【ネタバレあり】『町田くんの世界』感想・解説:人間はイエス・キリストになれるのか?

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『町田くんの世界』についてお話していこうと思います。

ナガ
石井監督の最新作ということですごく楽しみにしておりました!

予告のぶっ飛び具合がすごく初期の彼の作品の雰囲気で非常に懐かしい気持ちになりました。

『ガール・スパークス』『川の底からこんにちは』のような作品を手掛けていた頃の彼が戻って子てくれると期待して早速鑑賞してきました。

本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事となっております。

作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

良かったら最後までお付き合いください。




映画『町田くんの世界』

あらすじ

運動も勉強も苦手で、見た目も地味で、何も取り柄がなさそうに見える町田くんは、とにかく「優しい」という側面を持っていた。

公共交通機関では必ず、高齢者や妊婦の方に席を譲り、街や学校で困っている人を見ると必ず駆けつけた。

彼は心の底から人間を愛しているのであり、すべての人が彼にとっては「大切な人」なのである。

そんなある日、彼は美術の授業の際に彫刻刀で腕をざっくりときってしまい、保健室に向かう。

彼は保健室を訪れると、クラスメートだが不登校であまり学校に来ていない猪原さんという女子生徒に出会う。

応急処置をしてもらえたことや自分のハンカチを治療のために使ってくれたことから、彼は猪原さんにこれまでの「好き」とは異質な感情を抱くがそれを言葉にできず苦悩する。

そんな「分からない」感情に戸惑いながら、町田くんは何とかして彼女と向き合おうと一生懸命になるのであった・・・。

 

スタッフ・キャスト

  • 監督:石井裕也
  • 原作:安藤ゆき
  • 脚本:石井裕也&片岡翔
  • 撮影:柳田裕男
  • 照明:宮尾康史
  • 美術:井上心平
  • 衣装:宮本まさ江
  • 音楽:河野丈洋
ナガ
石井監督作品の中でも特に異質な作品だよね!!

原作を著したのは安藤ゆきさんですね。

同作は「別冊マーガレット」に連載され、第20回手塚治虫文化賞で新生賞を受賞しています。

個人的に安藤ゆきさんの『透明人間の恋』を読んだことがあるんですが、これが結構好きですし、『町田くんの世界』にも通じるところがあるように感じました。

この短編集の表題にもなっている『透明人間の恋』という作品は、クラスの男の子に告白した少女が「お前鏡見たことある?」という言葉でこっぴどくフラれてしまうところから始まります。

そこからその少女は必死に自分を磨いて、何とその自分に酷い言葉を投げかけた男の子にもう一度告白するんです。

「お前鏡見たことある?」という言葉は、すごく辛らつだと思います。

しかし、少女はこの言葉を悪意に満ちたものではなく、むしろ自分を見てくれていたからこその善意で言ってくれたものだと解釈するのです。

このある種の性善説的な温かい善意の物語は安藤ゆきさんらしいと思いますし、何より『町田くんの世界』にも通底するエッセンスと言えるでしょう。

そして今作の監督・脚本を担当したのは石井裕也さんですね。

当ブログ管理人がオールタイムベスト映画TOP20を選ぶのであれば、必ずランクインするであろう『川の底からこんにちは』という名作を作ったのもこの監督です。

ナガ
ちなみにこの映画がきっかけで女優の満島ひかりさんと結婚したんだよね!!

2016年に離婚してはいるんですけどね。

高い評価を獲得したのは近年であれば、『舟を編む』がそうだと思います。

昨年も『夜空はいつでも最高密度の青色だ』という詩の映画版が公開されましたが、これは正直に申し上げてイマイチでした。

近年、石井裕也監督の作品には当たりがないというイメージが強まっていましたが、『町田くんの世界』は久々に当たりだったと思います。

ナガ
というよりも石井監督の初期の作品の空気感を感じたかな?

