【ネタバレ】実写『曇天に笑う』感想・解説:笑え?これじゃあ笑顔の押し売りだよ!

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね、本日公開となりました実写映画「曇天に笑う」についてお話していこうと思います。

アニメ版を最初だけ見た程度で、原作は読めていない作品です。

ただ、コンテンツとしてはかなり人気があるということは知っていたので、映画になるということで、楽しみにしておりました。

ということで、今回は原作を読んでいない人間が、実写版から本作に入って感じた率直な思いを綴っていきます。

途中からネタバレになるような内容にも踏み込むと思いますので、その際には改めて表記させていただきます。

作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

良かったら最後までお付き合いください。




実写映画「曇天に笑う」

あらすじ・概要

「月刊コミックアヴァルス」で2011~13年に連載され、14年にアニメ化、15年に舞台化された人気漫画「曇天に笑う」を、福士蒼汰の主演で実写映画化。

「踊る大捜査線」「幕が上がる」の本広克行監督がメガホンをとった。

明治維新後の滋賀県・大津。300年に一度よみがえり、人間に災いをもたらすという大蛇(オロチ)が復活する年。

曇神社を継ぐ曇家(くもうけ)の長男・曇天火、次男・空丸、三男・宙太郎の曇天三兄弟は、大蛇を封じるため立ち上がる。

一方、明治政府右大臣・岩倉具視の直属部隊「犲(ヤマイヌ)」も、違った方法で大蛇の力を封印しようと動き出し、最強の忍者集団・風魔一族も大蛇の力による政府転覆を企んで暗躍。

曇天三兄弟と犲、風魔一族が三つ巴の戦いを繰り広げる。

映画com.より引用)

予告編

ぜひぜひ劇場でご覧ください!!




実写映画「曇天に笑う」感想・解説

笑顔の押し売り”は良くないよね!!

今作『曇天に笑う』の監督を務めたのは、本広監督ですよね。

ナガ
本広監督と言えば『少林少女』『UDON』だよね!!(笑)

そのフィルモグラフィーで紹介しちゃうと何だか頓狂な映画監督に聞こえますね。

ただ、前作の『亜人』でも素晴らしい映像やアクションシーンを見せてくれたので、個人的には本作『曇天に笑う』もすごく楽しみにしてました。

ナガ
アクションシーンや映像は良いんだけど、それ以外にダメ要素が多いんですよ・・・。

毎度毎度脚本が残念なので、しっかりした脚本家がついてくれたら良いとは思います。

ちなみに今回は特撮・アニメ畑の脚本家が参加しています。

ただ、奇しくも前作『亜人』もアニメ畑の脚本家さんでした。やっぱり実写映画となるとまた風合いが違うので、本広監督は実写映画でしっかりとした実績を持ってる脚本家さんとタッグを組んでほしいと思いましたね。

ナガ
ところで、映画本編はどうだったの?

個人的には、『笑え!!』という主人公の天火のセリフがすごく腹立ちました(笑)

というのも、この映画が全然面白くないから単純に笑えないんですよね・・・。

天火は兄弟にしきりに『笑え!!』って言いますが、兄弟も良いけど我々観客を笑わせて欲しいんですよ。これじゃあ”笑顔の押し売り”と言われても仕方がないように思います。

正直プロットが全然練られてないですし、盛り上がりにも欠けました。

ただアクションシーンや映像の高級感は素晴らしかったと思います。力強く見応えのあるカットもありましたし、アクションシーンもかなり気合が入っていて素晴らしかったです。

ただもう単純に面白くなかったです。心が躍らない。”笑え”ないんです。

結局一番面白かったのは、映画本編とは無関係の「曇天ダンス」でした(笑)。

「親の顔より見たステップ」こと「新宝島ステップ」でお馴染みのサカナクションさんの「陽炎」に合わせてヤマイヌのメンバーがダンスをしているんですが、本編を見た後に見ると余計に面白く見えました。

