【ネタバレ感想・解説】映画「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」:料理が主役!料理で泣ける映画!

はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね、本日から公開の映画「ラストレシピ」について語っていきたいと思います。

本日はTOHOシネマズ梅田でこの作品を鑑賞していたんですが、まさかの梅田一帯が昼間停電という事態になり、映画も途中で上映がストップ。数分後には、本編を巻き戻したのちに上映再開されましたが、こんな経験は初めてでしたので、少し驚きました。

 映画本編に関して、少しだけお話ししますと、もうこんなのずるいでしょ~と。これで泣かない人いるんですか?(笑)

 劇中に登場するあのレシピが世界に名を轟かせるために作られたのだとしたら、この映画は観客の体内から水分を絞り出すためだけに作られた映画なのでは?と思ってしまいました。

私お恥ずかしながら、冒頭のオムライスを作るシーンで既に号泣してしまいまして、そこで涙腺が緩んでしまったのか、以降ボロボロに泣いていました。

そんな号泣必至の映画「ラストレシピ」の魅力を詳しく語っていきたいと思います。

良かったら最後までお付き合いください。

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あらすじ・概要

 人気料理番組「料理の鉄人」を手がけた演出家・田中経一のデビュー小説を、二宮和也主演、「おくりびと」の滝田洋二郎監督のメガホンで映画化。二宮扮する天才料理人が、歴史の闇に消えてしまった幻のレシピを探す過程で、思いがけない真実が明らかになっていくさまを描く。1930年代、日中戦争前の満洲国にやってきた天皇の料理番・山形直太朗は、陸軍からの依頼で112品目から構成される伝説のフルコース「大日本帝国食菜全席」を考案する。しかし、そのお披露目の直前、とある陰謀によって「大日本帝国食菜全席」のレシピはいずこかへと失われ、歴史の闇に消えてしまった。それから70年後の現代、一度食べればどんな味でも再現できる絶対味覚「麒麟の舌」を持ちながら、料理への情熱を失ってしまった天才料理人・佐々木充は、中国料理界の重鎮である楊晴明という老人から、失われたレシピを探して欲しいと依頼される。二宮が主人公・佐々木を演じ、山形役の西島秀俊のほか、綾野剛、宮崎あおい、西畑大吾、竹野内豊らが脇を固める。企画に秋元康が名を連ね、「永遠の0」の林民夫が脚本を担当。(
映画comより引用)

予告編

麒麟の舌って何?

この作品のタイトルを見た時に、「麒麟の舌」ってなんだろう?って思われるかもしれません。

作品の中の説明では、絶対味覚を持つ人のことを「麒麟の舌を持つ人」と呼称していました。

きりんと聞くと、あの動物のきりんを想像しますよね?

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でもこのきりんではなくて、麒麟という伝説の生き物のことなんですよね。伝説上の生き物の味覚であれば、絶対的ではないか?ということで、「麒麟の舌」という表現ができたのかなあ?なんて思いました。

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キャスト陣すごすぎ

流石に大作邦画!!という豪華なキャスト陣の顔ぶれでしたよね。

主演の二宮和也をはじめとして西島秀俊、宮崎あおい、綾野剛、竹野内豊などなど今や日本の俳優業界の第一線を張っているような役者陣が勢ぞろいしています。このような顔ぶれになっているだけに、作品はハイレベルな演技合戦でした。

ハイレベル過ぎて甲乙がつけがたいのですが、あえて一人挙げるなら、やはり西島秀俊が圧倒的だったと言わざるを得ないかと思います。

穏やかそうな人となりをしているのですが、料理になると理想主義者で独善的な側面を見せます。表面的には柔和な表情を纏いながらも、その内側に燃える大きな野心をどんどんと表出させることで、演技の色が作中でも変化していくあたりはもう筆舌に尽くしがたいものでした。

そして妻の死を初めとして、多くの物事を経験する中で外面的な表情が大きく変化するわけではないのですが、内面的な表情を変化させていて、それが雰囲気であったり、ちょっとした仕草、視線や口の動きの中に反映されていて、直太朗の心情や料理に対する姿勢が少しづつ内から変わってきていることを我々にも伝えてくれます。

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(C)2017 映画「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」製作委員会 映画「ラストレシピ」予告編より引用

加えて、直太朗の最期のシーンですよね。あの「やってやったぞ・・・」と言わんばかりの不敵な笑み。彼が料理人としてあのレシピを残し、そして自分を支えてくれた仲間を守れたことへの満足感が伺えるあの自信と誇りに満ちたあの笑み。もう私は鳥肌が立ってしまいました。

一方で、豪華俳優陣にネームバリュー的には劣るのですが、その中でも爪跡を残したのが若かりし頃の鎌田正太郎を演じた西畑大吾でしょう。

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特にレシピを燃やしたことで投獄されてしまった直太朗とのやり取りのシーンですよね。直太朗が銃殺され、そこにすがる正太郎のあの悲鳴なのか絶句なのか、嗚咽なのか?後悔、懺悔、悲しみ、苦しみいろいろな感情がドロドロと渦巻く彼の胸中を真に表したあの動物の鳴き声のような、人間の根源から出てくる「叫び」。あの演技はすごいです。全くノーマークの俳優でしたが、これからに期待が持てますね。

料理が主役!料理で泣ける映画爆誕!

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(C)2017 映画「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」製作委員会 映画「ラストレシピ」予告編より引用

本作では、料理を作るシーンが比重的にかなり重くなっています。間違いなくここにも意図がありますし。語らずともあの料理を見ているだけで、泣けてしまう不思議な魅力がこの映画「ラストレシピ」にはありました。

みなさんは「料理」というと単純にどんなものだとお考えでしょうか?

