杉山勝彦が手掛けた『ダーリンインザフランキス』EDの魅力を徹底考察!

はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね先日最終回が放送された『ダーリンインザフランキス』の6曲の魅力的なEDたちについて考察してみたいと思います。

良かったら最後までお付き合いください。

杉山勝彦とは?

ナガ
まずは簡単に杉山勝彦さんについて紹介していくよ!

杉山勝彦さんは自身でバンド活動を行う傍ら、アイドル音楽を主戦場とした音楽プロデューサーを務めている今、一番ホットなエンターテイナーの1人と言えるでしょう。

乃木坂46や欅坂46といった今話題沸騰中のアイドルグループに多くの楽曲提供を行い、高い注目を集め、2017年には家入レオさんの「ずっと、ふたりで」などでの功績が認められ、日本レコード大賞作曲賞を受賞しました。

彼の作るアイドル音楽は基本的に歌詞ありきでメロディが作られているそうで、近年の乃木坂46や欅坂46といった比較的ダークな歌詞の楽曲が多いアイドルグループを支えているのは間違いないでしょう。まさに歌詞にぴったりとハマる、唯一無二のメロディを作り出す職人と言っても過言ではありません。

そんな彼が今回『ダーリンインザフランキス』というアニメ作品で、ED6曲の作詞・作曲を手掛けることになりました。基本的には作詞よりも作曲業の方が多い杉山勝彦さんですが、彼自身が歌詞をも手掛ける6曲は一体どんな世界観になったのでしょうか?放送中もED曲が待ち遠しかったのが記憶に残っています。

今回、この記事を書こうと思い立ったのは、リアルサウンドさんに掲載されていた杉山勝彦さんのインタビュー記事がきっかけです。以下にリンクを掲載しておきます。

この記事を読んでいて特に興味深かったのが、『ダーリンインザフランキス』のED曲たちは全て、ゼロツーを初めとするキャラクターたちが現実の世界にいたらというパラレルワールド的な設定を下地にして作られたというコメントでした。

確かに考えてみますと、ED1の『トリカゴ』の映像ではゼロツーやイチゴたちが現実世界で女子高生だったらという仮定があるように見えましたし、歌詞にも「教室」や「制服」といった言葉が登場していました。

非常に本編にも寄り添った歌詞とメロディではあるのですが、パラレルワールド設定が根底にあると考えると、ますますいろいろな想像が膨らみますよね。そんな経緯で今回は、『ダーリンインザフランキス』のED曲たちの魅力を徹底考察していけたらと思います。

『ダーリンインザフランキス』ED曲のご紹介と解説

さて、まずは簡単にではありますが、『ダーリンインザフランキス』の6曲のEDたちをご紹介していこうと思います。

『トリカゴ』

ナガ
やっぱり『ダーリンインザフランキス』の前半の内容をを象徴する1曲だよね!

この今日がダリフラのED曲の中で一番好きだという方は間違いなく多いのではないでしょうか?杉山勝彦が手掛ける近年の乃木坂46や欅坂46の楽曲のメロディの遺伝子を多分に受け継いだこの曲はインパクトがあり、1度聞いたら耳から離れない強い中毒性を孕んでいます。

本編と併せて考えるならば、「トリカゴ」の中での平和でありながら、オトナたちの管理下に置かれ、閉塞した生活を送るイチゴやゼロツーたちが徐々にそんな支配に疑問を感じ初め、そこから飛び出して自分のアイデンティティを見つけようとする姿が浮かんできます。

ただ先ほども書いたように、EDの映像で現実世界で高校生として暮らしているゼロツーたちの姿が映し出されます。そしてダリフラのED曲のコンセプトはパラレルワールドです。それを踏まえて考えていくと、すごく想像の幅が広がります。

近年の欅坂46の楽曲はかなり「大人たちへの反旗」みたいな風潮が押し出されている印象があります。彼女たちのデビュー曲の「サイレントマジョリティ」もまさに「大人たちに支配されない自分」を主題にした楽曲でした。

