【ネタバレあり】『テルマ』解説・考察:聖書的な「善く生きる」に抗う少女の恋愛青春映画!

(C)PaalAudestad/Motlys

はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『テルマ』についてお話していこうと思います。

本記事はネタバレありで作品を解説・考察していく記事になります。作品を未鑑賞の方はご注意ください。

良かったら最後までお付き合いください。

『テルマ』

あらすじ

幼い頃の記憶を封印された少女テルマは大学生になり、都会の大学へと進学する。

内向的な性格であまり人と関わろうともしなかったが、ある日自分に声をかけてくれた少女アンニャに恋をしてしまう。

厳格なキリスト教の過程で育ったテルマにとって禁酒や同性愛は禁忌であった。

しかし、その欲望に抗えなくなるテルマ。

そんな聖書的な「善い生き方」からの逸脱が彼女のうちに秘められた力を呼び覚ましていく。

原因不明の発作。アンニャの失踪。不可解な現象がテルマの周りで次々に発生し始める。

テルマに秘められた謎の正体とは?彼女の幼少期に隠された秘密とは?

スタッフ・キャスト

ナガ
まずは本作の監督について!

本作『テルマ』の監督を務めたのは、ヨアキム・トリアーです。

『母の残像』というイザベル・ユペールやジェシー・アイゼンバーグが出演している作品でも監督を務めておられました。

またヨアキム・トリアー監督は、『ダンサーインザダーク』や『ニンフォマニアック』、『メランコリア』などで知られるラース・フォン・トリアー監督を親族に持つことでも知られています。

まさに新進気鋭のノルウェーの奇才と言える映画監督であり、今後が楽しみですね。

ナガ
続いてキャストについて!

本作で主人公のテルマを演じるのは、エイリ・ハーボーです。

何と1994年生まれということで、まだ24歳のノルウェー出身の女優ですね。

ナガ
劇中のワンシーンで何と裸体を披露しているよ!!

そういうところには当ブログ管理人は敏感でございますよ(笑)

映画のお風呂のワンシーンでエイリ・ハーボーさんが美しい裸体を披露されています。必見でございます。

その他のキャストはまだフィルモグラフィも存在しないような無名の役者さんが多いようですが、そんな印象を映画からはほとんど感じませんでしたし、ヨアキム・トリアー監督の演技指導が上手いのかもしれません。

より詳しい作品情報を知りたい方は公式サイトへどうぞ!

参考:映画『テルマ』公式サイト

ぜひぜひ劇場でご覧ください!!

『テルマ』解説:聖書的モチーフについて

本作『テルマ』を読み解いていく上でおおよそ欠かすことができないのが、キリスト教的なモチーフということになるでしょう。

というよりもこの映画の解説、ほとんど聖書界隈の話だけで済んでしまうかと思います。

ではここからいくつか解説していきますね。

烏(カラス)

旧約聖書のレビ記を紐解くと、こんな記述があります。

鳥のうちで次のものを忌むべきものとしなければならない。これらは忌むべきもので、食べてはならない。すなわち、はげわし、はげたか、黒はげたか、とび、はやぶさの類、烏の類全部、だちょう、よたか、かもめ、たかの類、ふくろう、みみずく、白ふくろう、ペリカン、野がん、こうのとり、さぎの類、やつがしら、こうもりなどである。

(旧約聖書レビ記第11章より引用)

ナガ
明確に「烏の類全部」と記述されているね!

そうなんですよ。基本的にキリスト教において黒い鳥って不吉の象徴なんですが、とりわけ烏(カラス)は忌み嫌われています。

ちなみにイエスは烏(カラス)という忌み嫌われた鳥でさえも神はお救いになると説教しました。

この点も知っておくと良いでしょう。

テルマがアンニャに好意を寄せ始めると現れた蛇。

この蛇は紛れもなく旧約聖書創世記からの引用でしょう。

さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。

女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。

へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。

(旧約聖書「創世記」第3章より引用)