『ガール・スパークス』『川の底からこんにちは』のようなテイストの映画を撮っていた頃の彼が進化して戻ってきたという印象です。

今作はスタッフもかなり豪華ですよね。

撮影に『君の膵臓をたべたい』『ちはやふる』シリーズで知られる柳田裕男さん。

証明に『君は月夜に光り輝く』『ちはやふる』シリーズで知られる宮尾康史さん。

この2人がタッグを組んでいた『君は月夜に光り輝く』は撮影と証明が絶妙だったのですごく感動しました。

詳しくは以下の記事をご参照ください。

GOING UNDER GROUNDの元メンバーでもあった河野丈洋さんが手がけた劇伴音楽も大胆でコミカルな音遣いが印象的で作品にマッチしていたと思います。

  • 細田佳央太:町田一
  • 関水渚:猪原奈々
  • 岩田剛典:氷室雄
  • 高畑充希:高嶋さくら
  • 前田敦子:栄りら
  • 太賀:西野亮太
  • 池松壮亮:吉高洋平
  • 戸田恵梨香:吉高葵
  • 佐藤浩市:日野
  • 北村有起哉:町田あゆた
  • 松嶋菜々子:町田百香
ナガ
キャスト陣も超豪華だね!!

まずメインキャラクターである町田くんと猪原さんを演じた細田佳央太さんと関水渚さんはオーディションで大抜擢されたようです。

今回の『町田くんの世界』にプロデューサーとして関わり、キャスティングにも携わったのが北島直明さんなんですが、近年の映画を見ていても彼の役者を見る目は傑出していますね。

『ちはやふる』シリーズや今年の4月に公開され興行収入50億円超となった『キングダム』にも彼はプロデューサーとして参加しています。

この2作品だけを見てみても、映画が素晴らしい以前にキャスティングが素晴らしいんですよ。

今作のインタビューで彼は2人の起用に纏わる話としてこんなエピソードを挙げています。

また、今回の起用は本人たちだけではなく、担当マネージャーの役者に対する姿勢も重要視した。北島氏と石井監督は、オーディションに際して「履歴書」の提出を求めた。それも、おざなりなものではなく、どれほどの思いをもってこの作品に臨もうとしているのか、自分が担当する役者をどう売り出したいのか、当人たちは何を考えているのかなど、就職活動時のエントリーシートを彷彿とさせるものだった。

【映画プロデューサー・北島直明を知ってるか!? 第5回】「町田くんの世界」で取り入れたメディアトレーニングより引用

もちろん抜擢された2人の演技が素晴らしかったからこそ起用されるに至ったわけですが、同時にマネージャーが担当している役者をどう分析していて、どう作品に生かせると考えているのかまで注目しているんですね。

ここまで徹底したキャスティングを敢行するからこそ、映画そのもののクオリティも必然的に高くなるのだと確信しています。

そしてその他のキャスト陣も1人で主演映画を撮れるレベルの面々ばかりで、それがちょっとした脇役で起用されていたりするのですから驚きですよね。

様々な映画で俳優として活躍してきた脇に配置し、フレッシュな2人を主役に据えているという関係性が非常に効果的だったと思います。

ナガ
役者としてのキャリアの長さと映画への出演時間が反比例してるんだよね(笑)

佐藤浩市さんなんて本当に僅かな出演時間しか登場しないんですが、それでもすごく存在感がありましたよね。

こういうキャスティングの面もすごくこだわって成されていることが分かります。

より詳しい作品情報を知りたい方は映画公式サイトへどうぞ!!

公式サイト
ナガ
ぜひぜひ劇場でご覧ください!!



『町田くんの世界』感想・解説(ネタバレあり)

映画は奇跡や綺麗ごとを語るべきだ

今回の映画『町田くんの世界』は何と言ってもぶっ飛んだ映画であることは間違いありません。

監督を務めた石井裕也さんは以下のように語っています。

日本映画界に切り込んでどうにかしてやろう、という気持ちは一切ないです。ただ、傲慢な言い方になるかもしれないですが、観客の皆さんを挑発したいとは思っています。現代の映画作家として、今こそ既存の価値観に揺さぶりをかけるべきだと思います。それは当然のアプローチで、それこそが映画の醍醐味であると思っています。

観客を挑発したい―― 天才監督・石井裕也が「町田くんの世界」で示した“映画表現の自由”より引用

ナガ
確かにこういう意図は作品の節々に感じたよね(笑)