「トリカゴ」という楽曲には「教室」「教科書」「スカート」「チャイム」など現実世界の学校(とりわけ高校)を思わせるモチーフがたくさん登場しています。そう考えていくと、劇中のゼロツーたちにとっての安住の牢獄であったミストルティンは、そのまま学校という場所に置き換えれてしまいます。

この楽曲は学校という「普通」を象徴するある種の「牢獄」から飛び出して自由に生きたいけれども、そこから飛び出す勇気を持てず、葛藤する少年少女の思いが込められているように感じました。

夢を魅せたくせに 叶えれる才能(ちから)を 与えてくれないなんて (『トリカゴ』より)

サビの出だしのこの歌詞が個人的には特に印象的でした。これは「君は何にでもなれる。」と優しい言葉で夢を見させてくれる周囲の大人たちを象徴しているように思えました。私自身も学生時代にそんな甘い言葉をたくさんかけられました。

しかし、学校という安住の牢獄から一歩踏み出してみると、そこにあるのは容赦のない現実です。とても「自分は何にでもなれる」などとは思えない厳しい社会があるのみです。

それでも、自らの努力と意志でもってその荒波に飛び込まなければ何も掴むことはできません。そうしなければならないこと、学校という閉塞した安住の牢獄で「普通」を享受しているだけでは何者にもなれないこと、心の中にいる本当の自分の存在のことも分かっているにも関わらず、それを行動に移す勇気が出せないんです。

見上げた空はどこまでも綺麗なのに、そこから飛び立つ勇気が出せず、ただただ「ふつう」と云うトリカゴに安住してしまう学生たちの苦悩や葛藤が詰め込まれているように感じてしまいます。それでもきっとゼロツーたちは一歩踏み出せる勇気を持っているんでしょうね。

『真夏のセツナ』

ナガ
まさに王道アイドルサマーチューンだね!

劇中でも唯一の休息と言われた水着回でのみ使われたサマーチューンですね。まさにアイドル音楽を数多く手がけてきた杉山勝彦さんの十八番とも言えるメロディと歌詞で、超王道のアイドルナンバーでしたね。

基本的に『ダーリンインザフランキス』のED曲って「ボク」が一人称になっているので、ゼロツーが主人公の楽曲にはなっているんですが、それでもこの「真夏のセツナ」だけはイチゴの曲に聞こえましたね。

テレビで放送された一番の歌詞だけでは判断できないんですが、CDに収録されている2番の歌詞を聞いてみますと、どうもこの楽曲の「ボク」ってすごく奥手で、素直になれないキャラクター性を有しているんですよ。そう考えた時に、ゼロツーはヒロに対して控えめになったり、奥手になったりせずに正面からぶつかっていくタイプですから、イマイチ合致しません。

そうなると必然的にこの「奥ゆかしさ」がイチゴがヒロに対して秘めている恋心に通じていることが伺えます。イチゴがヒロに対して抱いていた「セツナ」の恋心とその一瞬の輝きが閉じ込められた1曲になっているように感じられて、非常に素晴らしいと思います。

この『真夏のセツナ』に関しては先ほど紹介した記事の中でも杉山勝彦さんがパラレルワールドシリーズも一時中断していると語っているので、解説もこの辺りに留めておこうと思います。

『Beautiful World』

ナガ
作品の転調も相まって切なさを増す恋の歌だったね!

この曲は先ほどの『トリカゴ』で描かれた世界と密接につながっているように感じられますね。まずAメロに「退屈な教室」というフレーズが登場している時点で、非常に関わりが深い楽曲になっていることは間違いないでしょう。

さらに言うなれば、この楽曲は「恋心の芽生え」を歌った歌でもあると思います。青春と恋って密接に繋がっていて、切り離すことが出来ないものでもありますが、人間って本気で恋をするとそれ以外のことは何も見えなくなるんですよ。

しばしば日本の少女漫画の実写映画に対して、恋愛のことしか考えてなさすぎるという感想を目にしますが、これって別にリアリティが欠如しているわけではなくて、かなりリアリティが高いことだと思います。恋って付き合い始めるまでの、または失恋してしまうまでの刹那的な感情だと思うんです。しかもそれでいて激しい。だからこそその感情が芽生えた時って他のことが見えなくなったりするんですよ。