本広監督の実写作品が「映像は良いんだけど・・・。」「アクションは良いんだけど・・・。」から脱却してくれる日を夢見て、私はこれからも彼の作品を追い続けていこうと思います。

*ここから映画のネタバレを含みます。




*ここから映画のネタバレを含みます。

この映画にいろいろとツッコミたいんですが・・・。

この映画正直ツッコミたいところがたくさんあるんです。原作を読んだら解決するのかもしれませんが、私自身は原作未読なので全然わかりませんでした。良かったらこのツッコミに回答求むです。

 

やたらと説明多くないか・・・?

冒頭から時代背景の説明、琵琶湖に浮かぶ監獄の説明、曇神社の説明、監獄の中にいる風魔一族の仮面の男の説明など、全部ナレーションで設定や背景を説明してしまっているんですよね。

これは映画なんですからあくまでも映像でそれを我々に見せてくれないと。小説を読んでいるのと変わりません。

冒頭の長々と続くナレーションシーンは「世界ふしぎ発見」でも見せられているのかと思いました。

 

主人公あんまり家族思いじゃなくね・・・?

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(C)映画「曇天に笑う」製作委員会 (C)唐々煙/マッグガーデン 実写映画「曇天に笑う」予告編より引用

主人公の天火って作中ではすごく家族思いなキャラクターとして描かれていますよね。しかし、彼は両親のことや風魔一族のこと、オロチのことを空丸や宙太郎に伝えていません。

ナガ
彼自身は2人に曇家の運命を背負わせたくないと説明していますが、それって本当に家族思いなんですかね?

風魔一族はオロチのことに関して、曇一族を狙っているわけですよ。それがために彼の両親は殺されてしまいました。では尚更のこと2人にもこのことを伝えておくべきじゃないですか?いつ狙われるか分からないわけですから。

しかも天火は空丸や宙太郎にあまり積極的に稽古をつけようとしませんよね。2人が自立しないといつ風魔に殺されてしまうか分からないと言うのにです。

その放任主義が結果的に空丸をオロチの器にしてしまったわけですから何とも皮肉です。

家族思いの男が1人で背負っていたものを兄弟で分かち合うという熱い展開になるはずが、そもそも天火は家族思いなのか?という点で躓いて、全然彼の魅力を感じませんでした。

 

敵キャラがあんまり魅力的じゃないよね?

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(C)映画「曇天に笑う」製作委員会 (C)唐々煙/マッグガーデン 実写映画「曇天に笑う」予告編より引用

本作の敵役は風魔一族の仮面の男と白子の兄弟ということになりますよね。

白子の方は良いんですよ。曇兄弟たちと家族同然に暮らしてきて、でも彼にも兄弟がいて、だからこそ自分の家族と共に戦うわけですから動機もはっきりしていて魅力があります。

ただあの仮面の男は最初から最後までミステリアスで、結局ミステリアスなままで倒されてしまいました。

いやミステリアスはベールが脱げるから良いんでしょ?最後までミステリアスじゃ意味ないよね?と思わずツッコンでしまいたくなりました。

結局敵役が魅力的じゃない映画って面白くないんですよね。主人公が何を倒すのか、なぜその敵が強大なのか、こういったディテールをはっきりさせておかないと勧善懲悪の構図がぼやけて、盛り上がらないんです。

個人的には、主人公の父親が相当な武術の使い手だったという設定にしておけばよかったと思うんです。そうすれば、風魔の兄弟がその父親を倒すほどの手練れであることも際立ちますし、敵を打倒することで天火が父を超えるというカタルシスも生まれます。

もっと敵役にこだわって欲しかったの一言ですね。先日公開された映画「ブラックパンサー」もヴィランが凄く魅力的で、だからこそラストバトルが凄く盛り上がりました。

 

傷の治りが速すぎない??