『町田くんの世界』という作品は、とにかくその演出や作劇で賛否が分かれる映画だと思いますし、受けつけない人はとことん受けつけないと思いますよ。

だって旅立つヒロインを追う町田くんがいきなり風船で空を飛んでいって、そのまま彼女の下へとたどり着くんですよ(笑)

こういうトンデモ演出ってすごく意見が分かれますし、作品に置いていかれたように感じた人も少なくないでしょう。

一方で、脚本にこのシーンを取り入れようとした石井裕也さんにとっても、これはすごく勇気の要る決断だったと思います。

映画を見る時に、私たちはつい冷静な視点で鑑賞して、「綺麗ごとを言うな!」とか「リアリティがない!」といった類の感想を抱くことったると思うんですよ。

そういう人が見ると、『町田くんの世界』という映画もまたキャストの演技や映画としての演出にリアリティが欠けていたり、メッセージ性に捻りがないと批判する対象になってしまうことでしょう。

その見方が間違いではないと思いますが、私は映画が奇跡や綺麗ごとを語れなくなってしまったら終わりだと考えています。

映画というメディアは自由であり、そして理想と奇跡を語ることができるものです。

本作は、冒頭のカットで町田くんの眼鏡にフォーカスするものがありますが、これはある種、この映画が町田くんに見える世界を語るんだという意思表示でもあります。

だからこそ町田くんが「分からない」感情に振り回されているように、映画そのものもまた映画というものの在り方を模索するかのように迷いながら進行していきます。

演出もテンポも一様ではないですし、物語も支離滅裂なところが見受けられます。

それでも町田くんの一生懸命な様に、映画のキャラクターたちは触発されていき、さらにはこの映画そのものまでもが彼のひたむきさに心を動かされて、アンリアルな奇跡を提供します。

こういう奇跡は確かに現実には起こりません。しかし映画の中には起こせるし、起きてもいいはずなんです。

どストレートな「奇跡」「理想」「愛」を映画が描くと、「安直だ」「綺麗ごとだ」という評が出てくるのは、作中でも言われていた人は善意よりも悪意を好むという言葉にも通ずることだと思います。

だってこういう映画を見せられると、無性に自分が醜く、汚い人間に思えて仕方が無くなってしまうんです。

それ故に映画を見る時に、私自身もそうですが自分が共感できる作品や登場人物を心のどこかでいつも求めています。

それはまさに自分と同じような人生を生きている、経験をしている人間に対して抱く安心感でもあり、そして自分よりも酷い人生を送っている者に抱く優越感なのかもしれません。

しかし、『町田くんの世界』という作品は圧倒的な熱量である種の性善説的な理想をぶつけてきます。

ナガ
映画を見ていると、だんだん自分が綺麗な人間になっていくような感覚があるんだよね・・・。

ここまで圧倒的な熱量で「綺麗ごと」をぶつけられると、流石に見ているこちら側も圧倒されて、これまでの天邪鬼な自分を見透かされたような気分になります。

心のどこかで自分は「町田くん」を探していたし、「町田くん」になりたいと願っていたのかもしれないと、そう思わせてくれるんです。

この作品を見終わって、劇場から出る時、あなたはいつもより少しだけ綺麗で、善意に満ちた人間になれると思いますよ!

ちなみに当ブログ管理人も劇場を出るときは、善意が体から溢れ出る聖人のようなオーラを放っていたように思います。

しかし、帰りの駅でイチャイチャしているカップルを見かけて悪意たっぷりの眼で睨んでしまいました・・・。

ナガ
町田くんへの道はまだまだ遠いね・・・(笑)