栄養を補給するという観点においても人間が生きていく上で、欠かせないものですよね。つまり身体組成的に人を構築しているもの。それが料理であるという見方もできます。


ただ、私はそれ以上に「料理」というものは、人そのものを構築するすごく重要な、第1義的な役割を担っているものだと考えています。

人が食べてきた料理というのは、その人の生い立ち、生きた社会状況、経済状況、思い出、家庭環境、信条・・・あらゆるものを表現するものだと思うのです。だからこそ人は人生を終えるときに、あの料理が食べたいなんて考えるわけですよ。その料理というのは単なる料理ではなくて、その人の人生そのものなんです。

そう考えると、冒頭の充が死にゆく男性のためにオムライスを再現するシーンも「料理」とは何か?を表現する重要なワンシーンだったように思います。

そして作中では数え切れないほどの料理が登場します。そしてそれを調理するシーンが印象的に映し出されます。

本作で登場する料理なんて、ほとんど自分に馴染みのないものですし、作ったこともなければ食べたこともないようなものばかりです。それでもなぜか分かりませんが、感情移入して泣いてしまうのです。

 その謎を考えてみた時に、私が辿りついたのは言い表せないような不思議な懐かしさなんですよね。その不思議な懐かしさが本作における料理シーンに宿っていたのです。

でも、馴染みのない料理に懐かしさを感じるなんて、奇妙なことですよね。それでも懐かしかったんです。

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(C)2017 映画「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」製作委員会 映画「ラストレシピ」予告編より引用

包丁で切る音、鍋で煮込む音、油で揚げる音、鰹節でだしを取る光景、スプーンで味見をする光景・・・作られる料理自体は見たこともないものばかりですが、その調理工程を見て、聞いていると、自分がどこかにスリップしているような感触を覚えるんです。

手狭な台所で、切れ味の悪い包丁で野菜を切るあの音、少ない量の油で揚げ物を作る音、沸騰したのを忘れて煮えたぎって鍋からお湯がこぼれる音、なんだか懐かしい音と光景と匂いが、この映画を見ていると垣間見えるんですよね。


そして映画の終盤になって気がつきました。ああこれは母親が料理を作っていた台所の音と匂いと光景だってことにです。

我々は映画「ラストレシピ」で描かれるあの料理シーンの数々を見ながら、料理という共通言語を媒介として、何か別の場所へとトリップしているような感覚を感じさせられます。

「料理」は、山形直太朗の、佐々木充の、柳沢健の、そして他の数々の人の作り上げた歴史であり、人生そのものです。それを見ている我々も、もしかすると「料理」を通して自分自身の人生を見せられているのかもしれません。


それだけに本作においては、主役は料理だ!と言わざるを得ないでしょう。

料理は進化し続ける

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(C)2017 映画「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」製作委員会 映画「ラストレシピ」予告編より引用

本作において、一番重要だったのは「料理は進化し続ける」というメッセージだと思います。

冒頭で佐々木充がやっていた、最期を迎える人のために思い出の味を再現するという料理は過去志向なんですよね。新しいものを作り出すのではなく、存在していたものを再現するだけなのです。

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(C)2017 映画「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」製作委員会 映画「ラストレシピ」予告編より引用

一方で、山形直太朗が追求したのは、常に新しい料理でした。既存のものに囚われるのではなくて、大胆な組み合わせでもって、未だ誰も食べたことの無い料理を作り出そうとしたのです。これはつまり未来志向の料理なんですね。

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(C)2017 映画「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」製作委員会 映画「ラストレシピ」予告編より引用

よってこの2人は対照的な人物として描かれています。過去に存在したものを再現する料理人と、未来に存在するものを創造する料理人ということでした。

そして、物語を通して直太朗の生き方を知った充は、そこに料理というものの本質を見るのです。


それこそが「料理は進化し続ける」。これなんです。

ラストシーンで、充が作り上げた全く新しい料理が差し出されます。その先にいるのは、祖父である直太朗の姿でした。

語らずとも、充が選択した料理人としての生き方があのラストシーンには込められていました。

 この未来志向型の考え方って料理の世界だけの話ではないですよね。温故知新とは良く言ったもので古きを温めるだけでは何の意味もありません。新しきを知る、つまり新しいものを創造することもまさしく重要なのです。

「1933~」と記されたあのレシピブックには、これからも脈々と「未来」が書きつけられていくのでしょう。

山形直太朗とそしてその仲間たちの生き様に、何か生きていく上で大切なことを教わったように感じました。

おわりに

まあこんな映画ブログを書いているので、この作品が映画的にどうなのか?という批評的な目線で見れば、正直粗が無いとは言い切れません。映画として評価するなれば凡の域を出ないかもしれません。


でも今はそんなことはどうだって良いんです。この映画を見て、自分が感じたこと、それだけが真実ですからね。それだけで十分です。

そして何より、あのラストシーンは我々に向けられているようにも感じられました。

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(C)2017 映画「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」製作委員会 映画「ラストレシピ」予告編より引用

「常に進化し続けること」そこにこそ意味があるんだぞ!と言わんばかりに突き出されたあの料理。

なんだか深く考えさせられました。

とても素晴らしい、邦画大作らしい映画でしたね。劇場で見て大正解だったと思います。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。




4 件のコメント

  •  こんにちは。もう修正なさったんですね。すごい。
    この映画はとても良いですね。こういう映画を広く観てほしいですね。
    久しぶりにとても感動しました。

  • ronさんコメントありがとうございます。
    いえいえご指摘感謝しております。
    大作邦画の中でも抜群に脚本が丁寧で、誠実な作りだと思いました!
    1人でも多くの方に見ていただきたい作品ですね!

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