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(C)映画「曇天に笑う」製作委員会 (C)唐々煙/マッグガーデン 実写映画「曇天に笑う」予告編より引用

アクション映画においてすごく重要なのが「傷」なんですよね。「傷」というのは言わば戦いの勲章であり、誰かを守ったことの証明なのです。

主人公天火の背中に傷があるのも、2人の兄弟を守った時に出来た傷です。この背中を見るだけで、彼が家族をすごく大切にする男であることが伝わってきます。

それにも関わらずですよ、この映画はすごく「傷」を軽視しているんです。

例えば、空丸が街で暴れている風魔たちと戦った時のことです。彼はクナイにより腕に大きな切り傷を負いましたよね。それにも関わらず、日が変わって次のシーンには、彼の傷は完治しているんです。それも跡形も無くですよ。

他にも終盤で白子の裏切りにより致命傷を負った天火は翌日には復活して、空丸の救出に向かいますよね。それでいて攻撃を食らっても傷口が開く様子も、刺された場所への攻撃に顔を歪める様子もありません。

アクション映画として何よりも重要な要素の1つである「傷」を軽視してしまったのは致命的だったと思います。

 

過去の風魔兄弟の所業の謎

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(C)映画「曇天に笑う」製作委員会 (C)唐々煙/マッグガーデン

かつて風魔兄弟は曇一族を攻撃して、天火の両親を殺害しましたよね。これは曇一族がオロチの封印に深く関わっている一族だったからという目的がありました。

しかし、兄弟は曇一族に残された3人の子供たちを殺さなかったんですよ。

全員殺して血を絶やしてしまえば良かったのにです。

さらに彼らは曇一族に伝わるあの2本の刀すら奪っていかなかったんですよね。あれを奪えば、オロチを封印できなくなるわけですから、あれを奪うのがまず最優先事項でしょう?

そもそもそんな重要な刀を神社の境内に入ってすぐのところの特に目立った警備も無い場所に置いておくことに疑問を感じるのですが、それ以上にそんなに緩い警備体制の場所に置かれている2本の刀を結局奪わなかったかつての風魔兄弟が謎すぎます。




器って結局誰でも良いの?

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(C)映画「曇天に笑う」製作委員会 (C)唐々煙/マッグガーデン 実写映画「曇天に笑う」予告編より引用

これは原作を読んでいる方に非常に聞いてみたい質問の1つなのですが、オロチの器(生贄)って結局は誰でも良いんでしょうか?

オロチを復活させるためには、器に選ばれた人間を生贄に捧げることが必要だったんですよね?であれば、オロチの生贄に適しているのは、空丸だけということになりますよね。

しかし結局のところこの設定はあまり意味を成していないんですよね。というのも白子が生贄でもオロチは復活したじゃないですか?

つまりオロチの生贄は誰でも良かったってことになりますよね。そうなった場合になぜ風魔一族が危険を冒してまでオロチの器を探し求めた意味が全然分からないんです。

誰でも良いのであれば、あの監獄の囚人を1人生贄にしたら、それで良かったのではないでしょうか?

原作でこの一連の出来事がどう描かれているのか気になるところです。

 

結局、「オロチを救う」ってなんだっけ?

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(C)映画「曇天に笑う」製作委員会 (C)唐々煙/マッグガーデン 実写映画「曇天に笑う」予告編より引用

主人公の天火はしきりに言っていましたよね。

「オロチを救う」とは人間が生み出してしまった化物たるオロチを、武力で倒しても憎しみの連鎖は止まらない、だからこそオロチを救う覚悟で戦うという天火の思いを表したセリフでした。

終盤には蒼世から天火に「(オロチを救うという)お前の理想を見せてみろ。」という言葉がかけられていました。

それにも関わらず、結局オロチは封印しただけなんですよね。ナレーションでオロチは「昇華した」などと聞こえの良い言葉を使っていましたが、全然「オロチを救う」という彼のポリシーが見られませんでした。

ここまで7つのツッコミポイントを挙げてみました。まだまだツッコミどころの多い作品ですが、これ以上は止めておきましょう。良かったら原作ファンの方の意見も聞いてみたいです。

 

家紋と背中。家族を背負うとは?