人間はイエス・キリストになれるか?を青春ドラマで考える

今回の『町田くんの世界』という作品は、言わば「人間はイエス・キリストになれるか?」という問いを青春ドラマで突き詰めた作品なんだと思っています。

聖書においては、アガペーという言葉がありますが、これは神の絶対愛のことを指していて、万人への愛、無差別・平等の愛、無償の愛(代償を求めない愛)を内包します。

また、このアガペーは善人であろうと悪人であろうと、すべての人間に平等に降り注ぐとされています。

その一方で、まだ歴史的な根拠による裏付けはないもののマグダラのマリアがイエスの妻だったという説が存在しています。

ニコス・カザンザキスの『最後の誘惑』という小説や、それをマーティン・スコセッシが映画化して物議を醸したこともありました。

この作品はイエスがマグダラのマリアという愛する女性に後ろ髪をひかれながら、それでも十字架にかけられることを選んだという形でイエスキリストを描写しています。

つまり1人の女性を愛するか、十字架に架けられることで全人類に愛を平等に注ぐ人智を超えた存在になるかの2択を迫られていたというわけです。

イエスは当然後者を選択したということになりますが、これは博愛と1人の人を愛するという我々が一般に「愛」と定義する愛は両立しないということを示しているとも言えます。

『町田くんの世界』の作中でも「誰かを好きになるってことは、誰かを傷つけることにもなるんだ。」というセリフが登場しましたが、まさしくその通りです。

町田くんは確かに周囲から「イエスキリスト」と呼ばれている節もあるような、ある種の聖人で、人間が好きであり、それが故に全員に平等に「優しさ」を与えようとします。

それと同様に彼は自分の周りにいる人全員を「大切な人」とし、彼らに愛を持って接しようとします。これは言わば博愛でありアガペーですね。

しかし、猪原さんという女性に出会ってから彼は徐々に彼女のことしか見えなくなったり、考えられなくなったりするようになります。

そんな彼女にも町田くんはアガペーの1つとして愛そうとしてしまい、猪原さんには失望を与えてしまいます。

人間にとっての「愛」とはアガペーのように平等に自分に降り注いでくるものではなく、特定の誰がが自分だけに向けてくれる好意のことを指しています。

だからこそ町田くんが与える愛と、猪原さんが求める「愛」には大きな溝があり、それを埋めきれないままに彼女がロンドンに留学することになってしまいます。

そこで町田くんはまさにイエスが『最後の誘惑』で迫られたような2択を突きつけられます。

それでも自分の大好きな人類全員に平等に愛を注いでいく道を選ぶのか、それとも猪原さんという特別を作るのかという選択です。

町田くんは確かに聖人のようであり、学校でも一部からは神のように認識されている節がありました。

しかし、彼は1人の高校生であり、人間なんですよ。

イエスは神の子であり、十字架に架けられ一度死んだ後、復活して人類全員に愛を平等に注ぐ存在となりました。

町田くんは人間の子であり、一度井戸に落ちて死んだ後、復活して1人の女性を愛する道を選ぶのです。

『町田くんの世界』という作品は人間の「愛」を肯定する人間賛歌として素晴らしいと思います。

 

