【感想・解説】「君の縄。」を本気で紐解いてみた。(ネタバレ有)

アイキャッチ画像:©2016「君の名は。」製作委員会「君の名は。」予告編より引用

はじめに

さて皆さま、初夏の風に股も汗ばむ今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

当ブログ管理人は、日々の忙しさから映画館にあまり行く事ができず、悶々とした毎日を過ごしております。そのためブログの更新もかなり頻度が落ちてしまいました。不徳の致すところでございます。

今回はですね、久々のブログ更新ということで、そんな日々の悶々と積もり積もった思いをすべて吐き出していきたいと考えています。

注意事項

今回の記事を読んでいただくにあたって、以下の3つの点に注意していただきたいと思っております。記事を読まれる方は、注意事項を読んだうえで、自己責任で読み進めてくださいますようお願い申し上げます。

  1. 本記事は映画「君の名は」の爽やかなイメージを著しく損なう可能性のある、じっとりとした内容になっております。映画「君の名は」のイメージを大切にしたいという方には読むことをオススメしません。
  2. 本記事には下ネタ・それを匂わせる表現が用いられている可能性があります。そういった表現に不快感を感じる方には読むことをオススメしません。
  3. 本記事は映画「君の名は」の感想・解説記事ではありません。その点にはご理解いただけるようよろしくお願いいたします。

「君の縄。」を紐解く

昨年大ヒットを記録し、社会現象とまで言われた映画「君の名は」。名実ともに2016年トップクラスの映画作品であったことは言うまでもありません。個人的にも大絶賛した作品です。

しかし、個人的にいくつか気になった要素がありました。映画では回収されなかった三葉の物語。三葉の母親は四葉を出産した時に亡くなってしまいました。それに加えて、父親も神社の後継ぎになることを放棄し、家を出てしまい、祖母一葉に育てられました。

そのため、三葉は「親の愛」というものをあまり感じることなく成長してきたのではないかと考えられます。「親の愛」というものは、子供が成長していくにあたって最も重要な要素の一つであります。

かつて神聖ローマ帝国の皇帝フリードリヒ2世が次のような実験をしたとされています。コミュニケーションやふれあいの一切を絶って赤ちゃんを育てたならば、どうなるのだろうか?その結果として、全ての赤ちゃんが命を落としてしまったそうです。現在の脳科学でも、このことについては十分な根拠があるのではないかということが示されています。親子のコミュニケーション・ふれあいというものは我々が考えているよりもずっと重要なものなのです。

また、20世紀半ばには、かの有名な心理学者ハーロウによって興味深い実験が行われました。生後間もないアカケザルの赤ちゃんを檻に入れて、母親の代わりに哺乳瓶のついた針金の人形と毛布の人形を入れておきました。すると赤ちゃんはミルクを飲むために針金の人形に食いつきましたが、のちに毛布の人形へと移りました。しかし、「親の愛」を受けずに育ったこのサルは、成長して群れになじむ事ができませんでした。

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この2つの実験から、「接触は愛情の起源である」なんてことが言われています。科学的には接触によって分泌されるオキシトシンと呼ばれる物質が関係しているということが示されました。この物質が実質的には成長ホルモン・愛情ホルモンであり、乳児期・幼児期の成長、とりわけ精神的・心理的な成長に大きく関係しているというのです。このために乳幼児期に、「親の愛」に触れることができずに成長した子供は、愛情に飢えてしまうのではないか?ということが考えられるのです。

さて、話を戻しましょう。このように、「親の愛」に乏しく成長してしまった三葉は、「接触」や「愛情」を渇望していたのではないかという仮説が立てられます。しかし、映画「君の名は。」においてそういった三葉のパーソナルな部分に言及されることはありませんでした。

こういった前置きをした上で、今回「君の縄。」について語らせていただきたいと思うのです。私はこの「君の縄。」という作品は、捉え方によっては「君の名は。」のアナザーストーリーとして十分成立しうる作品だと考えています。

(「君の縄。」の主人公は「あやね」という名前ですが、今回の記事では便宜上「三葉」として進めさせていただきます。)

朝目が覚める。自分の胸にふと手を触れてみる。自分の胸を揉む三葉・・・揉みすぎじゃないか?三葉??と思ったのもつかの間、三葉は自分の存在を確かめるかのように、未知の感情に引き寄せられるかのように自慰行為を始めます。

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©2016「君の名は。」製作委員会「君の名は。」予告編より引用

このシーンは非常に印象的です。「愛情」や「接触」に飢えたまま成長してしまった三葉がそのフラストレーションを自己完結させようとしている様が見て取れます。それに加えて、18歳という青年期後期、大人への過渡期と言われる時期が「性的な成熟」をも促しています。

「接触」への渇望と「性的な成熟」という2つの要因が絡み合うことで、この三葉の自慰行為のシーンへと発展しているのです。

青年期は一般的に12~20歳頃までを指すのではないかということが言われています。12歳~の青年期初期には、身体的な発達がメインではないかと言われています。一方で16、17歳~の青年期後期では、心理的な発達がメインではないかとされています。その際にやはり自我の芽生えというものを抜きに語ることはできません。

本作「君の縄。」で描かれたのは、女性という「性」の自覚や自我の芽生えの中で生じた自分という存在への疑問であり、それが「接触」や「愛情」の渇望を媒介として表出したことによる性行為だったのではないかと考えられるわけです。

また、本作では、紐ではなく縄が印象的なモチーフとして登場します。映画「君の名は。」でも組紐は作品を読み解く重要なモチーフでしたが、「君の縄。」における縄も間違いなく重要なモチーフです。

「君の名は。」では、組紐にはいろいろな人への思いや愛が宿るとされていました。三葉と瀧を結びつけたのもそんな運命の赤い組紐でしたよね。「君の縄。」に登場する縄もまさに「愛情」や「接触」のモチーフとして扱われているように思います。その縄で縛られるという行為は、三葉が求め続けた「愛情」や「接触」欲の充足なのです。

つまり言いたいのは、三葉は縄で縛られていると見るのではなく、親の愛情に包まれているのだと捉えるべきなのだと。

まとめ

映画「君の名は。」で三葉は、身体の入れ替わりを経験して、瀧と恋に落ちます。しかし、そんな不思議な出来事が生じなかったとしたら・・・?

そう考えた時に、この「君の縄。」という作品で描かれた内容は十分に「君の名は。」のアナザーストーリーとして成立しうるという風に考えています。

セクシービデオだからなんて敬遠しないでもらいたいのです。そもそも「性的成熟」なんてものは芸術の世界においては普遍的なテーマであります。この作品は、「君の名は。」を見た人ならば必ず何か思うところがある作品だと思います。

映画「君の名は。」のBlu-ray/DVDの発売は、7月下旬とまだ先になります。興味のある方はぜひ、既に発売されている「君の縄。」をお手に取ってみてはいかがでしょうか?

「君の名は。」のオマージュと取れるカメラワークや演出、劇伴音楽も散見され、ファンにはたまらない映像作品になっております。

また、映画でも特に印象的だったあの口噛み酒も登場します!!おそらく、炭水化物ではなくたんぱく質の含有量が多いのではないかと考えられますが・・・。

それに加えて、「キングスマン」の教会大量殺戮シーンを彷彿させる、あまりにも不謹慎すぎる神棚の前での行為シーンは笑撃です。

詳しいことは、ぜひぜひご自分の目で確かめてください。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

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