【ネタバレあり】『クワイエットプレイス』感想・解説:ポストアポカリプスの世界とイエスの愛

アイキャッチ画像:(C)2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『クワイエットプレイス』についてお話していこうと思います。

すでに全米で公開されており、大手批評家サイトのRotten Tomatoesでも90%以上の批評家からの支持を獲得するという話題作となっております。

今回はそんな話題作の感想と解説を書いていこうと思います。途中から一部ネタバレありの内容を含めていこうと思います。

良かったら最後までお付き合いください。

感想:これを映画館で見る時は注意が必要だ!!

この映画のすごいところってそのファーストカットなんですよね。世界が突然大きな危機に見舞われて崩壊していく映画と聞かれて、私がすぐに思いつくのは『ミスト』と『デイアフタートゥモロー』です。ただこの2作品の共通点として作品の中で、世界が崩壊し始める前の世界と、そしてそのプロセスが明確に描かれているというポイントがあります。

ナガ
でも『クワイエットプレイス』は違うんだよね?

そうなんですよ。実は『クワイエットプレイス』ってその世界が崩壊するまでの過程を一切描いていないんです。物語が始まると最初に映し出されるのは、崩壊した街の道路に落下して風化している信号機のカットです。

つまりこの作品はアポカリプスが人類に降りかかる様を描いているのではなくて、ポストアポカリプスの世界を描いているんですよ。

ナガ
それって『マッドマックス2』の世紀末の描き方に似ているよね!

実はそうなんです。この映画の冒頭のシーンを見た時に最初に思い出したのは、『マッドマックス2』でした。特に経緯はわからないけれども、世界が崩壊していて、我々はその世界にいきなり放り込まれるんです。

基本的に映画って我々に物語を最初から最後まで見せてくれるものなんですが、この『クワイエットプレイス』という映画はそれをしていないんです。我々に物語の最初から説明してくれるなんてことはなくて、いきなり物語の途中から参加させられることになるわけです。

これが何を意味しているのかというと、映画の開始1秒の時点でこの映画の「静寂の世界」は始まっているということです。

そうなってくるとこの作品を映画館で見る時に、いつも以上にノイズの問題が気になってくるわけですよ。私も普段映画を見ていて、多少話し声が聞こえるですとか、食べ物の咀嚼音がうるさいですとか、持ち込んだ食べ物を漁るガサゴソ音が聞こえてくるなんてもうそんなに気になりません。

ただ『クワイエットプレイス』に関してだけは作品が作品だけにどうしても気になってしまうと思います。なぜなら先ほども説明した通りで開始1秒の時点で「騒音=死」を意味する世界へと突入していくからです。

作品そのものが極限まで「静寂」や「音」に気を使ってくれているのに、観客が自分たちの騒音でそれを台無しにしてしまっては元も子もありません。

昨年『IT~それが見えたら終わり~』という作品が日本でも大ヒットしましたよね。私も映画館に見に行きました。映画館は嬉しいことにほとんど満員で、普段はあまり映画を見ないような層も見に来ているんだなぁと少し嬉しくなりました。ただ上映が始まると、マナーの悪さが目立ち、ホラー映画を真剣に見るには向いていない劇場の雰囲気だったな・・・と感じてしまいました。

おそらくというか、個人的な憶測ではありますが、『クワイエットプレイス』は日本でも大きな話題になると思いますし、ヒットするのではないかと思っています。『IT』や『ドントブリーズ』といったホラーは日本で大ヒットしましたからね。

もちろん多くの方が映画館に足を運んでくださるということは嬉しいことですし、映画ファンとしてはこの上ない喜びです。ただ、映画館が必然的に賑わい、それにともなって劇場のマナー面での懸念は大きくなると思います。

ナガ
静かに『クワイエットプレイス』を見たいんだったら、他の観客のマナーあてにしたらだめじゃない?自己防衛、投資、海外移住、日本脱出だよね。映画館なんかあてにしちゃだめ!

