【ネタバレ感想・考察】『ゆれる』『ディアドクター』から西川美和監督作品の魅力を考える!

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回は10月14日から全国でロードショーとなる西川美和監督の待望の新作「永い言い訳」に合わせて、彼女の過去作について語ってみようと思います。

彼女の作品は、題材こそ違いますが、一貫した視座があると思っております。

そこで、彼女の過去作3作品を振り返りながら、批評めいたものを書いていこうと思い立った次第です。

まず、『永い言い訳』という作品の概要を最初にある程度書いておきますね。

主演は本木雅弘が務め、その妻の役を深津絵里が務める。以下映画comのあらすじを引用させていただきます。

人気作家の津村啓こと衣笠幸夫は、突然のバス事故により、長年連れ添った妻を失うが、妻の間にはすでに愛情と呼べるようなものは存在せず、妻を亡くして悲しみにくれる夫を演じることしかできなかった。

そんなある時、幸夫は同じ事故で亡くなった妻の親友の遺族と出会う。幸夫と同じように妻を亡くしたトラック運転手の大宮は、幼い2人の子どもを遺して旅立った妻の死に憔悴していた。

その様子を目にした幸夫は、大宮家へ通い、兄妹の面倒を見ることを申し出る。なぜそのようなことを口にしたのか、その理由は幸夫自身にもよくわかっていなかったが……。

映画comより引用)

上記の内容の作品で、監督だけでなく、原作・脚本をも西川美和さんが務めています。

私も個人的にこの作品を非常に楽しみにしておりました。

というのも予告を見ただけで、そのストーリーの大枠を聞いただけでも、この作品から漂う西川美和監督の香りが非常に特徴的であり、また今回の作品では、そんな彼女の持ち味がさらにパワーアップしてくることを予感させてくれるからです。

彼女は今まで4作品の監督を務めており、今回の新作のように監督・脚本・原作を務めるのは本作で4作品目となります。

彼女の作品はいつも題材こそ異なりますが、常に一貫した視座と思想、演出が反映されています。

つまり、「永い言い訳」という彼女の新作を見る前に、彼女のこれまでの作品を知っておくことは、作品に、彼女の世界観にスムーズに入っていくために非常に役立つでしょう。

そのため今回は彼女の過去の作品の中でも特に、西川美和監督・脚本・原作の三拍子がそろっている3作品を取り上げて、私の考える西川美和監督の魅力について語っていきたいと思います。




『ゆれる』

img_3

©2006 「ゆれる」製作委員会 「ゆれる」より引用

まずは2006年に公開された作品「ゆれる」についてその概要を書いておきます。

西川監督と聞くとおそらく多くの人がこの作品を思い浮かべるのではないでしょうか。

以下あらすじを映画com.の方から引用させていただく。

東京で写真家として気ままに暮らす猛(オダギリジョー)が、母親の一周忌で久しぶりに帰郷。

猛は家業を継いだ兄の稔(香川照之)と幼なじみの智恵子とともに近くの渓谷へ行くが、智恵子が吊り橋から転落してしまう。

智恵子の近くにいた稔が逮捕され裁判となるが、そこで猛は今まで見たことのない兄の姿を目の当たりにする…。

https://eiga.com/movie/1759/より引用)

この作品では、香川照之オダギリジョーが演じる猛と稔の兄弟関係が一つの事件をきっかけに崩壊し、そして再生していく様を描きます。

この作品はまさに登場人物たちの「ゆれる」心情を繊細に描き出した傑作です。

ちょっとした思い込み、心情のズレ、兄弟意識、先入観、自己防衛本能、微妙な距離感。

そのすべてが登場人物たちの行動や発言に影響していき、物語を動かしていきます。

その物語自体が素晴らしいことに加えて、脚本の力もあいまって印象的な作品に仕上がっていました。

またドキュメンタリーを思わせるような、流れるようなリアル感あふれる自然なカメラワークにも注目してほしい1本です。

 

『ディア・ドクター』

4e5baf910bdee2a00d034ff06d98ca34

©2009 「ディアドクター」製作委員会

次は2009年に公開された「ディア・ドクター」という作品の概要を書いていきますね。

以下あらすじを映画com.より引用させていただきます。

都会の医大を出た若い研修医・相馬が赴任してきた山間の僻村には、中年医師の伊野がいるのみ。

高血圧、心臓蘇生、痴呆老人の話し相手まで一手に引きうける伊野は村人から大きな信頼を寄せられていたが、ある日、かづ子という独り暮らしの未亡人から頼まれた嘘を突き通すことにしたことから、伊野自身が抱えいたある秘密が明らかになっていく…。

https://eiga.com/movie/53838/より引用)

この作品はいわゆる僻地医療という非常に現代社会に根差した題材を取り上げています。しかし、そういった社会批判的作品であるかと問われればそうではありません。

あくまで中年医師の伊野と彼と取り巻く人間模様を描き出しています。

自分が絶対的に信用していたものというものが崩壊していくことの容易さを描き出しながら、真実を知ることと、嘘を信じ続けることのどちらが幸せだったのだろうかという究極の二択を提示され、深く考えさせられますね。