蛇というのはつまりアダムとイブに禁断の果実を食べるように唆した悪魔なんですよ。

映画『テルマ』においてはテルマがアンニャに思いを寄せ、同性愛に身を委ねそうになっている時に、この蛇のモチーフが登場し、彼女を誘惑します。

鹿

鹿は元来ヨーロッパではその角が「魔除け」のために用いられていました。

家の軒先に鹿の角が飾ってある家も珍しくなかったと言います。

しかし、ヨーロッパにてキリスト教が伝播し始めると、一気にその状況が変化することとなります。

当初はイエスキリストに近しい存在であったと考えられ、聖獣ともされていた鹿ですが、キリスト教会は鹿を「狩りの対象」として刷り込み始めます。

これによりキリスト教において鹿は悪魔の象徴というイメージをも持つようになりました。

冒頭のシーンでテルマの父親は鹿を狙うように、自分の娘に猟銃を向けました。

ナガ
これは鹿=テルマという父親視点の描写だよね。

父親にはテルマという少女が悪魔の様に見えていたんでしょうね。

同性愛

旧約聖書のレビ記の中に近親相姦や同性愛についての禁忌が書かれている部分があります。

あなたは女と寝るように男と寝てはならない。これは憎むべきことである。

(旧約聖書「レビ記」第18章より引用)

何と、レビ記においては明確に同性愛は禁忌であると断定されています。

他にもコリント人への第一の手紙を紐解いてみましょう。

それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはないのである。

(コリント人への第一の手紙より引用)

このように元来キリスト教には同性愛を禁忌とする風潮が強い宗教でした。

現在でも宗派によってはこの考え方を厳格に貫いている人もいますし、その一方でキリスト教信徒でありながら同性愛を受容する人も多く存在しています。

ミルク

ミルクというモチーフもまたキリスト教的と言えるでしょう。

テルマはグラスに入ったミルクを飲み始めますが、その際に鼻血がこぼれ、ミルクが赤く濁っていきます。

旧約聖書の申命記を読んでみるとこんな記述があります。

ゆえに、わたしが、きょう、あなたがたに命じる戒めを、ことごとく守らなければならない。そうすればあなたがたは強くなり、渡って行って取ろうとする地にはいって、それを取ることができ、かつ、主が先祖たちに誓って彼らとその子孫とに与えようと言われた地、乳と蜜の流れる国において、長く生きることができるであろう。

(旧約聖書の申命記第11章より引用)

聖書の世界観において、乳と蜜が流れる土地というのは「豊かな土地」の象徴でもあります。

つまり乳と蜜は聖書的な豊かさを体現するモチーフなのです。

その乳をテルマの血で汚すという行為は極めて暗喩的と言えるでしょう。

火刑(火葬)

現在ではクリスチャンの間でも火葬が増えてきているというお話ですが、伝統的に聖書の考え方としては火葬というのは、禁忌とされていました。

ナガ
なぜ火葬が禁じられていたの?

ヨハネの黙示録などにおける最後の審判でしばしば示されていますが、キリスト教義的には死した人は蘇り、そして天国へ行くか、地獄へ行くかを審判されるという死生観が存在しています。

そのため火葬をしてしまうと、最後の審判が受けられなくなってしまうわけです。

これを逆に利用して、魔女狩りの際には火刑が用いられていたそうです。

物語の終盤にテルマの父が燃え上がりながら船から転落して死亡するシーンがありますが、これはキリスト教的に考えると、最も残酷な殺害方法ということになるでしょうね。

父母を敬う

テルマは厳格なキリスト教の家庭で育ったこともあり、両親に対して口答えすることができません。

聖書の中には親子の関係について次のような言及があります。

子たる者よ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことである。「あなたの父と母とを敬え」。これが第一の戒めであって、次の約束がそれについている、「そうすれば、あなたは幸福になり、地上でながく生きながらえるであろう」。

(エペソ人への手紙第6章より引用)

こういう教義がある以上、両親を敬うということは彼女にとって絶対条件でもありました。

この両親が定めた生き方に従うのか、それとも自分らしく生きる道を選ぶのかという選択が今作『テルマ』の中心命題でもありました。

『テルマ』考察:聖書的「善く生きる」に抗うテルマの「自分らしい」生き方

ここまでいくつかの聖書的モチーフについて解説してきました。

ナガ
とにかく言いたいのは本作の世界観は聖書に裏打ちされてるってことだね!