何か聞いたことのあるお言葉ですね。まあ投資や海外移住といったことは置いておいて、結局「自己防衛」するしかないというのが現状です。この作品をできるだけ”静かな”環境で堪能したいという方は、人の少ない時間帯や混雑しない映画館をチョイスするしかありません。

またもう1つの手立てとして、最低限の英語が分かるという方限定になるとは思うんですが、海外版のBlu-rayを購入して自宅や自主上映会用の小さなシアタールームで鑑賞するという手段がありますね。かくいう私は自宅にプロジェクターやら音響類をある程度設置してあるので、海外版を購入して、その設備で鑑賞しました。

とにかくできるだけ多くの方が不快な思いをせずに映画館で静かに『クワイエットプレイス』を堪能できるよう祈っております。先ほども申し上げましたが、この映画は最初から「静寂の世界」に突入します。ですので、映画開始直後はざわざわとなりがちですが、まずは自分から音を出さないように気をつけましょう。

また冒頭のシーンで食料品店の棚にスナック菓子がまだ残っている描写が映し出されています。なぜ食糧難なのにも関わらず、スナック菓子が残されているのかというと、もちろん騒音が出てしまうからですよ。この描写ってまさに映画を見ている我々を映画の世界に引き込むための些細な仕掛けなんだと思いました。

みなさんいつもは何の注意も払うことなく食べているそのポップコーン・・・お気をつけくださいね。騒音を立てると次に〇されるのは、あなたかもしれませんよ?

そんな具合でして、マナー問題にあまり厳格になりすぎるのは、個人的にあまり好みではないですが、この作品に関していうのであれば、「映画館のマナーを守ることが映画を楽しむことに繋がる」という側面があります。

ナガ
ぜひ楽しくマナーを守って、映画も楽しんでください。

ではここから作品のネタバレになるような内容を含みますのでご注意いただければと思います。

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映像による世界観の表現の巧さ

ナガ
説明がほとんどないのに彼らが置かれてる状況がちゃんと分かるんだよね!

この映画は、過剰な音声演出が出来ないという映画としては大きすぎるハンディを背負っているんですよね。映画において音という要素がどれだけ大切なのかは言うまでもなくお分かりかと思います。

しかし、本作はそんな映画として致命的すぎる弱点をむしろ長所に変えています。それが本作の映像的な素晴らしさに反映されています。

例えば、色の使い方ですよね。先ほども触れましたが、本作の最初のカットでは信号機が映し出されるんですよ。もちろん壊れていますから青・黄・赤といった色は失われています。

リーたちが暮らしている家のシーンになると、彼らの家の周辺には照明が張り巡らされているんですよね。そしてその色はもちろん黄色いですね。その後、エブリンが産気づき、エイリアンたちが家に襲来すると、その照明の色が黄色から赤色へと転じます。

つまりこれは信号を表す照明の使い方なんですよね。通常であれば、警告音や警報を鳴らせばよいわけですが、この作品では音が過剰に使えませんから、代わりに信号機を表す色で視覚的に「危険」を表現しているわけです。非常に面白い試みですよね。

また作品の世界観の説明をほとんどしてくれないんですが、街の至るところに貼られていた「行方不明者」の貼り紙であったり、リーの部屋に貼られていた新聞の切り抜きであったりという何気ない視覚情報が世界観を説明してくれているんですよね。

だからこそこの映画は画面の隅々まで目を凝らしてみておく必要がありますし、気を抜いている暇はありません。

キリスト教的な側面から見た『クワイエットプレイス』

この作品が強く価値観を反映した作品であることは、間違いないと思います、そうでなければ、わざわざ「静寂を保たなければ死」という鉄の掟が存在する世界で子作りをしてしまうなんて愚行は説明がつきません。

そもそも映画『クワイエットプレイス』の世界には、ほとんど人間という人間が登場しません。そして人々は救いを求めて「叫ぶ」ことすら許されていません。「叫ん」だところで、やってくるのは神などではなく、エイリアンで、自らを抹殺するのみです。

ある意味でこの作品の世界観はニヒリズム的な世界観に裏打ちされているんですよね。神など存在しておらず、自分たちはただ虚無の世界で生きるしかないという、もはや人々が信じるべき基盤を失った世界を描いています。

それでもリーの家族たちは「信仰」を捨てていないんですよね。その様子が現れているのが、食事シーンであったり、リーがしきりに家族に「愛」を伝えようとする一連のシーンです。

食事のシーンは印象的で、彼らはポストアポカリプスの世界で、食事の前に「祈り」を捧げています。さらに食事のシーンを見ていると、そこには「魚料理」が並べられています。食糧難の時代なんだから自給自足で補給できるタンパク質が必然的に魚類になるということは自明ですが、それ以上に魚とキリスト教の結びつきは強いとされています。

ナガ
みなさんはこんなマークを知っていますか?