その一方で伊野という人物の心情と行動の変化を絶妙に演出し、最高のラストシーンへとつながっていきます。

非常に西川監督の信条や思想が反映された作品だと思う。

 

『夢売るふたり』

maxresdefault (3)
©2012 「夢売るふたり」製作委員会 「夢売るふたり」より引用

最後に2012年に公開された「夢売るふたり」に触れていきます。

以下映画comからあらすじを引用させていただきました。

料理人の貫也と妻の里子は東京の片隅で小料理屋を営んでいたが、調理場からの失火が原因で店が全焼。

すべてを失ってしまう。絶望して酒びたりの日々を送っていた貴也はある日、店の常連客だった玲子と再会。酔った勢いで一夜をともにする。

そのことを知った里子は、夫を女たちの心の隙に忍び込ませて金を騙し取る結婚詐欺を思いつき、店の再開資金を得るため、夫婦は共謀して詐欺を働く。しかし嘘で塗り固められた2人は、次第に歯車が狂い始めていき…。

(https://eiga.com/movie/57050/より引用)

この作品では、ひたすらに松たか子演じる里子が夫の阿部サダヲ演じる貫也をコントロールしていきます。

都会の雑踏の中で輝けない星たちの太陽になり、輝かせてあげなさいと述べる里子自身の内面に巣食うどす黒い感情の正体はいったい何なのか?

怒りなのか嫉妬なのか復讐なのか愛なのか?

ひたすら得体のしれない感情に動かされる里子という人物を松たか子が絶妙に演じているのが印象的です。

また映画として過激なシーンもありながら、非常に笑える内容ともなっているのも特徴でしょう。


西川美和監督作品の魅力を考える!

ここまで西川美和監督作品を3つ取り上げ、その概要と簡単な講評を述べてきました。

ここから彼女の作品に通ずる信条、思想や魅力について語っていきたいと思います。

 

「死」の扱い方について

まず第一に彼女の作品に通じるのは、「死」というものの軽さだと思っております。

2014-07-10-18-48-0002
©2009 「ディアドクター」製作委員会

彼女の作品においては基本的に「死」というものが軽く描かれます。

「ゆれる」においてはオダギリジョー演じる猛が親戚の葬式にど派手な衣装で現れたり、智恵子の転落死は何度もリピートされあくまで兄弟の人間関係の崩壊を象徴する記号かのごとく描かれていました。

「ディア・ドクター」では中年医師の伊野が無免許にもかかわらず、村のガン患者の治療をしない、つまり死を選ぶという結託に安易に加担してしまう様を描いています。

「夢売るふたり」では、登場する女性たちの夫の死はあくまでお金や生命保険といった媒体で登場し、また問い詰めてきた探偵を子供が包丁で刺してしまうシーンも実に軽さが付きまといます。

彼女の作品においては「死」というものが「軽い」のです。

ナガ
ただ、ここでよく考えてみてほしいのです!

これは現代の社会の状況に他ならないと思います。

ニュースで毎日のように殺害されたやら亡くなったやらと報じられる。身近な人が死んだとなると話が変わって来ますが、ニュースや新聞で報じられる死というものは非常に軽いものに感じられないでしょうか。

それを見たときに恐ろしい事件だとか悲しいだと思ったとしても、おそらくまたすぐに忘れてしまう。なぜならまた別の死が次々に取り上げられていくからです。

また小説や映画なんかでもそうである。死というものは記号的に扱われ、ミステリー小説なんかでは死は弄ばれ、娯楽と化しています。

つまり我々は無意識のうちに「死」というものを消費しているのです。

私たちは、西川美和監督作品のような明確に死を軽く扱った作品に若干の嫌悪感を覚えます。

しかしそれは普段我々が目をそらし続けている現実を突きつけられるからです。

我々は意識のうちでは、死というものは重大なものであるとわかっている。わかったつもりになっている。それゆえに死を軽く扱ってはならないと考える。当然でしょう。

しかし、ふと考えてみると、自分が普段、無意識のうちに「死」を消費しているのだと気づかされます。

西川美和監督の作品はそんな無意識の中にある我々の「死」への軽視を実感させるのです。

劇中の登場人にもそんな監督の考え方が反映されています。

「ゆれる」においてオダギリジョー演じる猛は冒頭の葬式ではど派手な服で登場しますが、智恵子の葬式では正装で登場しますよね。

これは単に目の前で亡くなった知人の葬式だからなんて理由だけではありません。

明確に彼の中で「死」というものに対する捉え方が変化しているのです。

こんな映画の中の何気ない描写にも彼女の死生観は反映されています。

また「ディア・ドクター」では中年医師伊野は村の女性の「死」という選択にその家族の想いなども顧みず、安易に同意してしまうのですが、そのラストシーンで彼女の病室に現れます。

それは彼女の「死」を最後まで見届ける覚悟であり、「死」の重みを知った人間の行動でした。

この辺りの詳細は作品を見てほしいのですが、彼女の作品は死というものが軽薄化した現代に死の尊厳と重みを取り戻そうとしているように感じ取れます。

だからこそ意図的に「死」というものを軽く描き、「死」の重みを感じ取り、登場人物がどう変化していくのかを描くのではないでしょうか。

つまり一見、死をぞんざいに扱っているように見えて、実は死をとても重く考えているのです。

彼女の作品を見て、自分の無意識と対話してみてください。

果たして自分は「死」を軽く見てきたことはないだろうか?

