【ネタバレあり】『シグナル100』感想・解説:このラストはどう考えても許容しがたい

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね『シグナル100』についてお話していこうと思います。

ナガ
橋本環奈さん主演ならとりあえず見ますよね・・・。

邦画のこの手のデスゲームものってあまり当たりの印象がないのですが、それでも近年ノリにノっている橋本環奈さんが主演ということもあり、見ることを決めました。

そして予告を見るほどに、展開が気になってしまったため、とりあえず映画を鑑賞する前に原作の方を読んでみた次第です。

序盤の方は、謎も多く、そして設定も魅力的ということもあり、非常に引き込まれたのですが、だんだんと設定の処理が雑になったり、伏線の回収が悉く期待値を下回るなどして冷めていき、そしてラストで完全に唖然としました。

ナガ
もうこのラストについては映画版では絶対に改変して欲しいですね・・・。

後ほどもう少し詳細に書きますが、社会的なメッセージを内包した作品としてはあるまじきラストだと思いました。

物語のテンポ感そのものは、悪くなく、かなり引き込まれて読み進められていただけに残念でした。

映画版でこの点もどのように改善されるのかには注目したいです。

ナガ
映画版のレビューについては鑑賞後に追記予定です!

さて、本記事では作品のネタバレになるような内容に若干触れつつ、作品の感想・解説を書いていきます。

作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

良かったら最後までお付き合いください。




『シグナル100』

あらすじ

担任教師の下部は、生徒からバカにされ、上司の先生からも失望され嘲笑されるなどし、教師の仕事に嫌気が差していた。

そんな彼はかつて海外で研究していた「催眠術」の手法を活用し、自身の受け持つ生徒を「自殺催眠」にかける。

するとパニックに陥る生徒が突然、自殺し始める。

なんと下部がかけた「自殺催眠」は何気ない日常の行動がトリガーとなって、生徒たちを自殺衝動に駆り立てる仕組みになっていた。

催眠を解く唯一の方法は、クラス全員の死を見届けることだけ・・・。

極限状態に置きこまれた生徒たちは、途方に暮れるが、クラスのリーダー格の青年である和田下部が催眠を準備している場面を録画した映像を偶然手に入れたことから状況が変わり始める。

彼は「情報」を握ったことで、他の生徒よりも優位に立ち、トリガーを引き出すことで殺害することができる状況になったためだ。

そして、時を同じくしてその日、停学処分のために学校を欠席していたが、樫村からの電話で、クラスに起きた異変を知る。

究極のデスゲームの最中で、彼らは一体どんな結末に辿り着くのか・・・。

 

スタッフ・キャスト

スタッフ
  • 監督:竹葉リサ
  • 原作:宮月新&近藤しぐれ
  • 脚本:渡辺雄介
  • 撮影:谷川創平
  • 照明:李家俊理
  • 編集:高橋信之
  • 音楽:Jin Nakamura
ナガ
なかなかフレッシュな顔ぶれで製作されたようですね!

監督を務めたのは、日本・カザフスタン合作の映画『オルジャスの白い馬』を手掛けた竹葉リサさんです。

題材が題材だけに、スプラッター映画を得意としている監督が起用されるものだと思っていたんですが、まさか一風変わったヒューマンドラマを手掛けている方が起用されるとは驚きです。

そして脚本には実写版『進撃の巨人』『ガッチャマン』などを手掛けた渡辺雄介さんが起用されています。

邦画史に残る酷さを誇るこれらの作品の脚本を手掛けていたということもあり、当ブログ管理人としてもかなり不安です。

ただでさえ、それほど出来が良いとは感じなかった原作なので、せめて脚本は・・・と思っていただけに、それすらも期待できないのではないか?と感じてしまいました。

撮影には『ヒミズ』『愛のむき出し』などでもお馴染みの谷川創平さんが起用されており、その点では少しエログロ方面では期待できるのかもしれません。

劇伴音楽にはこれまでにも様々なポップアーティストに楽曲を提供してきたJin Nakamuraがクレジットされていますね。

キャスト
  • 樫村怜奈:橋本環奈
  • 榊蒼汰:小関裕太
  • 和田隼:瀬戸利樹
  • 西園寺聖也:甲斐翔真
  • 藤春昴:中尾暢樹
  • 山本英司:栗原類
  • 箕輪紀子:恒松祐里
  • 下部:中村獅童
ナガ
注目の若手キャストがちらほらと・・・。