そうです。そしてここからはそれを踏まえてテルマという少女の物語を読み解いていきます。

まず、彼女は父親が支配する家の厳格なキリスト教観に縛られて生きてきました。

そのため彼女にとっての「善く生きる」とはキリスト教教義に従うことです。

しかし、都会の大学に入り、アンニャという女性に出会ったことが全てを変えていきます。

テルマはアンニャに恋心を抱くわけですが、先ほども述べたように厳格なキリスト教観において同性愛は禁忌です。

それを破るということはこれまで自らがしたがってきた教えに背くことを意味しています。

キリスト教の教えに従って生きるのか、それとも自分の思いに従って生きるのかという人生の選択を迫られたことで彼女の精神状態は不安定になっていきます。

そうして彼女はアンニャという存在を秘められた力によって抹消してしまいます。

幼少期に自分から母親を奪っていった弟を葬り去ったように、自分の生き方を惑わせるアンニャという存在を消し去ることで迷いを断ち切ろうとしたわけです。

その後、家族の下へと戻ったテルマは再び父親とキリスト教の教えに従って生きることで平穏を取り戻そうとします。

しかし、そんな自分を葬り去ろうとしている父親の意志に気がついてしまった彼女は自らの意志で父親を殺害します。

それもキリスト教的に最も残酷であるとされる火刑に処してしまうのですから恐ろしいですよね。

イエスは「父なる神」とも言われますので、このシーンはテルマがキリスト教の象徴的存在であるイエスを火刑という「もう復活することができない形で」葬ったシーンと捉えることもできるでしょう。

オイディプス=コンプレックス的な視点から見ると、「父殺し」の表象でもありますから、父親を殺害することでテルマは一人前の大人になるためのイニシエーションを通過したとも考えられます。

つまり『テルマ』という映画は主人公のテルマがこれまで自分を縛り付けてきた生き方と自分の望む生き方の狭間でもがき苦しみ、その結末として後者を選択するという青春映画なんですね。

巷ではホラー映画だのなんだの言われていますが、要約すると青春映画ですし、それ以上にラブストーリーです。

家族や宗教に逆らってでも、自分の望むものを得ようとするテルマの姿が現代の社会にどう受け入れられ、どんな印象を与えるでしょうか?

おわりに

いかがだったでしょうか。

今回はヨアキム・トリアー監督の映画『テルマ』についてお話してきました。

すごく謎めいた作品のように描かれていますが、物語の大筋は至ってシンプルでして、あとはキリスト教や聖書についての知識がある程度あると、スムーズに飲み込めるというくらいでしょうか。

ホラー映画と言うので、かなり身構えて見に行ったんですが、全然そんなことは無くて、むしろ青春映画の味わいだったと思います。

ナガ
というよりもラブストーリーかな?

家族を失ってでも、愛する人を手に入れるんだ!という強い衝動に動かされたテルマの物語に、すごく勇気をもらえたような気がします。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

関連記事

最後に当ブログの中でキリスト教や聖書に関連付けた解説や考察を書いた記事をいくつかご紹介しておきます。

映画『レディバード』

この映画もキリスト教的な視点を青春映画に織り交ぜた作品となっています。Rotten Tomatoesで95%超えの高評価を受け、アカデミー賞にもノミネートされました。

参考:【ネタバレあり】『レディバード』感想・解説:キリスト教的な「親への愛」を主題に絡めた親子の物語とは?

映画『マザー』

この映画は旧約聖書の内容を多分に踏襲した映画になっています。ぜひぜひ旧約聖書の内容と照らし合わせつつお楽しみください。

参考:【ネタバレあり】『マザー!』解説・考察:旧約聖書的モチーフが散りばめられた謎多き映画の正体とは?

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