映画『水は海に向かって流れる』感想:どんな怒りや苦しみもいつかは流れていく

本記事は一部、作品のネタバレになるような内容を含みますので、鑑賞後に読んでいただくことを推奨します。

作品情報

水は海に向かって流れる
<スタッフ>

  • 監督:前田哲
  • 原作:田島列島
  • 脚本:大島里美

<キャスト>

  • 榊千紗:広瀬すず
  • 熊沢直達:大西利空

映画『水は海に向かって流れる』感想

①小さな波紋が少しずつ静止した水を動かしていくように
②大人にならざるを得なかった少女が取り戻す青春
③あらゆる感情の終着点としての海

①小さな波紋が少しずつ静止した水を動かしていくように

©2023映画「水は海に向かって流れる」製作委員会 (C)田島列島/講談社

静止した水面に、小さな石を落とす。その小さな石は水面に波紋を広げていく。

水の質量と比較した石の質量はとてつもなく小さいのに、その波紋は大きく広がっていき、静止した水面に動きをもたらすのだ。

私たちの生活においても、大きな変化をもたらすきっかけは些細なものであることの方が多い。

塞ぎこむほどの苦痛がちょっとしたきっかけで和らいだり、偶然の出会いで人生が大きく変わっていくなんてことは、日常茶飯事だと思う。

『水は海に向かって流れる』という作品は、そうした「小さな石」とそれがもたらす「波紋」の感覚をドラマの中にしっかりと落とし込むことに成功している。

何か大きな出来事が起きるわけではなく、全体を通して落ち着いたトーンが一貫しているのだが、熊沢直達と榊千紗のボーイミーツガールがさまざまな人の生き方や考え方、あるいは感情に少しずつその影響を広げていく作りになっているわけだ。

1つの出来事が別の出来事を引き起こし、ある人の感情が別の人のある感情を引き出し、ある人との出会いが別のある人との出会いをもたらす。

そうした連鎖性が作品の中に見え、不思議と作為性を感じさせない。

②大人にならざるを得なかった少女が取り戻す青春

©2023映画「水は海に向かって流れる」製作委員会 (C)田島列島/講談社

本作のヒロインである榊千紗は、一言で言い表すと、「大人にならざるを得なかった少女」である。大人になることを強いられたという言い方もできるだろうか。

高校生の青春真っ盛りに、母親が不倫をして、家を出てしまったことで、彼女は何かに絶望し、大人ぶることで、心の不安定さを覆い隠す他なかった。

彼女は、どんなことに対しても諦念を抱き、向き合うことを避けようとするきらいがある。それが彼女なりの「大人になる」ということだったのではないかとも思う。

だが、熊沢直達は、彼女の「大人にならざるを得なかった少女」としての側面を見透かしている。

いくら強いお酒を飲んでも、財布から大金を出しても、物分かりの良いふりをしても、どこか大人になり切れていない。いつもどこかに、置き忘れてきた青春や子どもらしさが顔を覗かせている。

最終バスがなくなり宿泊することになった宿で、彼女が直達に提案するのは、枕投げや恋バナだった。これも彼女が子ども時代に、あるいは青春に置き忘れてきた何かなのだろう。

ラストシーン。やっぱり物分かりのいいふりをして、きれいに身を引こうとする彼女。

「恋愛はいつか終わるんだよ。」

なんて冷めた言葉なのだろう。でも、きっとそれが現実だ。

しかし、そんな彼女を直達はつなぎとめようと試みる。青臭い言葉で。

そんな彼の言葉に対して、千紗が見せる戸惑いと微笑み。

『水は海に向かって流れる』はラストカットをそんな彼女の表情に託している。

それは、直達の言う青臭い理想を少しだけ信じてみてもいいのかなと、彼女が自分自身を許すことができた瞬間なのかもしれない。

③あらゆる感情の終着点としての海

©2023映画「水は海に向かって流れる」製作委員会 (C)田島列島/講談社

映画を見ていて、『水は海に向かって流れる』というタイトルないし言葉が素晴らしいなと純粋に感動した。

私たちは生きていく中で、さまざまな感情に直面する。

その多くは一時的なもので、すぐになくなっていくが、大きな感情や激しい感情は、永遠に自分の中に残ったままになるのではないかと思わせるほどに、心を占領し、支配するものだ。

本作のヒロインである榊千紗にとっての、母親に対する感情も、長らく彼女の心を支配し続けてきたものである。

すごく長い時間が経過しているにも関わらず、彼女はその感情に囚われ、自分が幸せな人生を手に入れることを放棄しようとしている。

彼女は、言わば高校生時代に母親に対して振り上げた拳を下せないままに、大人になってしまい、今もその拳の行く先を探し続けているわけだ。

それでも、直達との出会いがもたらす波紋は、彼女の静止した感情を少しずつ動かしていく。

平野の川沿いにあるシェアハウスで展開された物語は、下流にある千紗の母親の現在の自宅へと舞台を移し、行き場を失い静止していた彼女の感情は海へとたどり着き、優しく昇華する。

どんな感情も、苦悩も、怒りも、絶望も。

ずっとそこに残り続けるなんてことはなくて、あらゆる水が海へと流れていくように、いつかはどこかに流れ去っていくんだと思うと、少しだけ気持ちが楽になる。

今、自分の中にあるこの感情にも向き合えそうな勇気が湧いてくる。

長い時間が経った後に、この映画の内容は忘れてしまっているかもしれないが、「水は海に向かって流れる」という美しい言葉はずっと覚えていられるような気がする。