主人公の樫村を演じるのは、今女優として快進撃を続けている橋本環奈さんです。

どちらかと言うと、コメディエンヌ路線な印象が強い彼女ですが、直近の7作品が連続で興行収入10億円超えを記録しているなど、非常に勢いがあります。

その天使のような美貌と裏腹に、少しぽっちゃりした感じや声が「酒焼け」でもしてるのかというくらいにガスガスな感じが、良いギャップになっていて、それがまた良いですね。

その他にも『わたしに××しなさい!』で主演を務めた小関裕太さんや昨年『凪待ち』や『殺さない彼と死なない彼女』などに出演し注目を集めた恒松祐里さんなど注目の若手キャストが多数出演しています。

加えて、本作のキーキャラクターとなる下部中村獅童さんが演じるようです。

原作の下部のような情けない印象は消え、かなり高圧的な印象になりましたが、その辺も設定が改変されていたりするんですかね。

より詳しい情報を知りたいという方は、映画公式サイトへどうぞ!

ナガ
ぜひぜひ劇場でご覧ください!



『シグナル100』感想・解説(ネタバレあり)

現代の社会や学校を取り巻く状況を反映

(C)2020「シグナル100」製作委員会

こういったデスゲームものは、やはり極限状態に陥ったことで人間の本性が暴き出されていくところにあります。

ナガ
学校を舞台にした『3年A組』がちょうど昨年ドラマで放送されたこともあり、それと比べられるのが不運ですかね・・・。

とりわけ高校を舞台にした本作が背景に持っているのは、いじめ問題であったり、教師の生徒に対するセクハラの問題、そして体罰事件の話題がきっかけで教師の立場が弱まり生徒が増長するようになった問題などでしょうか。

いじめ問題がデスゲームに絡んでくることは、学校を舞台にしている時点で何となく予想がつきますが、そもそもの前提として立場が弱くなってしまった教員が生徒たちへの復讐として「自殺催眠」の計画を実行に移すというプロットは驚きました。

ただ、今回の『シグナル100』の魅力はデスゲームが情報戦になっているという部分にあると思います。

冒頭に和田という青年が、ひょんなことから100のシグナルのうちの約30ほどを把握することになるのですが、彼はクラスメイトには10個ほどの情報しか開示せずに、残りの情報を自分が把握することで、優位に立とうとします。

これって学校においてもそうですが、社会や世界情勢においても同じことが言えるわけで、現代においては何よりも情報が価値を持っています。

だからこそそれを知らない者は、知っている者よりも下の立場にならざるを得ないわけであり、それによって上下の関係が構築されていくのです。

しかし、知っている者はその情報を開示するなんてことは当然しませんよね。

なぜならその情報には価値があり、自分だけが知っていることが自分の優位性を揺るがぬものにしてくれるからです。

だからこそそんな情報を持っている彼が、クラスメート全員を「学校から出る」というトリガーで殺害させようと、スクールバスに乗せて帰宅させようとした場面は恐ろしかったです。

これは、指導者つまり体制側の人間は、全てを知った上で、その情報を開示することなく、衆愚の命を奪おうとしているという構図なんですよね。

ナガ
今の社会に間違いなく通底している構造が極限のデスゲームの中で表出するという展開は非常に面白かったね!

また、『シグナル100』は安易に登場人物が信頼関係を築いて、分かり合うという展開を描かないことが逆に皮肉として効いていて面白いと思いました。

というよりもやっていることは『スターシップトゥルーパーズ』のような映画に近いんですよね。

信じようとしても裏切られ、連帯しようとしてもそれは脆くも瓦解しを繰り返すため、結局本作は人と人が信頼関係を築くことができるという展開を描くことはなく、最終的には樫村が自分が生き残りたいという願望を表出させ、和田を殺害したところでゲームセットとなります。

ただ、ここで下部が登場し、本作において催眠から解かれる方法は、全員の死を見届けることとそして彼への謝罪を口にすることだったのだと明かされました。

つまり、彼らは生き残ることに必死になるがあまり、自分たちが下部に対して取ってきた行動を顧みなかったのであり、それを反省し懺悔しようとしなかったのです。

というよりもむしろ彼を「敵」として捉えすぎるがあまり、榊の言うように彼のことを分かろうとしていなかったんです。

今、世界を見てみると、アメリカのイラン攻撃で緊張感が高まっていますし、紛争が絶えない地域もあります。

戦争というものは、それが生じるにあたって複雑な状況があるわけですが、1つ言えるのは、戦争は相手と理解し合うことを放棄して「敵」と見なし、攻撃することなんですよね。

