めてもらえたことで、自分自身の可能性を試してみたいと思うようになり、自転車競技部に入部する決断をする。

 

スタッフ・キャスト

スタッフ
  • 監督:三木康一郎
  • 原作:渡辺航
  • 脚本:板谷里乃 三木康一郎
  • 撮影:宮本亘
  • 照明:佐々木貴史
  • 編集:鈴木真一
  • 音楽:横山克
  • 主題歌:King & Prince
ナガ
邦画界には三木監督が多いですね!(笑)

同日公開の『思い、思われ、ふり、ふられ』三木監督の作品ですが、この『弱虫ペダル』については三木康一郎監督です。

『旅猫リポート』『覆面系ノイズ』などのマンガや小説原作の映画化をしばしば手掛けている監督で、今回は脚本についてもご自身で担当し、共同脚本に板谷里乃さんを据えています。

撮影には『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』『バクマン。』などの大根監督作品を支えてきた宮本亘さんが起用されています。照明には『のぼる小寺さん』佐々木貴史さんがクレジットされていますね。

編集を担当したのは、『嘘を愛する女』『ヒメアノ~ル』鈴木真一さんです。

劇伴音楽を提供したのは、映画やアニメを追いかけている人にはお馴染みの横山克さんですね。

主題歌を主演の永瀬さんが所属するKing & Princeが担当しています。

キャスト
  • 小野田坂道:永瀬廉
  • 今泉俊輔:伊藤健太郎
  • 寒咲幹:橋本環奈
  • 鳴子章吉:坂東龍汰
  • 金城真護:竜星涼
  • 巻島裕介:柳俊太郎
  • 田所迅菅:原健
  • 杉元照文:井上瑞稀
ナガ
若き注目の俳優陣が集結しましたね!

主人公の小野田坂道を演じるのはKing & Princeの永瀬廉さんですね。

演技については未知数ですが、正直坂道役としてはイケメン過ぎませんかね(笑)

あとはこれまで演じてきた役を鑑みると、個人的には伊藤健太郎さんが主人公の方が良かったと思いますし、永瀬さんのビジュアル的には今泉役が似合っていたんじゃないでしょうか。

ナガ
ただ、声は抜群に良くて、坂道だ!と思わせてくれるものでした!

予告編で見た時に、竜星涼さん演じる金城真護は比較的様になっている印象でしたね。

ただ、こういった日本のスポーツ映画を鑑賞する時に、1番気になるのは、激しい運動をしているのに頬が全く紅潮しない点なんですよね。

俳優本人が全力を尽くしているところを撮影していない点が、そういった生理作用で明確になってしまい、どうも冷めてしまうケースが多いのです。

今作は自転車競技を描くハードなスポーツものですし、俳優陣の真の全力を引っ張り出すような映画であって欲しいと思いますね。

映画com作品ページ
ナガ
ぜひぜひ劇場でご覧ください!



実写映画『弱虫ペダル』感想・解説(ネタバレあり)

「焦点化」と「前倒し」で原作を巧く1つの物語に

(C)2020映画「弱虫ペダル」製作委員会 (C)渡辺航(秋田書店)2008

冒頭にも書きましたが、『弱虫ペダル』という作品は、とにかく盛り上がりを迎える実際の「レース」に主人公の坂道が参加するまでの助走期間が長いのです。

もちろん、この助走期間の長さがインターハイにおける彼の爆発の説得力にも繋がっていますから原作はよく出来ています。

その一方で、このタイプのシリーズは2時間尺で起承転結を内包する1つの物語として作劇しなければならない映画というメディアに落とし込むとなると、非常に相性が悪いのです。

ナガ
「試合」という明確な盛り上がりを「結」に持ってきたい思惑が崩れますからね…。

その点で、本作は原作から大幅にストーリー構成を改変する必要がありましたし、どうやって山場を演出するかが1つ実写化成功の争点だったと言えるでしょう。

今回の実写映画『弱虫ペダル』は、実に巧妙にそのハードルを越えてきました。

ナガ
まず、今作が取ったアプローチは大きく分けると2つです。
  1. バックグラウンドを掘り下げるキャラクターをメイン3人に絞ったこと
  2. 原作のインターハイ編の展開やセリフを適切に前倒ししたこと

この2つのアプローチによって、本作は綺麗に1つの物語としてのまとまりを獲得しました。

まず1つ目についてですが、本作は坂道今泉鳴子の3人の物語にフォーカスし、彼らのバックグラウンドの掘り下げと成長を描くことに注力したわけです。

基本的に『弱虫ペダル』は、登場するキャラクターたちそれぞれにバックグラウンドがあり、レースのシーンでは各々の背景をナラタージュしていくので、その情報量が膨大になっていきます。