『Beautiful World』という楽曲では、それまで閉塞感と不安で押しつぶされそうだった「ボク」が恋に目覚め、急に世界が輝き始めたという心情が歌われています。窮屈な「トリカゴ」さえも美しい世界に思えてしまうくらい、恋という感情がとてつもない力を持っているということがストレートに伝わってくる歌詞になっているんです。

しかし注目したいのは、この歌詞です。

自由になれる 気がしたんだ (『Beautiful World』より)

恋という感情は先ほども書いた通りで刹那的な夢のようなもので、そこに没頭している間は全てがポジティブに行くように感じられるというある種の「酔い」なんです。だからこそ「ボク」は自由になれてなどいないんです。あくまでも「気がした」だけなんですよ。

ここがこの『Beautiful World』という楽曲の肝だと思いました。

スポンサードリンク




 

『ひとり』

ナガ
1度しか流れないのにこのインパクトは凄すぎる!

ゼロツーとヒロの過去に起きた出来事の顛末が語られる回でたった一度だけ使われたゼロツーの独白の様な歌詞が切なすぎて、涙が止まらなくなる1曲です。

この楽曲のタイトルは「ひとり」なのですが、まさに劇中でゼロツーがヒロと別れてからどんな思いで生きてきたのかということがストレートに明かされる内容になっていますね。

パラレルワールド的な視点から見ると、先ほどの『Beautiful World』が「恋の芽生え」を歌ったのに対して、『ひとり』という楽曲は「恋の終わり」を印象付ける内容になっています。

あの恋の喜びを知ってしまったからこそ、それを失い1人その恋を思い出すとどうしようもない切なさを感じてしまうという「ボク」の悲痛な叫びが強く印象づけられます。心の穴を埋めようとすると、いつも君の顔ばかり浮かんでしまうといった失恋を経験した人であれば、誰でも共感できるようなリアルな歌詞が心に刺さります。

そして注目したいのは、この歌詞です。

“ふつう”が良くて そうありたくて なれるように (『ひとり』より)

この歌詞は叫竜でありながら、人間に憧れるゼロツーの思いを歌った歌詞なのですが、パラレルワールド的な視点で見ると、『トリカゴ』に登場した「”ふつう”という トリカゴ」という歌詞に強くリンクしているのではないかということが読み取れます。

つまり、「ボク」は恋を知って、飛び出したいと考えていたトリカゴに居場所を見出し、トリカゴの中に自由を見出したんです。しかし、恋が終わって我に返ると、恋を知る前よりもずっと辛く、苦しい「青春の地獄」が待ち受けていたわけです。

そんな「トリカゴ」の中でひとりでもがき、せめて恋を知る前の”ふつう”だったあの頃に戻りたいよ・・・という悲痛な心の叫びと失恋の苦しみが詰め込まれた歌詞にも聞こえてきませんか?

『Escape』

ナガ
不穏すぎるメロディと歌詞に体が震えたよ!

『ダーリンインザフランキス』後半で使われたあまりにも不穏すぎる『Escape』という楽曲ですが、杉山勝彦さんもメロディを作る際に、その不穏さにかなりこだわって作ったと語っています。

この楽曲はパラレルワールド的な視点から見ると、まさに先ほどの『ひとり』と直結する内容になっていますよね。この『Escepe』という楽曲は『ひとり』で描かれた失恋の苦しみのその後を描いています。

失恋して、君のことばかりを考えてしまう孤独感。そんな感情を何とか振り切った先に待ち受けていたのは再び目の前に立ちはだかる学校という”ふつう”の牢獄です。さらに恋をしていた時に幻の「自由」を見てしまったがために、一層閉塞感と絶望感が増しています。

それが表れているのが次の歌詞です。

触れそうだった夢は 分厚い雲の向こうで (『Escape』より)