これはいわゆる「ジーザスフィッシュ」というキリスト教徒のシンボルなんですね。なぜ魚のマークがシンボルなのかと言いますと、それはローマ帝国のディオクレティアヌス帝政期にキリスト教徒は迫害の対象になったんです。この時にキリスト教徒たちが、「キリスト教徒であることを示すための」勘合(日本で室町時代の貿易に使われた札)のような形で用いられたのが魚の文様だったんですね。

また他にも面白い事実がありまして、レオナルドダヴィンチが描いた『最後の晩餐』という名画がありますよね。この名画の中で食卓に並んでいた料理って不明とされていたんですが、この画が修復された際に判明しまして、その中に魚料理があったことが判明したんですよ。(定説としてはウナギ)

そう考えると、リーの家族の何気ない食事シーンもキリスト教を示唆するものに見えてきますよね。というよりも「最後の晩餐」を彷彿させる光景に見えてくるわけです。

そして「家族愛」に関する描写ですよね。音のない世界の中で声に出して「愛」を伝えるのが難しい中で印象的なのはリーとエベリンが2人でイヤホンの音楽を聞きながら踊るシーンです。このシーンで使われた音楽はニール・ヤングの「Harvest Moon」です。

この曲は月の夜にダンスを踊りながら、愛を伝えるというかなりシンプルな歌詞の楽曲になってはいるんですが、音声言語が使えない世界の中だからこそ、こういう音楽で愛を伝えるという手法が生きてきますよね。「月がきれい」が愛の告白になるみたいな情緒を感じました。

そして本作の中で最もキリスト教的であると言えるシーンはやはりリーの最期ですよね。彼は子供たちに「愛している。いつもお前たちのことを愛している。」と告げ、自らが犠牲になることで子供たちの命を救います。

家族を愛すること、それを超えたもっと普遍的な「愛」。そして自らの命を捧げるという自己犠牲。加えて彼の復活とも捉えられる「男の子」の誕生と、彼が生み出した補聴器によるエイリアンたちへの反撃の狼煙。リーの姿がイエスキリストに重ならないはずがありません。

そう考えてみると、本作は神への信仰が失われた世界の中で、新たなるイエスが十字架を背負い、そして復活するというある種の新世界誕生譚だったのかもしれません。

併せて見ておくとキリスト教への理解が深まる映画として『マザー!』を挙げておきます。こちらは旧約聖書の創世記が深く絡んだ内容となっています。

まあツッコミどころはあるよね『クワイエットプレイス』

ナガ
この手の映画にツッコミを入れ始めたら負けだよ・・・(笑)

本作が素晴らしい映画であるということは置いておいて、それでもいろいろとツッコミを入れたくなる映画であることは間違いありません。今回は思わずツッコミを入れたくなるポイントをいくつかご紹介してみようと思います。

そもそもなぜ子供を作ってしまったんだ!?

ナガ
まったく・・・やれやれだぜぇ・・・。

ここに関しては多くの人が疑問に感じたのではないかと思います。というのも「騒音」1つで死がもたらされる世界の中で出産なんてリスクが高すぎるのは当たり前ですよね。ただ彼らはそれでも子づくりをポストアポカリプスの世界でしてしまっているわけです。

彼女が妊娠しているのが、450日目以降なので彼らが子どもを作ろうと決意したのがエイリアン襲来後の世界であることは間違いありません。一応子供が生まれた時のための設備は整えていたようですが、それにしても軽率すぎる行動なのではないかと思われます。

メタ的に見ると、作中のこの出産という行為には意義があるのですが、単純にスリラー映画として見た時に、彼らの子供を作るという決断があまりにも愚かなのではないかと思えてしまうのは当然ではないでしょうか。

というか電力源はどこにあるんだ?

この映画を見ていて、こんな世紀末の世界で一体どこから電気がやって来ているんだと疑問に思った方は少なくないでしょう。

しかし目を凝らしてこの映画をよく見ていると、その答えははっきりします。本編開始から25分くらいのところでリーが道に防音用の石灰を撒いているようなシーンがありますよね。このシーンで彼らの家の屋根が映し出されていて、そこにはソーラーパネルが設置されています。

(C)2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

つまり彼らが生きていく中で必要な電力に関しては太陽光発電で賄われていることが仄めかされているわけです。

階段の釘を踏んでしまうシーンはアホすぎないか?

ナガ
まあこれはパニック映画のお約束だから・・・

映画『クワイエットプレイス』の中で、エブリンが荷物を地下から引き揚げる際に階段に刺さっていた釘を立てらせてしまうんですね。そしてその後出産を控えた時に、地下へと移動していくんですが、その際にご丁寧に自分が隆起させた釘を踏んで絶句するシーンがあるんです。

このシーンを見ていて、いや荷物が引っ掛かった時に何に引っかかったのかくらいは原因究明して、その時に修繕しておけよとツッコミを入れたくなるシーンではありますよね。

しかもその釘が立ち上がったことを一番知っていたであろうエブリンが釘を踏みつけて、その釘がそのままであるにも関わらず、他のキャラクターたちは釘を踏まないんですよね・・・(笑)。何というミラクル。

ただこういう少しアホらしいシーンはこの手のパニック映画のお約束ですから・・・(笑)。あまり気にしすぎると映画の楽しみが半減してしまいます。

父ちゃん叫ぶ必要あったの?

