【ネタバレなし解説】 「虐殺器官」の意義と今見るべき理由とは?

はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

2月3日より「Project Itoh3部作」映画化企画の最後を締めくくる「虐殺器官」が劇場公開となりました。

今回はその伊藤計劃さんの「虐殺器官」についてネタバレ無しでお話していこうと思います。

良かったら最後までお付き合いください。

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作品の概要

「虐殺器官」という作品は夭折の作家伊藤計劃氏のデビュー作で2007年に発表された作品であります。発表当初から日本SF小説界に大きな影響を与え、後に、日本SF作品が伊藤計劃以前・以降の文脈で語られるほどに日本SF史において重要な人物となったのです。

この作品は2006年に第7回小松左京賞への応募作品として製作された作品です。選考委員会の目から見ても、その才能は明らかだったそうで、検討会議の席でも予選委員の全員が彼の「虐殺器官」に満点を つけたのだそうである。しかし、この作品が最終選考で受賞作品に選ばれることはなかったのです。以下に最終選考に際しての小松左京氏の選評の一部を抜粋させていただきます。

「伊藤計劃氏の『虐殺器官』は文章力や『虐殺の言語』のアイデアはよかった。ただし肝心の『虐殺の言語』とは何なのかについてもっと触れて欲しかったし、虐殺行為を引き起こしている男の動機や主人公のラストの行動などにおいて説得力、テーマ性に欠けていた」

落選した後、円城塔氏の勧めで、本作は早川書房へと送られ、そして書籍化の運びになります。書籍化に際して、伊藤計劃氏は小説の第4部(インド篇)をまるまる追加し、弱いと指摘されたメインアイデアに関する説明を補強して、世に送り出しました。そして世界水準のSFと評されたこの作品は、「ベストSF2007」の第1位を獲得すると、その後、次々に栄誉ある賞を受賞しました。

しかし彼自身は、確実に癌に蝕まれており、本作品の発売日を彼は病床で迎えたそうです。彼が自身の抗がん剤治療に一段落ついた時期から、本作品を書き始めたことから考えても、「虐殺器官」という作品はまさに自分の死期を悟った彼の遺書の一つに当たるのではないでしょうか。

「虐殺器官」を今映画として見るべき理由


ここからは、ネタバレなしで、本編への導入としてすこし解説を加えていきたいと思います。

まず、最初に「ポストヒューマニティーズ 伊藤計劃以降のSF」という書籍の第1章「伊東計劃以後」と「継承」の問題で岡和田晃氏が「虐殺器官」のその魅力について語っている一節があり、これが私がこの作品を読み終えたときに感じた印象にすごく近いと感じましたので、引用させていただきます。


「『虐殺器官』を読み終えた者が言葉を失うのは、矛盾に満ちた世界を前にアイロニストとしての振る舞いを余儀なくされながら、なおも自分たちが置かれた<生>の様態を正しく認識できずにいることを、自覚させられたからだ」

「虐殺器官」が描き出すのは9.11以降の世界であり、そしてもっと言うならば、作中で登場する「サラエボ事件」以降の世界です。

9.11同時多発テロというのは、皆さんもご存じのように、4機の航空機がテロリストたちによってハイジャックされ、そして同時多発的にWTC(ワールドトレードセンタービル)、米国防総省、ピッツバーグの郊外へと激突、墜落した事件であります。

米国は世界最高の対テロ体制を誇っており、米国民の中には、本国でテロ事件が起こることなどはまずないだろうという風な風潮がありました。しかし、あのニューヨークにそびえたっていたアメリカの象徴たるWTCの2つのビルに航空機が激突した瞬間にそんな幻想が一瞬で崩れ去ります。