死というものを記号的に、娯楽的に消費してきてはいないだろうか?

彼女の作品はそんな我々の無意識を意識させてくれるのです。


「視線」のマジック

20121007222352

©2012 「夢売るふたり」製作委員会 「夢売るふたり」より引用

第二に彼女の作品では登場人物たちの視線が非常に重要な要素となっています。

「夢売るふたり」では特にその演出が重要な役割を果たしているでしょう。

不倫をして帰って来た夫貫也を見つめる視線

一人風呂場で虚空を見つめる視線

厨房に現れたドブネズミを見つめる視線

「その視線の先に何が見えているのだろうか?」に注目し、考察しながら作品を見るのも面白いと思います。

この作品だけでなく、他の作品にも印象的な視線か数々登場します。

だからこそ、彼女の作品において登場人物たちの視線にはぜひ注意を払っておいてほしいのです。

また彼女の作品はそのラストシーンで特徴的な視線が登場します。

ナガ
これは三作品に共通する点だよね!

実は今回取り上げたすべての作品で登場人物が観客の方に視線を向けるんですよ!

これがどういう意味を持つのか、どういう意図でこういう演出を取り入れているのかの実は分かりません。

しかしすべての作品に共通するということは確実に意図的な犯行であることは間違いありませんよね。

私の解釈では、これは登場人物たちの目を借りて監督自身が我々観客を見つめているのではないだろうかと考えています。

彼女の作品はいわゆる一つの問いかけでもあります。

だからこそ、物語のラストで監督自身が観客に問いかけるという演出なのかもしれません。

また、この演出は映画を見ていた我々が突如として映画の中に引きずり込まれる一瞬でもあります。

傍観者であった我々観客が、一瞬だけ当事者、参加者になるのです。

これを意図して演出しているのだとしたら、彼女は天才だと思います。

新作「永い言い訳」でもこのラストシーンのこの特徴的な視線が登場するのかは要注目ですね。

 

メタファーによる演出

最後に挙げたいのは、モノや生き物を使ったメタファー的な表現の仕方です。

これも今回挙げた三作品の随所で散見されます。ぜひ注目しながら見てみてください。

洗面台に張られた水

扇風機

シンクで溶けだすアイスバー

階段から落ちていく包丁

厨房に現れるドブネズミ

すべての一見意味の無さそうな挿入描写が語らずとも登場人物たちの未来を暗示し、またその心の内を表現しているようです。

こういった演出を簡単にやってのける監督というのは本当にわずかだと思います。

意図的に挿入しているのは間違いないですが、わざとらしく見えないないのです。

しかし、何か意味があるのだと思わせます。これは決して容易なことではないでしょう。

私が大好きなインド映画の巨匠サタジット・レイ監督やジャン・ルノワール監督はこういった演出を得意としている監督です。

「大樹のうた」のアポーと妻が部屋で過ごす何気ないシーン、「大いなる幻影」の有名な食事シーンをぜひ見てほしいですね。

決して語られることはないが、観客に何かを思わせる、感じさせる演出にあふれています。

ナガ
こういった作品は、画面の至るところに情報が見え隠れしているんだよ!

西川監督も粗削りながら、そういう演出をやってのける偉大な監督の一人です。だから彼女の作品を見るとき、ただぼーっと眺めるのではなく、画面のさまざまなところに注意を払ってほしいのです。

そこには、言語化されていない重要な情報が隠されています。

 

ここまで3つの西川美和監督作品の特徴と魅力を挙げてきました。

おそらく新作の「永い言い訳」にも今回挙げた点は少なからず関わって来るでしょう。

ナガ
だからこそ、新作を見る際にこれらの点に少し注目してみてほしいのです!

西川監督の過去作を1つからでも見ておくと、それと関連付けながら作品を見ることができ、より楽しめるのではないかと思いますよ。

 

おわりに

最後にはなりますが、映画「永い言い訳」は10月14日から公開されます。

ぜひ劇場でご覧になってください。私も言うまでもなく見に行きますので!!

ナガ
鑑賞後のレビューは以下のリンクからどうぞ!

【ネタバレあり】『永い言い訳』解説・考察:亡き妻を再び愛し始めるまでの永い永い旅路

2018年9月12日

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です