そのため、全員に焦点を当てるとなると、どうしても1人1人に避けるボリュームの絶対量が減ってしまいますよね。

それを避けるために、今回の実写映画版ではあくまでも3人の物語ということで纏めてきました。

坂道については、基本的に原作通りで、それ以外の2人については少しアレンジを加えて脚本に組み込んであります。

今泉は中学時代に、ゴール直前でライバルにぶっちぎられ、敗北を喫した経験がトラウマとなっており、それがコンフリクトを産んでいます。

鳴子は、その目立ちたがり屋の性格があり、チームのためにというよりは自分のために突っ走るような素振りを見せることがありました。

そんな2人がチームの中で「自分の役割」を与えられ、それを超越する様を通じて成長していく物語に仕上げているわけです。

そして脚本についてもそういった3人への焦点化に伴って、本来ならインターハイ本番で描かれるはずのエピソードの一部を原作では描かれていない県大会の方へ「前倒し」しました。

ナガ
原作では3年生3人が出場してサラッと県大会に勝利するという展開なんだけどね。

坂道の物語という側面で見ると、インターハイの初日に起きた集団転倒のアクシデントと最下位からの驚異的な追い上げというエピソードを県大会に持ち込み、ひとつの見せ場としています。

今泉についてはオリジナル要素も強いですが、インターハイ3日目のレース終盤での坂道とゴールを目指すあたりの展開を巧くアレンジして組み込んできたと思いました。

鳴子は、原作のインターハイだと、田所先輩と一緒にスプリンターとして先行するのですが、今回の実写映画版ではそれを静止され、チームを引っ張るという役割を課されます。

3人がそれぞれの役割を全うし、そして自分自身の中にある葛藤や苦悩を振り切って、それでも1歩前へと踏み出そうとするまでのプロセスにしっかりと向き合った物語に仕上がっているのです。

ナガ
3年生が1年生に重要な局面を任せるというオリジナル要素は象徴的でしたね!

また展開に限らずとも、セリフなどの駒かい部分もきちんと原作を踏襲してくれているのが嬉しいですよね。

例えば、坂道が懸命に坂を駆け上がって、100人抜きを達成したときに主将がかける言葉が「ありがとう」なんですよ。

これは、インターハイ編で巻島がクライマーとして自分が勝負するためのチャンスをくれた坂道に告げた言葉でもあるのですが、それを引っ張ってきているんですね。

ナガ
こういったセリフの1つ1つのディテールにもこだわってくれているのが、原作やアニメを見た人からするとすごく嬉しいですね!

あの原作をここまで綺麗にまとめ上げてきたのは、正直驚きですし、個人的には賛辞を贈りたいところですね。

もちろん尺をかなり短くしたことで、坂道が少しずつ成長していく過程やロードレースのディテールへの言及はカットされ、少し勿体なく感じられた部分もあります。

ただ、近年のマンガ実写化の中でもすごく原作をきちんと解釈して、その核の部分を外さずに作った作品だと感じましたし、好感が持てます。



チームだからこそ戦えるを貫く

(C)2020映画「弱虫ペダル」製作委員会 (C)渡辺航(秋田書店)2008

『弱虫ペダル』におけるロードレース描写の根底にあるのは、やはり「チーム競技」であるという側面です。

ナガ
ここが核にあるわけですから、実写版はそれを巧く継承する必要があったわけだ!

原作だと例えば御堂筋くんのような、圧倒的な個を有し、チームメイトを使い捨ての駒のように扱うライバルキャラが登場します。

また、インターハイ編だと、体調を崩したチームメイトが後方に脱落していき、通常であれば見捨てなければならないような局面に直面することもあります。

そんな中でも総北高校が坂道を中心にして、それぞれの役割を全うし、チームメイトを支えることで、個で劣る部分をカバーしながら前に進んでいくところに本作の「熱さ」が込められているわけです。

今回の実写映画版では、その「役割の全う」「支える」というコンテクストを小さな物語の中できっちりと押さえてくれていたように感じました。

これまで、自分が目立ち、個で競技に勝利する姿勢を貫いてきた鳴子は、チームの中で役割を与えられ、それを全うするプロセスを通じて、50kmを1人で牽引するという活躍を見せました。

ナガ
「チームを生かす」ために「自分を殺す」という成長を遂げたわけだ!

今泉は、かつて自分が敗北したビジョンがたびたび脳裏をよぎりながらも、「あの頃の俺とは違う!」とそれを振り切り、坂道に支えられながら、ゴールを目指しました。

ライバル校のエースに先行されながらも、坂道に自分を生かしてもらうオーダーを貫いたところにも成長が垣間見えます。

自分1人でやるのではなく、チームメイトの支えを得て、ここぞという時に先行するというある種の「エースの自覚」を身につけた瞬間だったとも言えるかもしれません。

このように、全員の成長に「チームだから」というコンテクストをしっかりと絡ませ、その上で物語を展開していった点が素晴らしいといえます。

ただ、個人的に惜しかったと感じたのは、ライバルキャラクターの設定でしょうか。

県大会でゴールを争うのは、不動というエースであり、彼は怪我から復帰してレースの舞台に戻ってきたという設定です。

今回のミニマルな物語において、「チームの勝利」という側面を強調したいのであれば、御堂筋くん的な絶対的なワンマンプレイヤーがラスボスに欲しかったですね。

そもそも、今作は総北高校に焦点を当て過ぎたが故に、ライバルを魅力的に描くという点で、明らかに失敗していますし、どうしても不動が役不足に感じられてしまうのです。

そうであれば、チームメイトを蹴落として、使い捨ての駒にしてでもゴールを目指すという強烈な「個」が際立つキャラクターが欲しかったですし、その方が物語的には収まりが良かったのではないでしょうか。

特に不動に関しては、怪我でレースに出るとは思われていなかったという設定があまり活かされていなかったので、非常に勿体ないんですよね…。

ナガ
先日、『ちはやふる』の原作者の末次由紀さんも主人公を魅力的にするのは、周囲のキャラクターたちだという旨をツイートしていました!