この映画において実はエブリンが地下室で一度試みているんですが、時間式タイマーのアラーム音でエイリアンを別の場所に誘導して、自分はその間に逃亡するというテクニックが有効であることが明かされています。

であれば、本作の終盤で父ちゃんは本当に自分が犠牲になる必要があったのか?という疑問は当然ついて回ると思います。どこか他の場所で騒音を立てて、そこに誘導するという手段はなかったんですかね。

メタ的に見ると、このシーンがリーとイエスが重なるシーンであり、作品の主題的にも重要であることは自明なのですが、幾分「無駄死」感も否めないシーンとなっております。

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考察:『クワイエットプレイス』が描いたのは言論・思想統制?

さて映画『クワイエットプレイス』が描いたのは「騒音=死」が印象的な世界観でしたよね。この世界では常に「静寂」が求められ、声をあげることは許されません。

その設定を考えてみると、この作品が描いたのは言論や思想の統制されたディストピアだったのではないかと思わされます。

地球に襲来した謎の生命体は、異常なほどに聴覚が発達しており、少しでも音を立てるとそれを聞きつけて現れ、その音の発信源を消し去ります。しかも彼らは人間を捕食するために殺しているわけではありませんよね。あくまでも「ノイズ」を消し去るためだけに人間を殺しています。

人間は歴史の中で何度も思想や言論の統制や弾圧を繰り返してきましたよね。先ほども書きましたがいリスト今日だってローマ帝国のディオクレティアヌス帝の治世では弾圧の対象とされていたわけです。第2次世界大戦中のドイツや日本では厳しい言論・思想統制が行われていました。逆らうようなことがあれば、逮捕され、厳しい罰を受けることとなりました。中国のような国では今もそういった統制が生きています。

そういう統制が敷かれた世界の中では、一切の「ノイズ」は許されず、1つの方向性へと思想が誘導されていくこととなります。そしてその流れに逆らうようなことは認められません。

『クワイエットプレイス』という作品には、そんな統制され、「ノイズ」を生み出すことが許されない世界という世界観が反映されています。だからこそこの作品のエイリアンの弱点もまた「ノイズ」なんですよね。

自分たちが快適に暮らすために、それを妨げる「ノイズ」を消し去ることに固執するエイリアンは大きな「ノイズ」を聞かされると過敏な聴覚が刺激され、苦しみます。

思想的な全体主義の流れが生まれた世界でそれに逆らうことはとても勇気が要ることであり、難しいことです。自分の命を危険にさらす可能性だってあります。それでも自分の考えをしっかりと持ち、信念に基づいて自分の考えを主張し「ノイズ」をあげていくことが大切であるという、現代の、そしてこれからの世界に生きる我々に大切なことを教えてくれる映画のようにも思えました。

おわりに

『ドントブリーズ』もアイデア的には似ている作品ですし、『クワイエットプレイス』が全く革新的な試みの下で撮られた映画かというと決してそうではありませんが、「静寂」に対する誠実なこだわりが見られる演出と視覚的な情報の雄弁さが相まって非常に見応えのある映画となっています。

とにかく映画を見ている最中に、見ている自分も「ノイズ」を立てられないぞ・・・と思わせてくれるような緊張感が、約90分間にわたって持続するのが素晴らしいと思いました。またこの90分という尺が絶妙ですね。これが2時間続くと間違いなくだれると思いますし、1時間だと少し短すぎてインパクトに欠けます。そういう意味でも90分尺は絶妙なバランスだと思います。

パニック映画らしいツッコミどころは満載で、この手の映画を見ている人には「お約束」だなぁと感じられるようなバカっぽさもありますが、総じて面白い映画だと思います。

ぜひぜひ映画館の音響で体感してほしいと思いますし、この作品をより良い環境で見るためにマナーの遵守にご協力いただけると嬉しいです。

この作品と合わせて見て欲しいのが、アカデミー賞で脚本賞を受賞した『ゲットアウト』という作品ですね。緻密に計算されつくしたプロットに思わずアッと言わされること間違いなしのホラーサスペンスです。良かったら当ブログの解説記事もどうぞ!

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

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