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(C)映画「曇天に笑う」製作委員会 (C)唐々煙/マッグガーデン 実写映画「曇天に笑う」予告編より引用

さてここまでは実写「曇天に笑う」の批判やツッコミが多かったですが、良かったポイントも押さえておきましょう。私は背中のカットが印象的だったことに注目しています。

特に天火を背中から映したカットは多く登場しました。これは彼が背負っているものの大きさを暗示していたんですよね。両親のこと、風魔のこと、曇一族のこと。兄弟たちのこと。彼は1人であまりにも多くのものを背負っていました。

それでも彼の背中は頼もしく見えますから不思議ですよね。これは彼が両親の死を経て兄弟を守るために強くなったことの証明でもありました。だからこそそれを決意した瞬間につけられたあの背中の傷は彼の勲章でもありました。

しかし、空丸がオロチの器になってしまい、白子が曇兄弟を裏切ると状況は一変します。

白子が天火を背中から刺したカットは印象的で、彼が背中に背負うものが大きくなりすぎで、あの瞬間に決壊してしまったことが視覚的にも明示化されています。

そして兄弟を助けるために琵琶湖に浮かぶ監獄に向かう天火。大勢の風魔一族や囚人たちを前に立つ彼の背中はどこか頼りないのです。それまでのシーンの彼の背中には備わっていた包容力や安心感、圧倒的な強さが欠けているのです。

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(C)映画「曇天に笑う」製作委員会 (C)唐々煙/マッグガーデン 実写映画「曇天に笑う」予告編より引用

案の定、天火は多勢に無勢で苦戦します。そこに宙太郎やヤマイヌたちが助けに来て、何とか事態を収束させます。

復活してしまったオロチを封印するシーン。ここでは天火だけではなく、3兄弟全員の力で封印を成功させます。このシーンの3人の背中はとても頼もしいものでした。天火の背中は確かに力強く、安心感があります。ただ3兄弟が合わさるとそのパワーはもっと大きなものになります。

ラストシーンで3人が観客の我々に背を向けて去っていく姿も印象的ですね。

実写「曇天に笑う」は徹底的に背中で語る映画なんですよね。抱えきれないほど多くのものを1人で背負う天火。そして最後にはそれを兄弟で分け合い、共に背負っていくことを印象付けているんですね。

こういう映像面でストーリーテーリングを出来るのは、本広監督の強みだと思うんです。こんな芸当ができるなら、冒頭の「世界ふしぎ発見」よろしくのナレーションは止めて欲しいものです。




おわりに

いかがだったでしょうか?

今回は映画『曇天に笑う』についてお話してきました。

本広監督の作品はなんだかんだ毎回ある程度の期待で見に行くんですが、良くも悪くも裏切られない作品ばかりですね。駄作というわけではないんですが、傑作には程遠い何とも微妙な作品が多いと思います。

彼の作品の弱点はどう見ても脚本力です。脚本が圧倒的に伴っていません。映像は良いのに、ストーリーがねぇ・・・というパターンがあまりにも多い気がするんです。

ですので、もっと脚本を緻密に構成した上で、映画を撮り始めて欲しいと思います。あまりにも抜け穴が多すぎて、本当に脚本を練っているのかと疑問に思ってしまいます。

手厳しい感想を書きましたが、これからも本広監督の作品は追いかけていきたいと思います。

「ちはやふる」シリーズが邦画の漫画実写を次のステージに導いてくれた・・・なんて思っていましたが、まだまだ底上げには程遠いですね。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

P.S. 女性キャラクターが全然登場しないのも原作と同様なんですかね?個人的にちょっとびっくりしてしまったので・・・。

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