【ネタバレあり】『もうひとつのワンダー』を絶対に読むべし!ジュリアンに隠された秘密とは?

はじめに

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『ワンダー君は太陽』に関連したお話なんですが、映画本編とは少し離れたお話になります。

いったい何の話をするんだ?と言われると、これです。

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実は原作の『ワンダー』には続編小説が存在するんですよ。今回はこの内容を映画を見た人に少しでも知っていただけたらと思い、記事を書いております。

なお本記事は『もうひとつのワンダー』のネタバレになるような内容を一部含みますので、気になる方はここで読むのを止めることをおすすめします。

良かったら最後までお付き合いください。

『もうひとつのワンダー』概要とあらすじ

ワンダーは基本的にオギーを主軸にしながら、そこに関わる人たちの物語を視点を移しながら描いていく群像劇です。ただ映画版でも、原作小説の1作目でも描かれなかった人物がいるんです。

映画版でも割と出番はある割に、描かれなかったのが、最初にオギーに学校紹介をして回ったシャーロットとそして「いじめっ子」のジュリアンです。

もう1人、オギーの幼馴染のクリストファーという少年について描かれているんですが、映画版では特に言及がなく、馴染みの無いキャラクターになってしまうと思うので、今回は割愛します。

まずシャーロットの物語に関してですが、これが意外と面白いんです。基本的にオギーはこのエピソードにほとんど登場しません。では一体何を描いているんだと言うと、それは女の子同士のいわゆる「ごたごた」話です。これって男子の世界にはあまり無い話なんですよ。割とさっぱりしています。

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シャーロット (C)2017 Lions Gate Films Inc. and Participant Media, LLC and Walden Media, LLC. All Rights Reserved.

シャーロットの物語では、そんなシャーロットを取り巻く女の子の友人関係や恋模様を時に「ごたごた」を混ぜながら語っていきます。

そしてシャーロット自身の物語としては、彼女は映画でも基本的にオギーに手を振ったり、積極的に避けたりはしませんでしたよね。彼女の取っていた行動ってサマーのそれとは対照的です。

サマーが積極的親切の体現者だとすれば、シャーロットは消極的親切の行使者です。彼女はオギーに冷たくしようともしませんが、積極的にかかわろうとはしません。中立の立場を一貫しています。

そんな彼女が友人から「あなたは先生の前だとオギーに親切よね。」という皮肉を突きつけられます。

迷いながら、そして友人関係に悩みながら、少しずつ成長していくシャーロットという少女の物語が生き生きと綴られています。

そしてもう1人、こちらが今回のメインであるジュリアンですね。彼はオギーを積極的に「いじめ」た張本人です。

本作では、彼がなぜオギーを「いじめ」たのか?や彼と彼の祖母との関わりを通して、ジュリアンが真にオギーへの振る舞いを「反省」する様子を描いています。

彼の物語に関しては以下の章で詳しく解説していきます。

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ジュリアンはなぜオギーを「いじめ」たのか?

映画『ワンダー君は太陽』を見ていて、おそらく多くの方はなぜそこまでジュリアンがオギーを「いじめ」ることに固執するのだろう?と思ったでしょう。もちろん私もその1人です。

ジュリアンは擁護のしようのない最低な人間だと捉えている方もいるかと思います。

しかしオギーやヴィア、ジャックたちにもそれぞれの物語があったように、ジュリアンにも語られるべき大切な物語があるんですよ。そしてそこにはジュリアンがオギーを「いじめ」た理由が大別すると3つ綴られています。

  1. ジュリアンは「悪夢障がい」だった。
  2. ジュリアンがオギーを敵視したのは環境の変化が一因だ。
  3. 両親が彼の過ちを認めようとしないことが彼の人格を形成した。

この3つの点が極めてジュリアンがなぜ「いじめ」をしてしまったのかを考えていく上で、非常に重要です。

まず1つ目のジュリアンは「悪夢障がい」だったという話についてです。彼は幼少の頃に見たホラー映画のCMのゾンビが原因で、恐怖障がい(悪夢障がい)に陥ってしまったんですよね。悪夢で母親が横にいてくれないと夜眠れなくなったそうです。

ちなみに当ブログ管理人は小学生の頃に両親が見ていた「CUBE」という映画を偶然見てしまってそれがトラウマになって1か月ほど不眠症になりました。

私個人の話はさておき、ジュリアンはこの「悪夢障がい」を母親が用意してくれた自然ドキュメンタリーの映像を寝る前に見ることで、何とか克服したんです。

ただ完全に完治したわけではなくて、怖い映像を見ると、その症状がフラッシュバック的に再発してしまいます。

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ハロウィンのジュリアン (C)2017 Lions Gate Films Inc. and Participant Media, LLC and Walden Media, LLC. All Rights Reserved.