自由になれた気がした「ボク」は失恋して、改めて自由が遠く離れたところにあるものだという現実を突きつけられています。さらに『トリカゴ』では「空は綺麗だった」のに、この『Escape』では雨が降っていたり、雲が空を覆っていたり、星さえ見えなかったりと、『綺麗な空』すら見えなくなっていることが分かります。

人間にとっては、ずっと絶望のどん底にいるよりも、突然掴みかけた希望がすり抜けていった時に叩き落される絶望の方がずっと苦しいものだとよく言われますが、この歌詞にはそんな『トリカゴ』を超えた苦しみと葛藤が綴られています。

『ダーリン』

ナガ
私のアニソンオールタイムベスト10に選びたい名曲!

この曲に関しては後ほど考察をしますので、詳細は書きません。

「ダーリン」というのは、劇中のゼロツーがヒロを呼ぶ際の呼称ではあるんですが、パラレルワールド的な視点から見ると、もっと一般化されて「大切な人」に対する敬称なのではないかとも推測できますね。

これまでの『ひとり』や『Escape』で綴られたような失恋の思いや、トリカゴの絶望を乗り越えて、君に恋をした経験が、大切なあなたの存在が、私にこの閉塞感漂う教室から飛び出す勇気をくれたよというある種のアンサーソングになっているわけですね。

サビの出だしの突き抜けるようなメロディが印象的で、まさに『ダーリンインザフランキス』の最後を飾るにふさわしい一曲でした。

考察:全ての曲は『ダーリン』へと集束する

さて、ここからは『ダーリンインザフランキス』のEDを総括した考察を書いてみようと思います。こ杉山勝彦さんが手掛けた6曲のEDを総括してみますと、もう全ての曲が『ダーリン』という1曲へと繋がる構成になっているんですよね。

『ダーリン』という楽曲をフルで聞いてみると、その魅力はケタ違いに膨れ上がります。フルで聞くことで杉山勝彦さんが一体『ダーリン』という楽曲で何を表現したかったのかが分かる構成になっているわけです。

それが表れているのがこの楽曲のメロディラインです。ぜひぜひ注目して聞いてみて欲しいです。

サビの前の展開はまさしく『Beautiful World』からの引用になっています。『Beautiful World』ではメロデイが突き抜けきらずにサビへと突入するんですが、『ダーリン』では一気にメロディが加速し、突き抜けてサビへと突入します。

そして2番のサビの後のDメロは完全に『ひとり』からの引用となっています。これはかなり分かりやすい形で表れていますね。その後、大サビへと突入する前に『トリカゴ』のストリングスも採用されています。

さらに言うと歌詞そのものは『トリカゴ』や『Escape』と対になるものになっていますね。勇気を出せずにただ見守るだけだったあの「綺麗な空」へ、「星さえ見えなかったあの空」へと、今歩き出す「ボクら」。あの頃の自分では到底出せなかったであろう勇気をくれたのは他でもない「ダーリン」だった。

その「ダーリン」は恋人かもしれませんし、家族かもしれませんし、友達かもしれません。「ダーリン」とはあなたにとって大切な人そのものです。そんな「ダーリン」がいてくれたから、いてくれるから教室という空間から飛び出せるという、まさに『トリカゴ』から続いた物語の終幕になっていることにも気がつきます。

『ダーリンインザフランキス』という作品は、非常に素晴らしい作品でしたが、その一方で杉山勝彦さんはED曲の中にもう1つの物語を孕ませていたのです。

ぜひ皆さんもそんな『ダーリンインザフランキス』のEDたちを改めて聞き返してみてください。きっとたくさんの発見があると思いますよ。

おわりに

さて放送が終わってしまいどこか寂しくもありますが、しばらくはこのEDたちを聞いているだけで余韻に浸れそうです。

ちなみに当ブログでは『ダーリンインザフランキス』考察記事も書いております。作品を総括して「弱さや面倒くささに見出す人間らしさ」というテーマで作品に踏み込みました。よかったらごらんください。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

何らかの形で『ダーリンインザフランキス』という作品の今後の展開があればうれしいですね。

アイキャッチ画像:©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です