そして、アメリカはテロとの戦いを始めます。自国に正義があると言わんばかりに、中東地域へと軍隊を派遣し、テロリズムとの徹底抗戦を演じます。2011年には同時多発テロの首謀者と言われていたビンラディンを殺害しました。しかし戦闘は依然として継続中と言う事です。このようにアメリカは武力でもってテロリズムを締め付けてきました。しかし、ヨーロッパをはじめとする地域でテロリズムは依然として脅威であり続けています。ここまではまさに我々の世界で起こっていることです。

その後、劇中で描かれる世界では「サラエボ事件」が起こるのです。皮肉にも第1次世界大戦の火種の中心であった、この地にテロ組織によって手製の核爆弾が投下されるのです。そしてサラエボは消失します。

アメリカは、世界は、政府による監視社会を構築するのです。網膜や指紋などで数分刻みで人間が認証される、そうすることで市民は自分の存在を証明するのです。世界市民は自分たちのプライバシーを捨て、政府の監視を認める代わりに、自分たちの安全を確保した、いや安全を確保したと錯覚したのです。

今作の世界観はまさにこの政府による人々の管理社会が確立され、人々がプライバシーの放棄と引き換えにテロリズムからの安全性を確立したと錯覚した社会なのです。

我々の世界は、もしかしたら伊藤計劃の書いたシナリオに沿って動いているのかもしれません。それくらいに世界はテロリズムに対する正義の名の下の戦争とそれにもかかわらず増え続けるテロ事件という矛盾と欺瞞を抱えています。

このように、「虐殺器官」という作品は世界の矛盾と欺瞞に満ちた構造を浮き彫りにしました。しかし、この作品を読んだ我々は、全くもって自分たちが今生きるこの世界を正しく認識できていないと言う事も同時に悟ることになるのです。

現在の社会を支配しているのは、メディアないし情報と言っても過言ではありません。しかし、メディアが切り取り、伝え、我々が知りうる情報というのは、ほんの表象的なものに過ぎないのです。ゆえに、「虐殺器官」という作品を読んで、世界にはびこる矛盾と欺瞞の存在を知ってもなお、結局のところ我々は無知であり、世界を正しく認識することなど不可能なのです。

この作品を読み終えた我々が愕然とするのはこのどうしようもない現実を否応なく突きつけられるからに他なりません。そしてこの事実を突きつけたところに本作の意義と魅力があるのです。

今、我々が生きる世界では、依然としてテロリズムが蔓延り、人々の命を脅かしています。日本では、東日本大震災とそれに伴う原子力発電事故が起こりました。我々はポスト9.11、ポスト3.11の社会を生きているのです。我々は、メディアが伝える断片的な情報をテレビやラジオ、SNSで受け取り、それを元にして世界を知覚したと錯覚します。しかし、我々が知れば知るほどにその無知の領域は拡大していく一方なのです。

先ほども述べたように、この作品を読んだからと言って、世界を正しく知覚できるようになるというわけではありません。しかし、この作品は「気づき」を与えてくれます。我々が、知覚してきた世界に、正しいと錯覚してきた世界に矛盾と欺瞞の存在を突きつけてくれるのです。その「気づき」こそが今を生きる我々にまさに必要なものであると思うのです。

伊藤計劃がサイエンス・「フィクション」としてこの作品で表現した世界が、「現実」になる日が来るかもしれないのです。

ぜひ、日本SF史の「グラウンド・ゼロ」とも言えるこの「虐殺器官」という作品を読んでいただきたいし、そのきっかけとして映画版を見ていただきたいと思うのです。

ソクラテスの言葉を借りるならば、この作品は我々に「無知の知」を与えてくれるでしょう。

おわりに

こちらは映画をご覧なななった方向けのネタバレ有りの解説記事です。良かったら読んでやってください。

【ネタバレ有り・解説】映画「虐殺器官」5つのポイントを解説

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

参考文献

  1. 「ポストヒューマニティーズ 伊藤計劃以後のSF」 限界研 飯田一史 岡和田晃 他編
  2. 「9・11/夢見る国のナイトメア」 彩流社 千石英世
  3. 「虐殺器官」 ハヤカワ文庫 伊藤計劃

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