ここまで説明すると、察しの良い方はお気づきかと思います。

ジュリアンがオギーに最初に感じた感情は紛れもなく「恐怖」なんですよ。自分が散々苦労してようやく克服した「悪夢障がい」がオギーを見たことで再発してしまったわけです。

確かにオギーに罪はありません。トゥシュマン先生も言うように「オギーは顔を変えること」が出来ません。ただジュリアンにとってオギーがとても厄介な存在だったということは分かりますよね。

彼がいなければ、平和に学校生活を送れたのに、彼が来たことがきっかけで自分は悪夢にうなされる最悪な日々に舞い戻ることになったわけです。

つまりジュリアンからするとオギーはやっぱり「ダースシディアス」だったんです。自分を苦しめる存在でしかなかったのです。

ちなみに映画『ワンダー君は太陽』でも終盤に登場したジュリアンが所持していた、加工されてオギーがいなくなっている写真ですが、あれは本当に彼の母親が作ったものでした。

恐怖障がいで悩む息子が写真を見るたびに彼の顔を見なくていいように、という母の愛ゆえに生まれた産物なんです。たしかにあの写真はすごく残酷で、卑劣なものに見えますが、見方を変えてみると、愛が宿ったものでもあるのです。

そしてこれに関連して2つ目のジュリアンがオギーを敵視したのは環境の変化が一因だということが挙げられます。環境の変化というのは、オギーが来たことで彼の周りの人間関係が変化したことを表しています。特に大きかったのが、ジャックウィルがオギーの友人になったことでした。

それまでのジュリアンは基本的にクラスの中心で、誰からも慕われる存在でした。だからこそ自分の下から友人が離れていくことなんてありえなかったし、むしろ誰もがジュリアンの元に駆け寄ってきてくれていました。

しかし、オギーが来てから少しずつオギーの元に人が集まるようになっていくんですよね。その最たる1人がジュリアンの友人でも会ったジャックでした。彼が自分ではなく、オギーを選んだのは彼にとってもショッキングな出来事だったんでしょうね。

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食堂でのジュリアン (C)2017 Lions Gate Films Inc. and Participant Media, LLC and Walden Media, LLC. All Rights Reserved.

人間は誰しも「変化」を恐れますし、遠ざけようとします。そしていざ「変化」に直面すると不安になったり、苦しんだりするはずです。

ジュリアンも自分の周りの環境がオギーが入ってきたことで急激に変化したために苦しんだはずです。

自分の友人が離れていくという「変化」が到底受け入れがたいものであることは想像に容易いですし、「変化」が起こる前の状態を正常だと認識し、それを拒もうとする行動も極めて人間的です。

ただ彼はその「拒否」をオギーを「いじめ」るという形で表出させてしまった、これが過ちでした。

そしてここに関連する形で3つ目の両親が彼の過ちを認めようとしないことが彼の人格を形成した。という要因が関係してきます。

ジュリアンの母親は学校の保護者会の権力者で、父親は弁護士でした。そしておそらく彼らは自分たちは常に正しい行動をしているんだという自負の元に生きてきたのでしょう。絶対に自分たちの間違いを認めるということをしようとはしません。

さらに自分たちだけにとどまらずジュリアンにもそれを適応するんです。彼の過ちを正すのではなく、正当化して常に咎めようとはしなかったんでしょう。

だからこそジュリアンという少年は自分の行動を顧みて、反省するという考え方を持っていません。常に自分のやること為すことは正しいのだという絶対的な信奉に彼は憑りつかれています。それはひとえに親の教育の影響でしょう。

この3つが主にジュリアンがオギーを「いじめ」るに至ってしまった要因です。

「ジュリアンになるな!」は間違いだ

映画『ワンダー君は太陽』を見て、「ジュリアンになってはいけないんだ」というメッセージを受け取った方はいらっしゃると思います。

ただ「ジュリアンになるな!」というのは、いささか物事の見方が偏っています。

先ほどの章でお話しましたが、彼には彼の物語があり、彼には彼の事情があるんです。だからこそオギーの側からだけのジュリアンを見て、彼になるな!と断言してしまうのはすごく危険なんですよ。

確かに「いじめ」をしたという彼の行為自体は許されるものではありません。ただ「いじめ」って人間が関わり合っていく中絶対に起こりうるものです。

そして子供の「いじめ」の場合はとりわけジュリアンのように親から受けた影響、自分の精神状態、友人関係の変化等が反映されて、その苦しみや怒り、嫉妬といった感情のはけ口であるケースが非常に多いです。

だからこそ「いじめ」の解決ってすごく難しいんですよ。単に注意したから終わる、「いじめっ子」と「いじめられていた子」を引き離せば終わるという簡単な問題ではないんです。「いじめられた子」はもちろん何があっても守られるべき存在です。それは間違いありません。ただ「いじめた側」にどんな背景や事情があったのか?これを無視することは絶対にできません。

