『ポケットモンスター ルギア爆誕』ネタバレ感想:子供向けアニメとは思えない深すぎる内容だ

はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね来週から公開の『ポケットモンスター みんなの物語』に向けて、10年ぶりくらいに『ポケットモンスター ルギア爆誕』を見返したので、その感想を書いていけたらと思います。

記事の都合上ネタバレになるような内容が含まれます。その点をご理解いただいた上で、読み進めていただければと思います。

良かったら最後までお付き合いください。

世界を救う運命を課された少年

本作中で巻き起こるファイアー、サンダー、フリーザーそしてルギアを巡る世界崩壊の危機、そこに立ち向かう運命を課されたのは、他でもないサトシでした。

しかし、彼の本分はポケモンマスターになることです。だからこそサトシはここでよくある物語の主人公のように「俺がやってやる!」とはすぐに気持ちを切り替えられないんですよね。これってサトシがまだ10歳という事実を鑑みるとすごくリアルで等身大な不安です。

突然、目の前にルギアという伝説のポケモンが現れて、世界を救えるかどうかは君の手にかかっていると告げられるんですから、そりゃ恐ろしいですよ。

しかし、そんなサトシの不安を和らげたのは、他でもない彼のポケモンたちだったんですよね。この演出が非常に巧くて、個人的には感動しました。普通の映画であれば、ここで彼の仲間たちが励ますという展開になるんですが、この作品はあくまでも『ポケットモンスター』なんですよ。

だからこそサトシを支えるのが、彼にポケモンたちだったというシーンに無性に涙がこぼれました。「君が世界を救うんだ。」と告げられた時の、世界の運命を背負わされた孤独、それを一緒に背負ってくれた彼のポケモン。何度見ても最高のシーンです。

このあたりが『ポケットモンスターみんなの物語』に繋がるテーマなので、ぜひ合わせてチェックしてほしいですね。

参考:【ネタバレ】『ポケットモンスターみんなの物語』は「みんな」の英雄譚

ロケット団がまた泣かせやがる

ロケット団ってすごく単純に言ってしまえば、サトシたちの敵に当たるわけですが、これが実は思っているよりも単純ではないんです。

サトシたちの一行からポケモンを盗み出そうとしたりと悪行は働いているんですが、劇場版なんかでは窮地に追い込まれたサトシたちを救うことも多くて、意外と憎めないキャラクターなんです。ロケット団のこういうところが個人的に子供の頃大好きで、ムサシとコジロウのフィギュアでよく遊んでおりました。

そして本作のロケット団は当初はサトシたちからピカチュウを盗み出そうとして、追跡したり、船に忍び込んだりしているんですが、サトシが世界を救うために立ち上がった時に、彼らもまた行動を起こすんです。

「世界が壊れるかどうかって時に、正義も悪もありゃしない。」

こういうところがやっぱりロケット団って憎めないキャラクターだなと思いますし、私は大好きですね。それもただ良いキャラクターになっているわけではなくて、「世界を救って、平和な世界で思う存分盗みをするんだ。」と言っているように、彼らのスタンス自体は変わっていないんですよね。

サトシが世界を救うために世界を救うのであれば、ロケット団は盗みを働くために平和な世界を取り戻そうとするんです。

大人にも子供にも響くルギアの金言

やはり本作の中心にいるのはルギアであるわけですが、ルギアはとにかくこの映画で多くの名言を残しています。そして彼の言葉は大人にも、子供にも大切にしてほしい言葉でした。

「それぞれの世界がある。一緒に住んでいる世界だから壊してはいけない。わたしにはわたしの、きみにはきみのそれぞれの世界がある。」

この言葉がどれだけ深いものかというのを映画を見た人であれば、誰しも噛みしめたことと思います。誰しも自分の世界があって、そしてその中では自分が主人公です。しかし、その自分の世界だと主張している領域には、他人と共有している領域が多く存在しています。そしてそういう個々人の小さな世界が集まって大きな世界を形成しているわけです。

ただ時にそういう視点が欠落して、独りよがりになって何でも自分の思い通りにしようとして、他人の世界を鑑みなくなってしまうことがあります。でも、そういう時に思い出さないといけないのが、このルギアの言葉です。あなたの周りにいる人は、あなたの世界に帰属している存在ではありません。独立した世界を持っている他人なのです。

