映画『パリ、テキサス』感想・解説:映画を「見る」ことの感動と喜びが詰まった傑作。

はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね、久々にこの「エモーションピクチャーズ」のカテゴリで記事を書いていこうと思います。最近は、新作の記事が多くなってしまって旧作の記事が書けてなかったんですが、久々に更新します。

扱う作品はヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』です。

自分がこれまで見てきた中でも上位20作品には入るくらいに、高評価をしている作品です。

解説等の都合上ネタバレは避けられません。ご容赦ください。

良かったら最後までお付き合いください。

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あらすじ(ネタバレ含)

テキサスの荒野をボロボロのスーツ姿で一人の男がさまよい歩いていました。彼はガソリンスタンドに入り、冷蔵庫の氷を口に含んでそのまま倒れます。医者に担ぎ込まれた彼は身分証明もなく、財布の中から一枚の名刺を見つけた医師が、その男の弟ウォルトに連絡を取ります。男はトラヴィスといい、4年前に妻と子を捨てて、失踪したのでした。病院から脱走したトラヴィスをウォルトは追いますが、トラヴィスは記憶を喪失しているかのように一言も発しませんでした。車の中でウォルトは、さりげなく彼の妻ジェーンのこと、ウォルトと妻のアンヌが預かっている息子ハンターのことを聞きますが、何も答えません。ただ「パリ、テキサス」という、自分が以前に購入した土地のことだけを呟きます。そこは、砂に埋もれたテキサスの荒地でしたが、両親が初めて愛を交わした所だとトラヴィスは説明します。

ロサンゼルスにあるウォルトの家に着いたトラヴィスを、アンヌと7歳に成長したハンターが迎えます。ハンターとトラヴィスの再会はぎこちないものでしたが、数日経つうちに二人は打ち解け始めました。そして実の息子同然にハンターを育ててきたウォルトとアンヌは不安に駆り立てられるようになります。トラヴィスの記憶が戻るようになりはじめたある日、5年前に撮った8ミリフィルムを4人揃って眺めていました。幸福そのものだった過去の映像を見て、トラヴィスは必死に何かをこらえる様子でした。トラヴィスはある日の夜、ジェーンがヒューストンの銀行から毎月ハンターのために、わずかながら送金を続けていることをアンヌから聞きます。

トラヴィスは中古の車を買い、ハンターにジェーンを探しに行くと告げて、それを聞いたハンターは自分も行きたいと言い、共にヒューストンに旅立ったのでした。ヒューストンの銀行からジェーンらしき人物が乗った赤い車が出て行くのを見た二人は車を追跡し、不思議な建物に辿り着きます。ハンターを車に残してトラヴィスは建物の中に入ると、そこはキー・ホール・クラブであり、個室は客の側からブースの中の女の姿が見えるマジック・ミラーを設けた覗き部屋になっていました。ジェーンを指名して部屋に入ったトラヴィスに、彼の姿が見えないジェーンが話しかけますが、トラヴィスは何も告げずに出て行きました。

翌日、もう一度ジェーンに会う決心をしたトラヴィスは、ハンターをホテルに残して、キー・ホール・クラブへ行きます。再びジェーンを呼び、トラヴィスは、自分の気持ちを部屋に設置された電話越しに語ります。やがて、姿を見なくてもその声の主がトラヴィスであることを悟ったジェーンは、涙ながらに自分の気持ちを語りました。最後にハンターのいるホテルのルーム・ナンバーを告げ、トラヴィスは去っていきました。ホテルに一人でいるハンターの前にジェーンが現われます。二人が寄りそう影を部屋の窓に確認すると、トラヴィスは車でその場を去っていくのでした。

ヴェンダースはアメリカをどう見たか?

 ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』(1984)は第37回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最優秀賞)を受賞した作品で、彼のマスターピースの1つとの呼び声も高い作品です。この作品には、彼の対アメリカ観と映像観、そしてフィルム映画へのこだわりが色濃く反映されています。

 ヴェンダース監督は、ルール地方、オーバーハウゼンのシュテルグラーデという町で育ちました。この町は鉱山業一色で、保守的なカトリック色の強い土地でした。そのため、彼はアメリカの親戚から貰うアメリカのおもちゃやお菓子に魅了され、学生時代にはアメリカの音楽や映画に心を惹かれるようになりました。そのため、彼はアメリカないしハリウッド映画界に対してある種の「神話」を見るような憧れを抱いていました。

そして彼は、1977年に『アメリカの友人』という作品を発表します。この作品は、それまでに彼が撮ってきた極めてヨーロッパ的な作風の映画とは明確に異なっていて、アメリカ映画的な要素が散見されました。この作品がきっかけで、彼はフランシス・コッポラ監督から声をかけられ、ハードボイルド小説で知られるダシ—ル・ハメットに関する映画をハリウッドで撮ることになります。しかし、この映画の製作が難航し、結果的に彼の望まない形で世に送り出すことになります。利益至上主義で、システマチックなハリウッドの映画製作の現場に彼は馴染む事ができませんでした。

そんな彼は、ドイツに戻り、アメリカ映画よりもアメリカ映画的でかつハリウッドには当時絶対に作れなかったであろう映画を作り、アメリカ映画界への鮮烈なリベンジを果たします。その作品というのがこの『パリ、テキサス』です。

ヴェンダースはフィルム映画をどう見たか?

 ヴェンダース監督は、初期の頃からテレビないしヴィデオというメディアにある種の敵対心を抱いていました。というのも、映画はフィルムに撮影する映像メディアである一方で、テレビはヴィデオカメラで撮影する映像メディアでした。

彼が映画監督として活動を本格的に始めた1970年代には、テレビメディアつまりヴィデオの台頭が目立ちました。ドイツでは、地方映画館の衰退が顕著になり、映画文化が衰退する一方で画一的な映像を届けるテレビがそこに取って代わろうとしていました。

1975年に公開された映画『さすらい』には、多くの錆びれた地方映画館が印象的に登場します。この頃から彼はフィルムによる映画言語を守ろうとしていたのだと思います。

さらに1982年に彼は、フィルム映画とヴィデオという2つのメディアの将来を問うドキュメンタリー映画を製作しました。それが『666号室』という作品です。ゴダールやスピルバーグもこの作品に出演し、フィルムによる映画言語の将来について意見を述べています。



そんな彼のフィルム映画へのこだわりがこの『パリ、テキサス』に反映されていることは言うまでもありません。

ヴェンダースは映像(イメージ)をどう見たか?

 もう一つこの映画には、彼の映像観が反映されています。

彼は物語に基づいて映画を撮っていくのではなく、撮りたい映像の連続が物語を生み出すと考えている映画監督です。そのため彼の映画作品は、一つ一つの映像に秘められたい「イメージ」を細かく読み解いていくことで、その物語性を読み解く事ができるようになっています。

彼は、映画を撮影する際に、予算を得るための仮の脚本は書くのですが、撮影を始めると時にその脚本を無視して、撮りたい映像をどんどん撮っていき、それと同時進行で脚本を書き進めていくというようなスタイルを取っていました。これが彼がハリウッドのシステマチックな映画製作の現場に馴染めなかった一つの要因でもあります。

それはヴェンダースが「観ること」を映画における最大のアドバンテージと考えているからです。そして『パリ、テキサス』はその一つの集大成ともいえる作品です。

映画『パリ、テキサス』がなぜアメリカ的なのか?

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©1984 REVERSE ANGEL LIBRARY GMBH, ARGOS FILMS S.A. and CHRIS SIEVERNICH 映画『パリ、テキサス』より引用

次にこの映画がアメリカ的である理由を語っていこうと思います。この『パリ、テキサス』という作品は、あらすじを読むと家族物語、夫婦の愛の物語だと感じるのですが、それ以上にこの映画はアメリカ西部劇的なのです。

西部劇とは、一般に19世紀後半のアメリカ西部のフロンティアを舞台にした活劇メロドラマのことを指します。しかし、あらすじだけを読んでもそんな要素はあまり感じられません。ただヴェンダースは、作品のプロットやモチーフに西部劇的な要素を散りばめています。

冒頭のテキサスの荒野。男性同士の掛け合い。トラヴィスがヒューストンの場末のバーで飲むショットグラスのバーボン。トラヴィスが履いているブーツ。そして何よりこの作品が、「男は黙って女の下から去る」という極めて西部劇的な幕切れをしている点も印象的です。