尺的に厳しかったのは分かりますが、やはりライバルキャラが魅力的でない物語には、どうしても「熱さ」を感じづらい部分はありますので、クリアして欲しかった気はしますね。



ケイデンスの一点突破の一長一短

『弱虫ペダル』の原作は、自転車競技やロードバイクに明るくない人を物語に引き込む工夫が随所に凝らされています。

例えば、主人公の坂道の乗っている自転車が、ママチャリから少しずつ競技用の自転車に近づいていき、そして少しずつテクニックを学んでいくという過程が丁寧に描かれているのも、そんな工夫の1つでしょう。

  1. ギアに細工を施されサドルの位置が適切ではなかったママチャリ
  2. ギアをロード用に改造し、サドルの位置を適切に調節したママチャリ
ナガ
まず、ここの変化については映画でも描かれていましたよね!

その後も、一気にではなく、彼の乗る自転車を少しずつ競技用に近づけていきます。

映画では坂道は、いきなりスタート地点からロードバイクに乗る展開でしたが、原作やアニメでは最初はママチャリで走り始め、途中で限界を感じたところでロードに乗り換えるという流れになっていました。

ナガ
ここできちんと普通の自転車とロードでは決定的に違うのだという点が明確になるんですよね!

また、そこからギアを使い分けが重要であるという点や、ホイールの重さが走りに大きな影響を与える点。、ペダルが競技用と一般用では異なることなど、物語の中で小出しに「普通の自転車とロードバイクの違い」が示されていき、読者は自然に知識をインプットされていくというホスピタリティが確立されているのです。

ただ、今回の実写映画版は明らかにその辺りの描写が雑になっていて、坂道がウェルカムレースでいきなりギアを使いこなしていたり、競技用のペダルを使っていたりと、細かなディテールの面で観客を置き去りにしたままストーリーが進行してしまっています。

そのため、見ている人は坂道がとりあえず足を回転させるケイデンスの面で優れているということしか分からず、他の選手たちがどういう点で優れているのかが不明瞭になっていたように感じます。

特に今泉は、原作ではギアチェンジであったり知性を活かした駆け引きに富んだキャラクターであり、その点が映画では全くもって言及されないので、彼がなぜ強いのかも分からずじまいになる可能性があるでしょう。

ナガ
鳴子は平地や直線で速い奴くらいの認識でも行ける気はしますが…。

また、レースのルールについても「最初に辿り着いた1人の所属チームが優勝」くらいの大枠くらいしか示されません。

そのため、レースの中で例えばスプリンターやクライマーがなぜチームの他の面々を置いて先行するのかなどの理由づけも無く、レースの駆け引きや頭脳戦的な面白さは原作から大幅に減退していました。

原作やアニメでは、強く意識されていた「ママチャリ知識の読者」をロードレースの物語に取り込むためのホスピタリティが完全に失われ、「ケイデンスの一点突破」で映像化してしまったことで、余計な説明がなく映像に没頭できる一方で、競技のディテールはおざなりになってしまいました。

ナガ
この点は尺の都合とは言え、勿体なかった部分と言えるでしょうか…。



おわりに

いかがだったでしょうか。

今回は実写映画『弱虫ペダル』についてお話してきました。

ナガ
正直、想像以上の出来栄えですけどね!!

原作からの脚色・取捨選択・再構築について、個人的には完璧に近い仕事をしてくれたと思っています。

きちんと1つの物語として完結しており、その中にメインキャラクター3人の苦悩と葛藤、成長が内包されていました。

また、「マンガチック」な描写にこだわりすぎなかったことも1つ成功の要因だったのではないかと思っています。

例えば、巻島は原作ではクライムの際にかなり特徴的なフォームを見せるのですが、今回の実写版では控えめながらも、設定が完全には消えたわけではないと伝えられる描写に落ち着いていました。

ナガ
鳴子の髪色を赤色に合わせなかったのも良かったように思いますね!

(C)2020映画「弱虫ペダル」製作委員会 (C)渡辺航(秋田書店)2008

髪色を派手にするとどうしてもチープさが前面に出てしまうので、そういった設定を取捨選択して、実写映像に寄せてきたのも評価できるポイントです。

ナガ
ぜひ、原作を既に読んだ方にも、まだの方にも見ていただきたい1本です!

今回も読んでくださった方、ありがとうございました。

 

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