少し立ち止まって考えて、自分たちに対してなぜ下部がこんな催眠をかけたのかを少し考えてみれば、このようなトリックには辿り着けたかもしれません。

しかし、彼らにはそれが出来なかったのであり、終盤にそんな当たり前で至極簡単なトリックを明かされることで、観客もハッと暴力の虚しさに気がつかされる構成になっているのです。

ナガ
ここが『スターシップトゥルーパーズ』に似ていると感じた部分かなぁ・・・。

安易に分かり合って、ハッピーエンドを目指すのではなく、行くところまで暴力と師の連鎖を描き、最後に樫村とそして読み手である私たちに暴力や殺し合いの無意味さを気づかせる仕組みは非常に面白いものでした。



だからこそあのラストが許容しがたい

ナガ
ここでは原作のラストについて言及しています。

このように私としても本作がデスゲームを安易な信頼や連帯で解決せずに、最後までやり切ってしまう構成になっていた点は非常に高評価しているつもりです。

ただ、『シグナル100』最大の問題はその後にあります。

本作のラストで樫村が1人だけ生き残って朝を迎えるという展開は明らかに映画『ミスト』を意識していると思われます。

そして彼女は、自分が目の前で和田を殺害したことの虚しさや、自分の命を守るために死んでいったに対する無念を強く感じ、気が動転していました。

先ほども指摘したように、ここで彼女がハッとさせられたように、読み手である私たちも下部への謝罪という至極当たり前なことを見逃して、生徒たちのデスゲームに肩入れしていたことに恐ろしさを感じるようになっています。

もちろん物語の中で、この謝罪というトリガーに気づかせて、それを生徒たちに実行させることでメッセージ性を込めるということもできたでしょう。

しかし、『シグナル100』はそうではなく、ある種の風刺のフォーマットを取り、徹底的に暴力と殺しを描くことで、最後にその気づきを観客に与える見事な構成だったんですね。

ナガ
だからこそラストで、生き残った樫村はそれに気がつくことができた者としての生き方を選択すべきだったんだよ!

『シグナル100』はあろうことか、そのラストで教師になった樫村が自分のクラスメートから嫌がらせを受けるようになり、再び生徒を「自殺催眠」にかけるところで幕を閉じるのです。

この幕切れを描くなら、一体この作品は何のためにあったんだよ!って話ですよね。

映画でも小説でもそうですが、物語には変化がないと成立しませんし、同時に成長がないといけません。

つまり、物語と初めと終わりでは、世界や登場人物に何らかの変化が生じている必要があります。

そして『シグナル100』のような現代世界・社会に蔓延る問題を投影し、風刺のフォーマットを取った作品であれば、尚更ラストでは樫村にあの痛ましい事件の反省を踏まえた生き方を示してほしいわけですよ。

しかし、そんな希望を示すことが求められるラストで、あの事件で大切なことを学んだはずの樫村下部と同じことをするというのでは、あまりにも作品として意味がないと思うんです。

ですので、あくまでも私の個人的な思いですが、映画版はこの部分を改変したプロットにして欲しいと思っています。

人を理解しようとせずに思考停止し、暴力や人を殺めることの虚しさに気がつかせてくれる素晴らしい構成の作品だからこそ、それを自ら否定してしまうような結末は勿体ないでしょう。

映画版は88分と短い構成になっているということで、どんな物語に仕上げてくるのか非常に楽しみではありますね。

何とかこの原作の勿体ないラストとは、違うものに期待したいですが・・・。



映画版はあのラストこそ避けたが・・・。

映画版の『シグナル100』も鑑賞してきましたが、まさか原作の良かったところが根こそぎなくなるとは思いませんでした。

まず、ストーリーが驚くほどに圧縮されていました。

ナガ
尺が短くなった都合で、とんでもないハイスピードで人が死んでいくので思わず笑ってしまった・・・。

クラス36人を90分尺で最後の1人になるまで殺さないといけないという都合もあったのだと思いますが、序盤からバンバン人が死んでいくのは、流石に衝撃的でした。

ストーリーの大幅圧縮は映画の尺が90分と非常に短いことから何となく予想がついていましたが、原作にはあった情報戦の駆け引きがほとんど見られない内容になっていたのは驚かされました。