典型的な西部劇とは時代も設定も何もかも異なるのですが、一つ一つの要素を読み解いていくと、極めて西部劇的なのです。この全く新しい西部劇的アプローチが当時アメリカ映画界を震撼させました。

アメリカ映画的でありながら、それ以上のものを作り上げてしまったからです。この作品を認めまいとした批評家も多くいましたが、後に『レインマン』が絶賛されたことを見ても、それはもはや負け犬の遠吠えでした。

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その年のアカデミー賞作品賞を受賞した『レインマン』を語る上で、『パリ、テキサス』の影響を受けていないと断言することはもはや不可能です。キャラクターの配置からプロット、車でのシーン、それ以外にも影響を受けたであろう要素が散見されます。

この事実は、ヴェンダースが『ハメット』で苦い経験をさせられたハリウッド映画界に加えたリベンジがいかに鮮烈であったかを一層際立たせています。




4つの印象的なシーンを解説

冒頭の荒野のシーン

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©1984 REVERSE ANGEL LIBRARY GMBH, ARGOS FILMS S.A. and CHRIS SIEVERNICH 映画『パリ、テキサス』より引用

 この映画のオープニングではひたすらに荒涼とした砂漠の風景と、そこを歩くくたびれたトラヴィスだけが映し出されます。

一方で、弟のウォルトが病院から脱走した彼を車で迎えに来るシーンでは、彼は草地を歩いており、その先には街へと続く1本の道が映し出されます。そこで車でやって来たウォルトとトラヴィスが再会することになります。

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©1984 REVERSE ANGEL LIBRARY GMBH, ARGOS FILMS S.A. and CHRIS SIEVERNICH 映画『パリ、テキサス』より引用

 冒頭の荒れ果てたテキサスの砂漠は主人公のトラヴィスという男が失踪し、世の中との繋がりを断絶してきた4年間をまさしくイメージさせてくれます。さらに、そこに映し出される1本の道は、彼がこの後家族の下へと戻り、その関係性を修復させていくことを予感させます。これをセリフやナレーションにすることなく、映像だけで我々にイメージさせてしまうところ にヴェンダースがイメージの映画監督といわれる所以が凝縮されているように思います。」

「パリ」について

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©1984 REVERSE ANGEL LIBRARY GMBH, ARGOS FILMS S.A. and CHRIS SIEVERNICH 映画『パリ、テキサス』より引用

 この作品のタイトルである「パリ」と聞くと、フランスの都市を想像しますが、ここでのパリはテキサス州にある砂漠の町についている地名です。トラヴィスはこのテキサス州の「パリ」に土地を買っていて、いつか家族とそこで暮らすことを夢見ていたのです。ただこの映画で実際に「パリ」に赴くことはありません。トラヴィスが通販で土地を購入した時に貰った1枚の写真が映し出されるのみです。

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©1984 REVERSE ANGEL LIBRARY GMBH, ARGOS FILMS S.A. and CHRIS SIEVERNICH 映画『パリ、テキサス』より引用

 ただ辿りつかないがためにこの「パリ」が作品の重要なイメージとして成立しているのです。1枚の小さな写真を見つめるトラヴィス。それは1つの場所以上の意味を持っています。

これは彼が辿りつきたいが、辿りつくことのできない「どこか」なのです。自身の両親が愛を誓い合った「パリ」には、愛が、家族が、幸せが、求める何もかもがあると彼は信じてやまないのです。しかし、彼はそこにはたどり着く事ができないのです。

「パリ」を目指しているにもかかわらず、そこにたどり着けないトラヴィスの苦悩は、そのまま彼が愛、家族、幸せを選ぶ事ができない苦悩をイメージさせるのです。また本作の結末を暗示しているとも取れます。

1枚の写真に、1つの土地にいかに多くのイメージを付与していることが分かります。

8ミリフィルムを見たトラヴィスの涙

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©1984 REVERSE ANGEL LIBRARY GMBH, ARGOS FILMS S.A. and CHRIS SIEVERNICH 映画『パリ、テキサス』より引用