だからこそお互いがお互いの有している世界を尊重し合う必要があります。それがつまり世界の「バランス」なんですよ。どんなことであっても自分の世界を守るために、自分の世界の利益のために他人の世界を壊してはならないですし、そんな権利は誰にもないんです。

他にもルギアの「まぼろしのポケモン」に対する言及が凄く胸に響きます。

「私がまぼろしであることがこの世界にとっては幸せなことなのだ。」

この言葉も素晴らしいですよね。これって例えば今の日本で言うならば「戦争」のことも当てはめることができます。

1945年に太平洋戦争が終わって、既に70年以上が経過しました。既に今の日本社会は戦争を経験していない人が大部分を占めるようになり、戦争は教科書や資料映像なんかで見る程度のある種の「まぼろし」となってしまったわけです。

しかし、世界大戦が二度起こったように、人はその過ちを繰り返してしまいます。人間は戦争の恐怖を惨禍を「まぼろし」のように忘れ去ってしまうからです。

だからルギアが残したこの言葉はすごく大切なんです。「まぼろし」にしてしまうことが良くないのではなくて、「まぼろし」が「まぼろし」であってくれることの幸福を噛みしめる必要があるということです。

こう考えていくと劇中のルギアの言葉というのは、どれも深いもので大人にも、子供にも突き刺さるメッセージになっていたと思います。

世界を救っても褒められないヒーロー

3つの宝を手に入れ、無事に世界を救ったサトシ。しかし、彼の母親はそんなサトシを決して讃えようとも、褒めようともしません。このシーンはとんでもない名シーンだと思います。

「世界を救う?命がけですること?サトシがいなくなったらサトシの世界はもうないの。私の息子はもういないの。あなたがいるから世界があるの。サトシ、あなたはこの世界で何をしたかったの?・・・(中略)・・・だったら無理せず、それ(ポケモンマスター)を目指しなさい。」

子供向けアニメでこんな展開と、こんなセリフを登場させてしまうところが何と言うか凄すぎると言いますか・・・。

サトシの母親は、サトシが世界を救おうと懸命に戦っている中でオーキド博士たちと共にサトシの下へと向かっていました。それは自分の息子を危険な目に遭わせないためです。彼を守るためです。

サトシは危険なチャレンジを犯しながらも、なんとか世界を救うことに成功しました。ただ一歩間違えれば、彼は命を落としていたことでしょう。そんな無鉄砲な行動に対して、母親の目線から彼女は叱責するんです。

世界を救うというすごく大きな視点から見たサトシの行動に対して、彼の母が極めてミニマルでパーソナルな視点からこの言葉を突きつけているんです。

世界を救うことが尊いことなのか?と聞かれたら、それは確かにそうでしょう。しかし、あなたの周りにいる人は、大きな世界よりも、あなたの世界の方が大切なんです。

この母親の言葉というのは、おそらくこの映画を見た子供たちに向けた言葉なんだと思います。確かにこの映画を見て、サトシのように自分も危険を冒してでも世界を救うんだと憧れを抱く子もいることでしょう。

しかし、それ以上に大切なことはあなた自身の世界を守ることであり、そしてあなたが関わっている人の世界を守ることです。死して大きな世界の英雄になるよりも、生きて小さな世界の英雄になる、まずはそこから始めてみるべきなんじゃないか?と子供たちに冷静な視点で諭しているのが、このサトシの母親の言葉なんだと思いました。

おわりに

『ポケットモンスター みんなの物語」に関しては、まだ予告編も見ていないという有り様なんですが、どうやらポスターを見る限りではルギアが登場するらしいことは分かったので、復習を兼ねて久しぶりに『ポケットモンスター ルギア爆誕』を見返してみました。

やはりミュウツーの逆襲もそうですが、初期のポケモン映画は本当に完成度が高いですね。ちなみに私が一番好きなポケモン映画は『ポケットモンスター 裂空の訪問者デオキシス』です。

機会があれば、こちらの作品もレビューしてみたいところです。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

 

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