原作では和田が情報を持ったことをきっかけとして、クラスの派閥争いや心理戦が非常に高度に演出されています。

映画版はこれをかなり短縮し、簡略化したうえに、情報戦としての強度をかなり下げてしまっていたため、全くと言っていいほどに見どころがないデスゲームとなっていました。

そして個人的に特に気になったのが、原作の主題性を完全に放棄してしまった点ですね。

ナガ
これが非常に手痛かったような・・・。

原作はいじめ問題であったり、教師と生徒の近年の関係性の変化に伴う問題など、現代性のあるトピックを盛り込んだ作品になっていたのですが、映画版ではそれらは見る影もなくなっています。

まず展開が圧縮されたことにより、いじめ問題の描写は完全になくなってしまいましたし、同時に下部先生のキャラクター設定が大幅に改変されたことで、ただのサイコキラーになってしまっていました。

とりわけ後者の改変は、『シグナル100』という作品そのものの強度を大幅に下げていたと思います。

本記事の原作評のパートでも書いたように、この物語の肝は「先生に生徒たちが酷い仕打ちをしており、それに対する謝罪が欲しかった。」という1人の人間の悲哀に満ちた動機により集団催眠が行われたという点です。

そして生徒たちは、そんな「謝罪」という至極当たり前のことに気がつかないままで、争いを続け、結局は樫村以外の全員が命を落とすという結果になってしまいました。

この「当たり前のこと」に全員が命を落としてしまった最後のタイミングで気づかせるところに『シグナル100』という作品の肝があるわけです。

ただ、今回の映画版では、下部先生をただのサイコパスに仕立て上げてしまったため、そういった作品の肝となる部分の一切が排除されてしまいました。

その改変に伴うテーマ性の補完のために、終盤には、サッカー部の男子生徒4人の謎の告白動画がインサートされ、しかも最後は樫村がパニッシャーとして下部先生を裁くというとんでもないラストになっていました。

ナガ
原作と同じラストではなかったからよかったけども、これはさらに酷いと言っても良いかも・・・。

全員が死んだ状況で、あんな動画を見せられて、一体何を思えばよいのか見ていて皆目見当もつきませんでした。

M・ナイト・シャマラン監督の『ハプニング』を思わせるような自殺の連鎖や奇怪な動きからのゴア描写は非常に良かったのですが、もう挙げていくとキリがないダメダメポイントに終始心が無になってしまいました。

  • そもそも橋本環奈演じる樫村が何もしていないただの「おくりびと」と化している。
  • カルト集団の元ネタであるマンソンの活動当時にビデオテープは普及していなかったぞ?
  • 和田の幼馴染エピソードは掘り下げる気ゼロかよ!!
  • 薬のくだりがいくら何でも適当すぎるだろ!!
  • 樫村はどうやっての亡骸を屋上から部室まで運んだんだ?
ナガ
今年の邦画ワーストは『カイジ ファイナルゲーム』で間違いないだろうと思っていた矢先にとんでもない爆弾が・・・。

ここまで酷い映画はここ2年くらいなかったと思っているので、久しぶりに衝撃を受けました。

 

おわりに

いかがだったでしょうか。

今回は『シグナル100』についてお話してきました。

映画版はR15+指定とのことですが、どこまで原作のスプラッター描写に挑戦できるのかについても注目ですね。

いじめられていた子が、いじめっ子に報復をする描写の中で、女子生徒がローターを挿入して処女を喪失するというあまりにも胸糞が悪い描写があるのですが、映画版は流石にそこはカットしますかね・・・。

正直に申し上げると、かなり残酷な描写が多いこととラストが・・・なのもあり積極的にはおすすめしづらい作品ではありますが、デスゲームそのものは設定の粗や終盤の駆け足感はあれど、楽しめるものとなっています。

こういったタイプの作品が好きという方は、是非チェックしてみてください。

また、映画を鑑賞しましたら、そちらと合わせて感想・解説を追記させていただきたいと思います。

今回も読んでくださった方、ありがとうございました。

 

関連記事

【ネタバレあり】『十二人の死にたい子どもたち』感想・考察:冲方丁が現代劇の結末に込めた希望

2019年1月25日

【ネタバレ】「ミスミソウ(三角草)」解説・考察:内藤瑛亮監督はこれをどこまで映画にできるのか?

2018年4月5日