風船に込められた意味

(C)安藤ゆき/集英社 (C)2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

ディズニー映画の『プーと大人になった僕』の中で赤い風船は親愛の感情の表象として描かれました。

冒頭の夢の中で猪原さんは、町田くんが男の子の赤い風船を1つだけ懸命に取ってあげようとする一幕を目撃していました。

これはまさしく彼女が町田くんに自分への愛を選び取ってほしいと願い始めていたことの心理表象でもあります。

そして終盤に再び風船が登場するシーンで、彼は様々な色の風船が気に引っかかっていて、男の子のためにそれを取ってあげようとしますよね。

この時、風船がたくさんあるのは町田くんが親愛の感情をたくさんの人に対して抱いていることの表れとも言えるかもしれません。

しかし、そんな彼が他人に注ぎ続けてきた親愛の感情の表象である風船が彼を猪原さんの下へと連れて行ってくれます。

そして彼女を抱きしめて空を飛んでいてると、鳥がその風船を割ってしまい2人は学校のプールへと落下していきます。

結果的に彼の下に風船は残っておらず、残ったのは目の前にいる猪原さんだけです。

このシーンはまさに彼女が最初の夢の中で見ていた、町田くんが1つの赤い風船をつかみ取ろうとして水の中へと落ちてしまった光景に重なります。

その夢を正夢にする形で、町田くんは最後に猪原さんに対する親愛の情(=赤い風船)の1つだけを選び取るのです。

風船はディズニー映画でよく使われるモチーフですが、今作も非常にモチーフとしての扱い方としては巧かったように思います。



人に注いだ善意は絶対に自分に戻ってくる

やはり『町田くんの世界』の中で一番エモーショナルだった瞬間は、やはり町田くんが一生懸命に他人に向き合ってきた善意が返って来るあのシーンでしょう。

猪原さんを追いかけようとした時、彼がこれまでに善意を注いできた人たちが駐輪場に駆け付けて、彼を助けてくれます。

(C)安藤ゆき/集英社 (C)2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

ナガ
このご褒美のような奇跡の瞬間にただただ涙が止まりませんでした・・・。

人に善意を持って接するべきだという道徳的な正しさはきっと誰だって分かっていることだと思います。

しかし、人はどうしても見返りがないと善意というものを形にできない生き物なんだと思います。

有名人が寄付をしました!震災の被災地で支援活動をしました!というニュースに対して「偽善」だの「売名」だのというコメントがつくのもこの特性に起因するものでしょう。

自分には無償の善意なんて注げる自信がないからこそ、それを実行に移している人を見ると、受け入れることができず「偽善」だのという言葉で嘲笑して安心感を得ようとします。

そういう世の中では、どうしても負の連鎖が続いて悪意ばかりが循環する世界になってしまいます。

今世界中で問題になっているテロリストにしても、ホームグロウンテロリストが増えており、彼らはヨーロッパやアメリカなどの国々で生まれ育ちながら、居場所をなくし過激思想に傾倒した人たちです。

つまり人に注いだ悪意というものも結局は悪意という形で自分のところに戻ってきてしまうんです。

そうであれば、善意が循環する社会を目指せば良いじゃん!と思い至るかもしれませんが、それが今日の今日まで実現していないわけも考えてみてください。

人は損をしたくない生き物です。

悪意を他人に注いだことで自分はその場で損をすることはないですし、むしろ一抹の優越感に浸ることができるとすれば、それは今という限定的な視点で見ると、得をしているとも言えます。

その時に注いだ悪意が後に難題にも膨れ上がって自分に降り注いだとしても、人は自分が注いだ悪意の報いだとは思わないでしょう。

しかし、人に善意を注ごうとするならば、それは他人のために今自分が何かしらの損を引き受けなければならないことになります。

それ故に現実の世界で、人間全員がそれを実行するなんてことは到底不可能に思えるんですね。

『町田くんの世界』はそれでも映画として、フィクションとして人がお互いに善意を持って接し合う美しい世界を描きました。

私はその瞬間を見た時に、自分が忘れかけていた、信じることを諦めようとしていた理想をふと思い出しました。

あくまでも映画として理想を描こう、奇跡を描こう、美しいものを描こうとするこの作品の姿勢に強く感動しました。

 

おわりに

いかがだったでしょうか。

今回はですね映画『町田くんの世界』についてお話してきました。

この作品が「映画」として優れているかどうかと聞かれると、返答に困る部分はあります。

しかし、私はこの作品に映画のあるべき姿を再確認させられたような気もしています。

ナガ
映画としてどうとかを抜きにして圧倒的に好きと言える作品でした!!

この映画を見た後、あなたの目に映る景色は少し違って見えるはずです!

ぜひぜひ劇場でご覧ください!!

今回も読んでくださった方、ありがとうございました。

 

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2 件のコメント

  • 偽善だとかそういうことをこの映画に言いたくはないですし言っているメッセージはとてもいいと思うんですが、映画として歪すぎると思います。それも敢えてそうしているんでしょうが、岩田が演じるモデル高校生が急に熱い男に変わったり、池松演じるゴシップ記者がバスで見かけただけの親切な高校生にいきなり話しかけてコラムを書き始めたり、ちょっと飲み込みづらい展開が多かったです。風船で飛ぶ場面以上に「なんでそうなるの?」って展開が多かったです。

    • しらいしさんコメントありがとうございます。
      初期の石井監督作品の雰囲気が蘇ってきたような感じですごく好きでしたけどね。
      この作風は結構癖もあるので、好みは別れるとは思います。

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