その背景や事情に隠された「いじめ」のトリガーを見つけ出し、その問題を取り除いていくことこそが真の「いじめ」解決につながるわけです。

だからこそこの映画を見る子供は、「ジュリアンになるな!」という視点で見て欲しくないですし、親世代も「自分の子供をジュリアンにするな!」という短絡的な見方で見て欲しくないと思ってしまいます。

大切なのは、誰しもがジュリアンになる可能性を大いに持っているということです。そしてもっと大切なのは、そうなってしまった時にどう行動すれば良いかを考えることです。

ここから次の章へと繋げていきます。

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本作の主題は「反省する」勇気

映画『ワンダー君は太陽』もそうですし、『ワンダー』という作品を総括して1つのテーマがあるとしたら、それは「反省する」ことだと思います。

映画の方ではとりわけ「親切に行動する勇気」を讃えることにフォーカスが当たりました。そのためサマーというキャラクターが印象的でした。またオギーもハンデに負けず挑戦し続けたその「静かな勇気」を讃えられ、表彰されました。

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サマー (C)2017 Lions Gate Films Inc. and Participant Media, LLC and Walden Media, LLC. All Rights Reserved.

一方で映画版でも描かれたジャック・ウィルの物語なんかはまさしく「反省する」ことの重要性を謳っています。彼もまた一度はオギーを裏切るという最低な行動をしてしまったキャラクターです。

しかし、彼は自分のした取り返しのつかない行動をきちんと顧みて、反省することが出来ました。だからこそ自分の行動を改め、心入れ替え、そしてオギーに向き合い、受け入れられました。

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改心したジャック (C)2017 Lions Gate Films Inc. and Participant Media, LLC and Walden Media, LLC. All Rights Reserved.

人間は誰しも過ちを犯します。この世界に一度も間違ったことをしていないと断言できる人間なんておそらく存在しません。大切なのは、過ちを犯さないことではなくて、それをしてしまった後に「反省し」、前に進めるかどうかなんだと思います。

そしてジュリアンにはそれが出来なかったわけです。というよりも親がそれを許さなかったわけです。間違いを認めてはならないと、強情にジュリアンに迫りました。

映画『ワンダー君は太陽』でジュリアンがトゥシュマン先生に反省の意を伝えるシーンがありますが、『もうひとつのワンダー』によると、あの時彼が述べた反省の弁は何と彼が空気を読んで発した本心からではない言葉だったようです。

その後ここに関して詳しく書くつもりはありませんが、ジュリアンはフランスに住む祖母の下を訪ね、そして祖母がかつてホロコーストに直面した時のお話を語るんです。そこで語られたのは祖母と「カニ」という蔑称で呼ばれていた彼女のクラスメートとのお話でした。

それを聞いたジュリアンは初めて自分のオギーに対する振る舞いを恥じ、心からの「反省」の意を込めてオギーに手紙を書くんです。

それこそがジュリアンにとってとても大きな1歩だということは言うまでもありません。確かにサマーのように積極的に「親切にふるまう」ことができるのはとても勇気ある行動です。しかし、ジュリアンのように自分の過ちをきちんと理解して、自分の行動を「反省」できるということも紛れもなく勇気なんだと思います。

『ワンダー』という作品が教えてくれるのはとりわけ後者の勇気の重要性です。だからこそ「ジュリアンになるな!」ではなく「ジュリアンになったときにどう行動するか!」にもっとフォーカスして、それを自分の中に還元していって欲しいと思います。

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おわりに

いかがだったでしょうか?この『もうひとつのワンダー』という小説を読むと、映画『ワンダー君は太陽』の見方がガラリと変化します。

やはり、映画版でもたくさんの人物の視点から物語が描かれたように、物事を多面的に見るということはすごく大切なことなんだと感じました。そういう意味でも、この『ワンダー』の続編小説を映画を見た1人でも多くの方に読んで欲しいですし、ジュリアンの物語を知ってほしいと思います。

ぜひとも映画版では描かれなかったジュリアンが「小さな勇気」を獲得するまでの感動の物語を読んで欲しいです。

『ワンダー』シリーズは児童書なので、書店で一般書コーナーを探しても見つからないと思います。もし書店でお買い求めの方がいましたら、児童書コーナーでお探しください。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

関連リンク

・『ワンダー君は太陽』が描いた「想像力」の物語とは?

JKローリングがかつてハーバード大学の卒業式で話した「想像力」と関連させながら、映画『ワンダー君は太陽』の「想像力」の物語を読み解きました。

参考:『ワンダー君は太陽』感想:想像力で世界を変える!!

・『ワンダー君は太陽』の教育的な側面から見た素晴らしさを徹底解説!

ただの「泣ける映画」ではなく「考えさせられる映画」だということで『ワンダー君は太陽』の素晴らしいポイントをいくつか解説しております

参考:【ネタバレ】『ワンダー君は太陽』は教育的に学ぶところの多い映画だ!

良かったら上記の記事読んでみてください。

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