本作の中盤で、トラヴィスがウォルトの家族たちと8ミリフィルムを見るシーンがあります。本作の中でも有数のエモーショナルなシーンでしょう。

フィルムに焼き付けられていたのは、トラヴィスが妻のジェーンとハンターと過ごした幸せなひと時でした。しかし、もうそこに映る幸せな家族は存在しません。

ただ、このフィルムがトラヴィスに、そしてハンターに「家族」を思い出させてくれます。何も語ることはありませんが、静かに涙を流す彼の姿は印象的です。

このシーンには、まさしく彼のフィルム映画への思い入れが反映しています。ヴェンダース監督にとって映画は「記録」であるという側面が非常に強いのです。これはリュミエール兄弟来の映画の原初的な存在意義でもあります。

時間は常に止まることなく流れていくもので、この一瞬は1秒後には過去になって消失していきます。映画とは、その時間の摂理に抗う一つの方法とも言えるでしょう。

8ミリフィルムに焼き付けられた「幸せな家族」の映像が本作中で重要な役割を果たしているのは、まさしく彼のフィルム映画への強いこだわりの表れですよね。

トラヴィスとジェーンの再会

このシーンはヴェンダース監督がイメージの映画監督と言われる所以を体現したものでもあります。4年ぶりの夫婦の再会というシーン。セオリーから言うのであれば、夫婦が向かい合う配置で横からのカメラによるショットにするのが通常でしょう。

 しかし、彼はこのシーンにマジック・ミラーというギミックを用意しています。これによりトラヴィスからジェーンの姿は見えるが、ジェーンからトラヴィスの姿は見えないというシチュエーションを作りあげているのです。さらに、トラヴィスはジェーンに背を向けて、部屋に取り付けの電話で語りかけます。それをトラヴィスの正面に配置したカメラで撮っているのも印象的です。

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©1984 REVERSE ANGEL LIBRARY GMBH, ARGOS FILMS S.A. and CHRIS SIEVERNICH 映画『パリ、テキサス』より引用

 この撮影の仕方こそがまさに「イメージ」を生み出しているのです。4年ぶりに再会した夫婦がお互いに見つめ合うこともないまま、電話越しに話をしているのです。これは2人がお互いの姿そのものではなく、お互いの「イメージ」と会話しているとも言えます。

お互いがその声だけを媒介として、空白の4年間とその間の複雑な心情を推しはかりながら会話をしています。そして映画を見ている我々は、本編でほとんど語られることの無い2人の空白の4年間を、2人の表情からイメージすることができるわけです。

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©1984 REVERSE ANGEL LIBRARY GMBH, ARGOS FILMS S.A. and CHRIS SIEVERNICH 映画『パリ、テキサス』より引用

 その後のシーンで、部屋の明かりを消したことで、ジェーンの部屋からもトラヴィスの姿が見えるようになって、ようやく視覚的な再会を果たします。ただお決まりのワンフレーズを絶対に言語化しません。それは「愛している。」の一言です。それすらもようやく向かい合った2人の表情にすべてを託しているのです。

ラストシーンのジェーンとハンターの再会においても「愛している。」というセリフは登場しません。

言葉にせずとも映像だけで、「イメージ」だけで物語を伝えようとするまさにヴェンダースという映画監督の真骨頂です。

参考:『ゴーンガール』の例のシーンは『パリ、テキサス』に影響を受けている??

おわりに

ヴェンダースの映画は作られた時点では、物語として完成していないという見方さえできると思います。彼の映画はそれを見る我々が「イメージ」によって物語として完成させるものなのです。これほど「見ること」に、映像そのものに、多くを委ねようとする映画監督は他にいないと思います。

作品を見ていない方には、ぜひこの『パリ、テキサス』を見ていただきたいですし、興味を持った方は、ぜひ他のヴィム・ヴェンダース作品もチェックして見て欲しいと思います。

ヴェンダース監督の映画と当時のハリウッド映画がどう違ったのかという点を比較してみたい方には、『ベルリン・天使の詩』と『シティ・オブ・エンジェル』を見比べてみてください。

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後者はニコラス・刑事が主演の『ベルリン・天使の詩』のハリウッドリメイク版です。

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今回も読んでくださった方ありがとうございました。




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